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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』
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第762話

「勿論、私のような凡人がこの想いを直接神へ届ける術はありません。しかしこの広い世界にはいるのです。神に選ばれるような特別な人々が」

「特別……」

「私の国にも一人いらっしゃいます。彼女は――『聖女』様と呼ばれ、国民全員が彼女を敬い、慕っています」


 『聖女』と呼ばれる少女はエマとあまり歳の変わらない少女だとルフィーノは話した。

 あまりに高貴な立場で、催事の際や人々の救済という使命の為にしか姿を見せない為、ルフィーノも殆ど面識はないという。

 ただ彼女が『特別』という事は紛れもない事実で、彼女は誰も持ち得ない『人を癒す力』を持っているという。


「彼女が触れればどんな傷もたちまち癒えるんですよ」

「そんな魔法が……」

「魔法ではありません」


 彼は一つ感嘆の溜息を吐く。

 いつも大人びた顔付きをしている彼の顔にはこの時ばかりは恍惚とした笑みが浮かべられていて、モーリスはそれを意外に思った。


「あの方のお力こそ、御業と呼ぶべきものなのでしょう。あの方は神に認められ、そのお力を分け与えられたのです」

「……御業」


 同じ程の歳、国の最高位に座する立場も同じ。

 それでもエマと『聖女』と呼ばれる少女が民から向けられる目は相反しているとモーリスは思った。


「……もし特別な力があれば」

「おや、今何かおっしゃいましたか」

「ああ、いえ。大した事ではありません。……ただ、エマ様にもその『聖女』様のように何か特別なものがあればルフィーノ様のように心から慕う民が現れたのかもしれないと思いまして」

「…………なるほど、そうでしたか」


 この時、モーリスは物思いに耽っていてルフィーノの声音の僅かな変化に気が付かなかった。

 低く冷たい響きの声は誰にも気付かれずに消えていく。


「そうですね、神は善良な魂には必ず報いを与えてくださいます。エマ様も私の母国のような場所であればきっと大勢の方に囲まれ、愛される事ができるでしょう」

「ルフィーノ様の今の言葉を聞けば、エマ様も喜ぶでしょうね」

「でしたら、直接伝えて差し上げましょう。最近は特に、エマ様の様子もどこか落ち着きがなさそうでしたから」

「え?」


 モーリスは思わず聞き返す。

 その声を聞いたルフィーノは遅れてしまったと言わんばかりの困り顔を見せた。


「エマ様が?」

「申し訳ありません、あくまで私がそう感じただけですので、勘違いかもしれないのですが」

「ルフィーノ様」


 言い淀むルフィーノへ話の続きを話すようにとモーリスは促す。

 それを感じ取った彼は小さく頷くと話し始めた。


「最近エマ様が何もない場所で動揺したり、慌ただしく動いて物を倒してしまったり人とぶつかってしまったりしたかと思えばある時には上の空だったりと……普段明るくも穏やかな彼女にしては珍しいなと感じまして。それに元気もあまり……いやしかし、モーリスさんが気付いていらっしゃらなかったのなら私の思い違いかもしれませんね」

「いいえ。お伝えくださり、ありがとうございます。エマ様もまた特別な身分の方ですから、念の為こちらでも気に掛けておきます」

「そうですね。モーリスさんが気にしていてくだされば安心でしょう」


 モーリスは一つだけ頷くと本を閉じ、脇に抱えた。

 椅子を引く音がし、ルフィーノは少しだけ目線を上げた。


「もう行かれるのですか?」

「はい。仕事がありますから」

「でもエマ様がまだ」

「元より約束をしているわけでもありません。気まぐれにお声掛けくださっているだけですから、こういう日もあるのでしょう」


 会話に嘘を交えはするが、仕事があるという点は事実だ。

 しかしエマが約束の時間に姿を現さない事はモーリスにとっても珍しいと感じる事であった。


 妙な胸騒ぎを覚える中、ふとある情景が脳裏を過ぎる。


「お話を聞く限り、ルフィーノ様の国はここよりもずっと穏やかで楽しい時間を過ごせそうですね」

「どうしたのです? 突然」

「いえ、ふと思っただけです」

「私はここもとても素敵な場所だと感じていますが……しかしそうですね、私が最も愛する地はやはり母国でしょう」

「そうですか。それは素敵なお話ですね」


(……そこでなら、エマも人目を気にせず過ごせるのかな)


 外へ出たいと望む彼女の言葉を思い出し、また外の世界で何の柵も気にせず笑顔で駆け回る彼女を思い浮かべる。

 そんな彼女に振り回されながら困り果てる自分と、その傍で穏やかに笑うルフィーノがいれば、それはきっとモーリスとエマが思い描く最大の幸福であるはずだ。


(今度、冗談混じりに聞いてみようかな)


 ――外へ出たらルフィーノの母国へ向かうのはどうだろうか、と。

 きっとエマは目を輝かせ、何度も細かく頷くだろう。


 またルフィーノも自分やエマに心を開いてくれているし、城の者のエマに対する風当たりが強い事にも疑問を抱いている。

 そんな彼に、自分がまだ打ち明けられていない心の内を明かせば、きっと快く母国を案内してくれるのではないかとモーリスは思った。


 挨拶を一つ言い置き、モーリスはルフィーノから背を向ける。

 その時、ルフィーノがモーリスの名を呼んだ。


「エマ様の事ですが、あまり重く捉えないでくださいね。きっと大丈夫ですから」


 考え事をしながら立ち去ろうとするモーリスが何か思い詰めているようにでも感じたのだろう。

 モーリスが振り返ればルフィーノはいつもと変わらない穏やかな微笑を向けていた。


「善良な魂は必ず報われ、悪き魂には必ず鉄槌が下されます」


 その言葉を慰めと受け取ったモーリスは小さく笑い、礼を述べて今度こそ彼と別れる。

 だが彼の頭にあるのはエマと過ごす幸せな未来のことだけだった。


 早くエマに会いたいと、彼は心からそう思った。

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