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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第753話

「私が歳を取らなくなってからどれほど経ったのか、正確には覚えていません。地上へ出る事も殆どなくなりましたし、この場所が他の方に見つかる事もまずありませんから」


 モーリスが目を伏せる。

 何かを思い出すようにゆっくりとした瞬きが数度あった。


「僕達をここへ招いたのは聖女とその一行だったからって事だよね?」

「…………はい、その通りです」


 クロードは何度か咳をする。

 口を片手で隠した彼が魔法を使ったのだとエリアスはすぐに悟った。

 彼の容態を窺うようにエリアスが横目で見る。だがその瞬間に彼が見たのは、目を見開いたクロードの様子だった。

 口を隠している彼はしかし愕然とした様を隠しきれず何かに驚いている。


 しかし彼らすぐにエリアスの視線に気がつくと自身の表情を取り繕った。


「魔族からの命令があったから、君は僕達をここまで誘導し、魔法を使ってこの場に留まらせようとした。そう僕達は踏んでるけど、ならどうして殺そうとしなかったの」

「いくつか理由はあります。一つは、単に今の私の力が心許ないから。私は確かに不死に近い体と人が持たない魔法、そして膨大な魔力を得ました。しかし、それらはどれも魔族と呼ばれるあの方に到底及ばない。……特に今の私が保有している魔力は人間と大差ないのです」

「……自ら弱みを明かすんだね」


 クロードがまた咳をする。

 彼はクロードが何か隠していると指摘したりはせず、ただ彼の言葉が真実であると仮定した上で話を続ける。

 それこそがモーリスの言葉に嘘はないという証だった。


「もう諦めたって事?」

「そうですね。もう潮時かと思ったのです」

「嘘ではないみたいだね」


 モーリスは視線を落とした。

 自身の前で手を組み、それをなんとなしに眺める。

 そして彼は再び話を続けた。


「二つ目は、殺人があまり好きではないから。まだ長い生を持つ人の未来が奪われるのは余りに酷だと思ったのです」

「でもお前、クリス様やリオが起きないように魔法を掛けたんだろ?」

「人は自ら動けなければいずれ死に至る。幸せな夢を見せたところでその理屈が覆るわけじゃない。眠り続ければ死ぬ……それは、元々人間だった君だってよくわかってるはずだ」

「そうですね」

「んなの、勝手すぎるだろ」

「……そう思います。これは私の自己満足でしかなかった。……こんな矛盾した思考に至る程、人としての自分が残っていた事は私自身も意外だと感じています」


 クリスティーナやリオが目を覚ました事はモーリスにとっても想定外であった。彼は確かに二人を永遠の眠りに閉じ込めようとしたのだ。

 だが、結果として二人は強い意志によって夢から目覚めた。


 隙をつけばもう一度魔法を試す事もできたかもしれない。

 しかしモーリスはもうそれを望みはしなかった。


「お二人は私には持ち得なかったものを持っています。私が闇雲に魔法を使おうとも、きっと結果は変わらないでしょう。……そして、私自身ももうそれを望まない」


 モーリスが目を細める。

 建物の灯りによってその瞳が揺らぐ。瞳の揺れはまるで泣いているかのような切なさを孕んでいた。


「……何がしたかったんでしょうね。あの方の命令を果たしたかったのか、エマ様に喜んで欲しかっただけなのか……私にもよくわかりません」

「そうかな。君は君が思うよりずっと、わかりやすいって――僕は、そう思ったけど」


 モーリスの心を読み、そして知ったクロードは確信を抱いて言い放つ。

 自信満々に断言された言葉にモーリスは面食らい、唖然とするのだった。




「綺麗でしょ? モーリスが咲かせたんだよ」

「ええ」


 エマは無邪気に花壇の周りを歩き続ける。

 それを後ろから追いながらクリスティーナは彼女の話に相槌を打っていた。


 氷の花はそれぞれ形が異なり、いくつもの種類の花を模しているらしかった。


「私ね、お城から出た事がないの。子供の時からずーっとお城の中で、訳も分からず特別だって言われ続けてた。……みんなね、変な笑い方をするのよ。目は三日月型にして笑ってるのに口がとても引き攣ってるの。きっと、私の事が怖かったんだわ」

「怖い?」

「私の見た目って、とても変わってるから。皆んなはモーリスと同じ髪や瞳の色を持ってたの。私のお父さんは外の人だったみたいだから、そのせいだろうって後から気付いたけど……皆んなにとっては理由なんてどうでもよくて、皆んなと違う存在がきっと怖かったの」


 クリスティーナはクロードが話した身の上話を思い出す。

 一族が自分を忌む理由は自身の見目にあると彼も話していた。


 きっとエマも同じような立場に立たされていたのだろう。


「だから、お外にはとても憧れがあったの。いつもご本で外の景色を知ろうとしたわ。図鑑も沢山読んだ。特に、お花に興味があったわ。……そんな私にね、モーリスはいつか一緒に外に出ようって言ってくれたの。お花を見に行こうって……嬉しかったなぁ」


 エマは一輪の氷の花に手を伸ばす。

 彼女の指が花の輪郭をゆっくりとなぞる。


 エマはくすくすと嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑ったがその顔は徐々に悲しさへ向かっていった。


「……でも、もう叶わないんだろうなぁ」

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