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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第81話 拭えない不安

 クリスティーナは布団の上で何度目かの寝返りを打つ。


 一悶着あったりと騒々しかった一行であったが、それもオリヴィエやレミが合流したところで一区切りつき、今日のところは休む運びとなった。

 各々の休息場所については久しぶりの再会で積もる話もあるからと説得され、ノアとレミがクリスティーナ達三人へ部屋を譲る形となり、結局三人はその好意に甘えることとした。


 その後三人きりになった機会にとクリスティーナがエリアスの治療を試みようともしたが、それに対しては怪我人である本人から待ったがかけられてしまう。

 どのようなきっかけでクリスティーナの正体が露見するか分からない以上、魔法学院の敷地内では無暗に聖女の力を使わない方がいいのではというのが彼の主張であった。


 軽くはないだろう怪我を見て見ぬふりすることにやるせなさは覚えたが、彼の提案も一理ある。故に最終的には彼の言葉通り回復魔法の使用を先送りにすることとしたのだった。


 治療についての話し合いの後、クリスティーナはベルフェゴールとの戦闘で自身が見た『闇』について共有をし、それがレミに接触をした際に感じた違和感とは比べ物にならない嫌悪を抱かされたことや魔族に対しても同様に感じたことなどを伝えた。

 だがそれを共有したとしてもクリスティーナが嫌悪を抱く対象が魔族に関連しているものなのか、他の共通点を隠し持っているのかまでははっきりしない。


 一先ずはクリスティーナが感じる不快感には何かしらの意味があり、恐らくそれば危険なものであることを三人間での共通の認識とした。


 その後は募る疲労もあるだろうからと護衛達に休息を勧められ、クリスティーナは二段ベッドの上で横になった。

 何かから追われ続ける緊張感、一日中歩き回って消耗した体力、魔法の酷使……。疲労は確かに大きいはずであるが、クリスティーナの目は冴えていて、いつまで経っても眠ることはできそうになかった。


 その原因は彼女の頭に浮かぶいくつもの悩みや疑問である。

 リオのブレスレットを見て抱いた違和感に、ノアの言葉の数々。一度物思いに耽ってしまえばクリスティーナの頭を埋め尽くす要因はいくつだって存在し得たが、中でも彼女の中に残り続けたのはやはり聖女である自分が齎した影響についてだった。


 アリシアとクリスティーナを産んで数年で亡くなった母。

 彼女との思い出は多くはないが、それでも優しくて明るい人柄であり、その暖かさが好きだったことは覚えている。

 セシルやアリシア、父も皆母を慕っており、家族の中でも太陽のような存在であった。


 しかし母はクリスティーナの物心がついた時には既に体が弱く、部屋にいることが殆どだった。

 外に出ることは殆どなく、窓から変わり映えしない景色を眺め続けるだけ。


 ベッドから窓の外を眺める、どこか切なげな横顔が幼き日の思い出として呼び起こされ、閉じた目の裏で焼き付いた。


(お母様が早くに亡くなられたのは聖女である私を産んだから……?)


 母が亡くなったのはクリスティーナが生まれてからだ。しかし早期に迎えた死の原因がクリスティーナの誕生の前にあるとすれば、聖女が産み落とされる『代償』となり得た可能性も十分にあり得る。


 そして聖女の誕生による弊害の恐ろしいところは、その悪影響が一つに留まらない可能性を秘めているところだ。

 母の死の他、他の家族や公爵領全体にも危害が加えられていた可能性があるのだ。


 クリスティーナは小さく息を吐いた。

 どれだけ考えを巡らせたとて、それらは憶測の域に出ない。そして当事者となり得る人物が傍にいない以上、事実を確かめる術もない。

 この件についていくら考えたとて不毛であるとわかっていながらも、考え続ける頭はなかなか休まろうという結論に至らないようであった。


 クリスティーナはゆっくりと瞼を持ち上げる。

 目を開いても視界に入るのは闇。輪郭が曖昧な部屋の風景も捉えることができるが、それはクリスティーナの気を紛らわせてくれるようなものにはなり得ない。


 もう暫く眠ることもできそうにないと悟ったクリスティーナは静かに体を起こした。

 ベッドの下段では負傷したエリアスが眠っている。それを起こさないようにゆっくりと梯子を降りていく。


「眠れませんか」


 床を踏み締めた時、静かに囁く声がした。

 万一に備えて見張っていたのだろう。ベッドの脇に腰を下ろしていたリオがクリスティーナを見上げていた。


「……少し。外の空気を吸ってくるわ」

「わかりました」


 従者は小さく頷くと腰を浮かす。しかしすぐ傍からついてくるつもりはないようだ。

 護衛という立場から主人を一人にすることはできない。しかしクリスティーナが周りに気を遣わず一人になりたいと考えていることを悟っているのだろう。

 故に彼は少し距離を置いて主人の後を追うつもりのようであった。


 クリスティーナはそれに甘えて先に部屋を出る。

 気配が一つ遠ざかったのを確認してから静かに体を起こす騎士を視界の端に捉え、リオは軽く片手を上げた。


 自分が向かうから休んでいるようにと視線で訴えれば、意図を悟った相手は小さく頷きを返す。

 そして再び布団へ体を預けた。


 その様子を窺ってからリオもまたその場を後にした。



***



 見慣れない建物の廊下をクリスティーナは歩んでいく。


 多少であれば部屋の外を出歩いても問題ないだろうという話はノアから事前に確認済みだ。学院の生徒は母数が大きい為、堂々と歩いていれば見慣れない人物であろうとも疑われることはないというのが彼の見解らしかった。


 その言葉に甘えるような形で建物内を徘徊するが、真夜中という時間帯であることも伴ってかそもそも誰かとすれ違うことすらない。

 そのことに気楽さを感じながら、クリスティーナは外へと足を運んだ。


 なるべく音を立てないようにと玄関扉を開くと夜風が頬に触れた。

 その冷たさが心地よく、複雑な心境が少しだけ落ち着いていくのを感じる。


 当てもなく歩を進めるクリスティーナの背後で少し遅れて再度扉が開く気配がある。振り返れば離れて後を追っていた従者が小さく頭を下げた。

 それを視界の端に捉えてからクリスティーナは空を見上げる。


 遠くで揺れる木々の音。鼓膜を揺らす風の音。

 それらが夜更けの重い静寂を少しだけ和らげる。


 自然の音へ耳を傾けること数分。未だ悩みの種が消えることはないが、それでも先よりは気を紛らわせることが出来たように感じる。

 いつまでも従者を巻き込んで歩き回ることも出来まい。故にそう思い込むことにしたクリスティーナは部屋へ戻るべく踵を返した。

 しかしその足を止めるように、彼女の耳が音を拾う。


 それは先程まで聞いていた葉の擦れる音でも風の音でもない。多量の水が地面の上で跳ねる音だ。

 誰かいるのだろうかとそちらへ目を向ける。


 そこへ再び響く同様の音。どうやら聞き間違いなどではなさそうだ。

 学生寮なのだからその周辺に人がいる事は珍しくない事なのかもしれない。

 それでも妙に気を引いたのは単なる好奇心というよりは、部屋へ戻って休むことに気が引けている心境から、もう少し外を歩き回れる口実を無意識に探してしまっていたからだろう。


 そんな自覚を抱きながら、クリスティーナは音のする方角へと足を進めた。


 なるべく物音を立てないよう移動した先は開けた空間だ。恐らくは裏庭に位置する場所。

 その中央には井戸が設置されており、恐らくは学生が水を汲む為に用意されているものなのだろうという察しはつく。


 その前で揺らぐ人影が一つ。

 初め、視界の悪さからその正体を見定めることは出来なかった。


 しかし徐々に慣れていく視界、そして空から照らす月光によってその姿は徐々に明らかとなる。

 そして井戸に立つ人物の姿が明らかとなったところでクリスティーナは小さく息を呑んだ。


 そこにいたのが見知った顔だったからだ。

 クリスティーナの瞳はその先に立つレミの姿をはっきりと映していた。

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