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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第760話

 ルフィーノを連れて戻ればエマは喜んで彼を迎え入れた。

 それからはエマとルフィーノが交互に話の主導権を握って他愛もない話を暫く続けた後、ルフィーノから外の世界について聞かされる。


 元々外へ対する興味が大きかったエマは目を輝かせて彼の話に聞き入った。

 エマがルフィーノと親しくしている事はモーリスを面白くない気持ちにさせたが、これまで自分としか仲を深められなかった彼女の楽しみを奪う事も本望ではなかった。


「……モーリスさん? 先程からあまりお声を聞いていない気がしますが、もしかして体調が優れませんか?」

「え? いえ、そういう訳では……」


 気遣うような顔が自分へ向けられ、モーリスはぎこちなく返事を返す。

 発言までに不自然な間が空いた事で何かを悟ったのか、エマが大きな溜息を吐きながらルフィーノへ声をかける。


「彼って、元から愛想ないの。私と話す時なんて尚更」

「……そう思うのであれば毎度お声を掛けていただかなくても構わないのですよ」


 モーリスがルフィーノを良く思っていないという事、そしてモーリスとエマの関係についてルフィーノに勘付かれる事がないようにという助け舟だった。

 彼女の言葉の意図に気付いたモーリスは日頃の砕けた口調を使う事を避け、他人行儀な話し方でエマに言葉を返した。


「お二人は仲がよろしいから同じ場所にいる訳ではないのですか?」

「まさか。恐れ多いですよ。エマ様が僕の事を気に掛けてくださっているのです」

「……そうそう! 私が勝手に仲良くしてもらいに行ってるだけ!」


(……自分で言いながら傷付かないでよ)


 互いの関係を誤魔化す為に出た言い訳。

 あくまで他の城内の者達と同じ温度感で接しているだけだと暗に話したモーリスの言葉に更に説得力を持たせる為、エマからも助け舟がある。


 だが自ら親しき仲を否定したエマの笑顔が僅かに引き攣り、瞳が揺らいでいる事に気付いたモーリスはやるせない気持ちを抱いた。


 何故自分や彼女がこんな嘘を吐き、人目を避けなければならないのか。

 何故何もしていない、善良な人間であるエマにこんな顔をさせなければならないのか。


 そんな感情が沸々と胸の奥から湧き上がり、モーリスはテーブルの下で両手を固く握りしめた。




 その日からルフィーノはモーリスやエマとよく話すようになった。

 彼は廊下でモーリスを見かける度に声を掛けて世間話に引き込んだし、城の者にはエマと会う機会を設けさせてもらったらしい。


 不思議な事に、彼がエマと親しくしたいと主張してもその発言に嫌悪を見せる者は現れなかったようだ。

 寧ろルフィーノのみを案じる声が多かったらしい。


 またルフィーノはモーリスやエマが図書館で密かに待ち合わせる時によく姿を見せては二人の輪に入って話すようになる。

 エマも次第と心を開きいつしか三人で集まる事が普通になり始めたが、それでもモーリスはルフィーノに心を許しきれなかった。


「モーリスさん」


 仕事を終えて自室へ戻ろうとしていたモーリスの後ろから声がする。

 ルフィーノだ。


「……よく分かりましたね」

「分かりますよ。仲良くしてくださっている方ですし……モーリスさんの足音はいつもどこか急いでいるような音がするんです」

「確かに少し早足かもしれませんね。廊下は部屋の中よりも冷えますし」

「勿論それもありますが……あまり心に安らぎがないのではと心配なのですよ。余裕がないような張り詰めたような空気をモーリスさんから感じる事があるので」

「杞憂ですよ。現に今も安らぎを求めて部屋に戻ろうとしていましたから」

「あ、お仕事終わりだったのですね。引き止めてしまってすみませんでした」

「いいえ」


 それじゃあ、とモーリスが再びルフィーノへ背を向けた時。

 再びルフィーノの声が背中から聞こえた。


「ご無理はなさらないでくださいね。何かあれば、どんな些細なことでも話してください。貴方は私の友人ですから」

(……友人?)


 モーリスは足早にその場を離れる。

 充分にルフィーノから距離を取ったところでモーリスは冷たく鼻で笑う。


(何もわかってない。僕がどう思ってるかも、何も。なんて鈍感で短絡的な思考なんだ)


 事実へ戻り、扉を閉める。

 扉に凭れながらモーリスはふと考えを巡らせた。


 鈍感で単純な考え方。そんな人間が脅威たり得る事はあるのだろうか。

 外部の人間だからこそエマと仲良くする事に抵抗がないというのも自然な話だ。

 自分が彼へ向けている警戒も無意味なものなのではないか。

 そんな考えに彼は辿り着く。


 それにモーリスは気付いていた。

 自分がルフィーノに好意を抱けないのは一種の嫉妬心という要素が大いに絡んでいた事に。


 だが自分が理屈的でなかった事もそろそろ認めなくてはならない頃合いなのかもしれない。


 改めてルフィーノの人柄を思い返し、モーリスは深い溜息を吐いた。


(エマが他の人と仲良くするのは良い事だ。特にルフィーノ様は他の人からも好かれてる。彼の力添えがあれば他の人達のエマの見方や扱いも変わっていくかもしれない)


 心の中で彼は敵では無いのかもしれないと言い聞かせ、これまで胸の内で燻っていた醜い感情をモーリスはゆっくりと溶かしていったのだった。

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