第751話
クロードは自身の年齢と寿命の話、そして現在の状態について語った。
「魔法を使い過ぎると体調を崩す事は何度かあったんだけどね、ここ一年で体の調子が悪くなり始めたんだ。まあ、元々三十まで生きられないと言う話だから、単純に寿命が近いんだろうね。……そんなに、魔法で無茶をした記憶はないけど」
「二十八、ですか……」
「見えないよなぁ」
「見えないわね」
「あはは、よく言われる」
二十手前と聞いても信じられるほど幼い顔立ちのクロードをクリスティーナ達は思わずまじまじと観察する。
三人のような反応にもクロードは慣れているようだった。
「でも神の賜物の最期は急速に老化が進むみたいだからね。僕もいつお爺ちゃんになるかわからないよ」
「今の姿からは想像がつきませんがね」
「そう? 僕、本当はモーリスさんみたいに深い青色の髪だったんだよ」
「えっ!?」
「これ白髪だからね」
クロードは髪をひとふさ摘んでみせた。
確かによくよく観察をしてみれば白色の中に深い色の髪の毛が紛れている。
彼の髪が灰色に見えるのは二つの色が混ざっているからであったらしい。
「一部だけ染まるとかじゃなくてよかったよね。あと禿げてなくてさ」
「そ、そう言う問題じゃないだろ……」
「長く生きる可能性がある人達からすれば嘆くべき事なのかもしれないけど、僕にとってはこれが当たり前だからなぁ」
想像以上に深刻なクロードの状態にクリスティーナは言葉を失う。
自身の状態を知った時の彼女の反応を悟っていたのだろう。クロードはクリスティーナの様子を見て優しく笑い掛けた。
「エリアスにはもう言ったけど、僕が魔法を使うのは僕が必要だと判断した時だけだよ。だから考えなしで沢山使ったわけじゃない。僕らの立場からすれば結構緊急事態だったからね。……そうでしょ? エリアス」
「あ、ああ……そりゃそうだし、実際お前には滅茶苦茶助けられたけどさ」
「黙ってたのはごめんね。クリスが自分のせいだって気にしちゃうんじゃないかなって思ったんだ」
「……それはなんとなく分かっていたからいいわ。貴方の言い分もわかるもの」
クリスティーナは溜息を漏らす。
大切に思う相手であればある程心労を掛けさせたくないと思うのは自然な話だ。クロードが自らの体についてあまり言及をして来なかったのはそれだけクリスティーナ達を仲間として受け入れているからであった。
「けれどね、それでもこれからは話して頂戴。貴方が私達の事を心を許しても良い相手だと考えてくれているのであれば。……貴方がアベルの心を読んだのと同じ話よ」
大切に思うからこその遠慮や気遣い。
クロードに限らず、恐らく誰もが経験するものではある。
しかし彼の場合は残り僅かである命の問題が絡む分、一つ一つの選択に重みが増す。
相手を思う気持ちは互いに持っているものだと暗に主張すればクロードはその意図を理解したように苦く笑った。
「そういう気遣いって悲しいわ。避けられないリスクであったとしても、万が一の時が来るまで何も知らない事の方が嫌よ」
「うん、そうだね。次からはちゃんと言うよ」
「ありがとう。……魔法を使う判断についてはこれまで通り貴方の基準で構わないわ。……自分の犠牲の上に仲間の幸福があるなどと思い上がらないのでくれるのならね」
「肝に銘じるよ」
「ええ。……貴方が理解を示してくれる人でよかったわ」
クリスティーナは譲ると言う言葉を知らない頑固な神の賜物の事を思い出す。
クロードはクリスティーナの呟きに含まれた意図がわからない様子だったが、一方でリオやエリアスは苦く笑っている。
二人もまたクリスティーナと同じ人物を思い出したのだろう。
「それで長話をしてしまったけど、これからどうする?」
「廊下へ出ましょう。彼らと対峙するにしても部屋よりは動きやすいはずよ」
「鉢合わせたらどうする?」
「そうしたら……少し話をしてみるわ。話が通じない人物ではないのでしょう?」
「まあ……確かに会話は成立していたけど。だからといって見逃してくれるかって言うとなぁ」
「何か思う事がなければこんなに甘い待遇を受けたりしないわ。彼が迷宮で出会った眷属よりも強く、私達を無理矢理ここへ留めるような方法をいくつも持っているだろう事は明らかだもの」
「甘いねぇ」
「甘いんですよ」
「優しいんだよなぁ」
リオがクリスティーナを抱き上げ、一行は互いに視線を交わす。
そしてそれぞれの頷きがあった直後。
四人は廊下へ飛び出した。
リオ、エリアス、クロードはなるべく足音を立てないようにエントランスへ向かった。
階段を駆け下り、一階へ辿り着いた彼らが更に下へと続く階段へ踏み出そうとした時。
カツンと床を踵が蹴る音がした。
「廊下は走り回る場所ではありませんよ」
四人が振り返った先、立っていたのはモーリスだ。
更にその後ろには無邪気な笑みを浮かべるエマの姿がある。
四人と二人はそれぞれ足を止めて見つめ合う。
その場は静寂で満たされたのだった。




