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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第757話

 学術書に目を通すモーリスの姿を観察していたエマは途中で退屈そうに欠伸をした。


「ねぇ、もっと面白い本読んだら?」

「僕が城に居られるのは知能面で城に貢献できるからだ。替えがきくようになったら僕はここに残る事ができるかも怪しいんだよ」

「息抜きくらいしないと、疲れて逆に効率悪くなると思うわ」


 エマが食い下がろうともモーリスは聞く耳を持たない。

 本に顔を向けるモーリスの視界の端でエマは口を尖らせた。


「この本とかね、すごく素敵なの。対等な身分の恋もいいと思うけど、身分差の恋っていうのもこう、ロマンがあると思わない?」

「そうだね」

「せめてもう少し聞いているフリを繕う努力をしても良いんじゃない」


 あまりに感情が篭っていない返事にエマがあからさまに不機嫌になった。

 エマは尚もモーリスへ話し続ける。


「あーあ! やっぱり良いなぁ、この二人。周りにどれだけ反対されようとも挫けず、一途に愛し合うの。最後には国も家族も捨てて逃避行するんだよ」

「今、僕がその本を読むかもしれない僅かな可能性を自分で潰したことには気付いてる?」

「どういう事?」

「結末を知った物語に興味はないって事」

「……あっ! …………で、でも、面白いのよ! 本当に」

「読まないからね」


 エマは頬杖を付き、パラパラと手元の本を片手で捲っていく。

 彼女は視線を落としたまま微笑みを見せた。


「でも周りの目も常識も気にしないくらい、自分を想ってくれるような人がいたらすごく嬉しいよねぇ」

「……ん?」


 本へ注意を向けているふりをしているエマがチラチラと自分の顔色を窺っていることに気付いたモーリスは一度勉強の手を止める。

 そして彼女の何か言いたげな目を見つめながら顎をなぞって思考を巡らせた。


「もしかして、僕の事言ってる?」

「んな……っ!」


 何の恥じらいもなく吐かれた言葉にエマの頬が真っ赤になる。

 特に肯定の言葉を返されなかった為、当時のモーリスは思い違いかと勝手に自己完結させたが、エマが見せたわかりやすい動揺は無言の肯定以外の何物でもなかった。


「は、恥ずかしいとかそういうの思わないの……!?」

「何が?」

「……っ、もう、いい!」


 エマはただ自分がモーリスに好意を寄せている事を断言せずに仄めかし、モーリスが少しでも自分のことを異性として意識して思い悩めば良いと思っていただけだった。

 だが当の本人は彼女の匂わせた言葉の裏に気付いた上で特に取り乱すことがなかった所か自分の事を言われているのだと解釈した。


 それはつまり彼の心の内に、思い当たる事――エマの為に、真相を知れば周りが好まないであろう選択をしたという事を指す。

 彼は自身の口でエマに好意を寄せている事を暗に明かした訳だが、何故かそう口にした本人の振る舞いは至って変わらず、代わりにエマが酷く取り乱すという奇妙な結果に落ち着いたのだった。


 再び勉強に戻ろうと視線を落としたモーリスを見て信じられないと顔を顰めるエマであったが、そんな彼の様子を見ているうちに軽蔑に似た感情も薄れていく。

 エマはモーリスを許してやる事にし、やれやれと肩を竦めた。


「ねぇモーリス。私の従者になったりしない?」

「無茶を言うのも程々にしなよ。ただでさえ僕は城の人達に警戒されてるんだから」

「お城の中で私に絡まれても普通に接してるから? それとも小さい頃に仲が良かったから?」

「どっちも。だからエマと接する機会が増えるような仕事に振られる事はないよ」


 城内で働く事を認められたモーリスはしかし自分からエマへ会う事はできずにいた。

 エマへ向けられる白い目に逆らい、彼女を忌むべき存在として見ている周囲に反発すればモーリス自身も危険な存在として見られる可能性があった。

 そうなれば無理矢理な理由を付けられ、城を追放される可能性が高い。


 故に彼はエマと再開を果たしてすぐ、人目を避けた場で事情を話し、あくまで『エマから話しかけられ、仕方なく付き合っている』体を装った上で顔を合わせる事にしたのだ。


 だがあくまで表面上の理由は、モーリスとエマの昔からの関係性を耳にした者らを信じ込ませるほどの説得力は勿論持たない。

 ただ表立って批判を受ける事を避け、モーリスがエマと親しい事に対し確証を持たせるだけの要素を打ち消す為の要素としては充分であった。



「そもそも作法に関して、僕は無知だしね。その面でも向いてない。……あと、読んだ本にすぐ影響されるのは悪い癖だよ」


 裏方で知識の共有や応用を求められる職のモーリスは最低限のマナー以外の礼儀作法を学んでいない。

 そんな人物が表向き国内最高位の地位を持つエマの側仕えとして仕事を熟せるかといえば、その答えはあまりに明白であった。


「少し言ってみただけでしょ?」


 そう言うエマの声には僅かな憤りと寂しさが混じっており、鈍感なモーリスも自分の発言が相手を傷つけた事には気付いた。

 エマの事は好きだ。だからこそ傷付けたいわけも悲しませたい訳もないに決まっている。


 何とか彼女に機嫌を戻してもらいたいと考えたモーリスは眉間に皺を寄せながら頭を悩ませた。

 そしてやがて一つの問いをエマへ投げ掛けたのだった。


「外に出て、何をしたいの?」

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