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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第748話

 クリスティーナはゆっくりと目を開く。

 体は酷く熱くて重かった。

 だがその感覚こそ現実に生きているからこそのものだ。

 夢から抜け出したクリスティーナの胸に残ったのは優しい温もりだけであった。

 本当に幸せな夢だったと心から思う。


(……ここは?)


 熱に浮かされながらクリスティーナは眠る前の記憶をかき集めようとする。

 見覚えのない天井とやけに動きが鈍い体に疑問を持ったのだ。

 しかし疑問に対する解を導くよりも先、視界に三つの顔が入り込む。


「……っ!」

「あっ、クリス様!!」

「よかった、クリスも目が覚めたね」


 焦りや安堵、微笑みなどそれぞれが浮かべる表情は全く違うが、記憶に新しい仲間達の顔が傍にある事にクリスティーナは安心感を覚えた。


「お加減は? どこかおかしなところはありますか?」

「……体が重いわ」

「それは熱のせいじゃない?」


 仲間の言葉を交わす内、眠りに付くまでの記憶が徐々に甦る。

 自分が最後にいた場所は洞窟の中で、エリアスやクロードとは別れたままであったはずだった。


「……ここはどこ?」


 自分の記憶との齟齬が大きく、状況把握が追いつかない。

 リオが動揺を見せている事も、何か只事ではない事態に陥っているような気がしてならなかった。


 クリスティーナが問えば、自分達が置かれている状況について、詳しい説明が始まった。




 話を最後まで聞き終えたクリスティーナは深い溜息と共にこめかみを押さえた。


「……立て続けに色々な事が起こり過ぎているわ」

「申し訳ありません」

「貴方を責める意図はないわ。お荷物になっていたのは私でしょう」

「いえ」

「そんな事よりも、一先ずはここから出る方法を考えないと」

「扱いに慣れてるなぁ」


 当人が上げた落ち度について、断固として否定する姿を見せるリオの声を遮ってクリスティーナは話の軌道を戻す。


「私が確認すれば、クロードの推測の真偽も確証を得られるはずよ」

「待ってくださいよ、クリス様! 流石に今ペンダントを外すのは反対です」

「ペンダント?」

「クリス様は確かに闇魔法の気配を感じる事ができますが、それと引き換えに不快感を覚えたり体の不調を感じるんです」

「なるほど、ペンダントを付けてる間は気配を探る事はできないけど、体質による悪影響を受ける事もないって事だ。すごい限定的な魔導具だね」


 ペンダントに手を掛けかけたクリスティーナはエリアスの制止の声や自身の身を案じるような仲間達の視線を受けてその動きを止めた。

 今すぐにでも状況の好転を試みたいところではあるが、エリアスの主張は尤もであった。


「まずは熱が下がるまで待とう。……大丈夫だよ。モーリスさんは眠らせる以外の事をしてこなかったし……仮にクリスが眠っている間に何か動きがあったとしても、今度こそ守ってあげるからね」

「寝てればモーリスも安心するだろ。まずは一旦回復しましょ」

「……わかったわ。何かあったら起こして頂戴」


 焦りはあれど、大きな倦怠感や疲労感は抗い難いほどに強かった。

 仲間達の勧めに従い、クリスティーナは再び目を閉じる。

 モーリスに魔法を掛けられた時、既にクリスティーナは眠っている最中であった事、そして見た夢が穏やかで幸せなものであった事もあり、眠りに対する恐怖心などは一切ない。


 クリスティーナはすぐに眠りに落ちたのだった。



***



 謁見の間は耳が痛いほどの静寂に包まれていた。

 使用人達は膝をついたまま項垂れ、ぴくりとも動かない。


 まるで糸を切られたマリオネットのようであった。


 玉座の傍の床にモーリスは腰を下ろしていた。

 玉座に体重を預けてぼんやりと天井を見上げていると、彼の頰に伸びる手がある。


「どうしたの? モーリス」

「……いいえ。エマ様」


 自分の頬に触れる手に自ら擦り寄りながらモーリスは再び口を閉ざす。

 「甘えん坊さん」と笑う声がある。


「あの子達はどう? ここに居てくれるって?」

「はい」

「よかったぁ! じゃあ、おもてなしをしてあげなくちゃ」

「……そうですね」


 モーリスはエマの手に自分の手をそっと重ねる。

 細く繊細な手の感触を感じながら彼は静かに目を閉じた。


「……独りぼっちは、寂しいでしょうから」


 その言葉の意味は愛麻には伝わらない。

 彼女は微笑みながらも不思議そうに首を傾げた。


 目を閉じているモーリスは彼女の様子を視界に捉えてはいないが、彼女がどんな顔をしていて、どんな反応を示しているのかを鮮明に思い浮かべられた。


 重ねた手はとても冷たかった。


 モーリスは彼女の手に温もりが灯ることを願うように暫くの間その手に触れ続けた。


 歌が聞こえる。

 無邪気な鼻歌のフレーズはモーリスにも聞き馴染みのある、この国に伝わっていた童謡。

 かつては好んでいたこの歌も今のモーリスの心を動かす事はない。


 国の冷たさ同様、自分の心もとっくの昔に凍ってしまったのだろうとモーリスは思った。




 クリスティーナ達のいる部屋の外は、まるで時が止まったかのようであった。

 通行人のいない正門や玄関、廊下に立つ騎士も、謁見の間の人々も誰一人と動く事はない。


 眠りについたような静寂に包まれた城は異質さを強調していた。


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