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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第79話 陰る記憶

 日頃温厚で友好的なエリアスが警戒心を顕わにする。

 そしてそれがリオへ向けられるのは初めてのことだった。


 自分を鋭く睨みつける視線に対し、リオは大袈裟に肩を竦めてみせる。

 その顔が浮かべるのは厳しい視線に対抗する怒りや悲しみの類ではなく、ただ穏やかな苦笑であった。


「そう一度に質問をされても困ります」

「リオ――」

「誤魔化そうとしている訳ではありません。きちんと順にお話しますから」


 適当に言い逃げでもされるのかと思ってのことだろう。自身の名を呼ぶエリアスの声に対し、リオは両手を軽く上げて声を被せた。


「先に言っておきますね。俺が何者か、という問いには答えられません」


 白を切っている訳ではないと伝える為、エリアスが口を挟む間を与えることなくリオは続ける。


「はぐらかそうとしている訳ではありません。俺自身にもわからないんです」


 リオは深々と息を吐く。

 何と言えばエリアスの納得がいく回答になるものかと考えているようだ。


「俺は幼少の記憶がないんです」

「記憶がない……?」

「ええ」


 リオは頷きを返す。

 記憶を辿るように、その赤目が細められた。


「俺は幼少の頃、セシル様に拾われてレディング家へ来ました。それ以前の記憶は殆どありません」


 気が付いたら見知らぬ場所にいて、何故だかその場から逃げ出さなければならないという本能に従って走り続けた。

 その先で出会った銀髪の少年。ぼろ雑巾のような姿で惨めに這いつくばる自分へ手を差し伸べた在りし日のセシル。


 リオは自身が思い出せる最古の記憶を呼び起こす。

 同時に僅かな頭痛を覚え、彼はこめかみを押さえながら眉根を寄せた。


「俺が知る限り、自身の瞳の色はずっと変わりありません。それに加えて貴方が見たという幻影の少年が五歳未満のように見えたのならば、俺自身が覚えていない範疇の記憶が幻影として現れた可能性が高いかと。故に非常に不安定な姿だったのではないか、というのが俺の推測です」


 リオは自身の瞳を指し示す。

 その上で自身の発言に合わせて、反対の手の指をゆっくりと三本折り曲げていく。


「この目の色が後天的なものであったというのは初耳です。気が付いた時には既に不死身という体質でした。本来の年齢や名は不明であった為、レディング家に仕えるにあたってセシル様に定めていただきました。……俺が答えられるのはこのくらいです」


 未だ相手の発言が事実か虚偽かを見定めようとする視線。

 それに対してリオは深々と息を吐いた。


「証明する術はないですよ。ただ、当時のことをクリスティーナ様に伺えばいくつかは辻褄の合う話もあるのではないでしょうか」

「……そっか。悪かった、色々聞いて」

「いいえ。変に疑義を抱かれるよりこうして言っていただけた方が俺としても都合がいいですから」


 エリアスの謝罪を受け、リオは笑顔で首を横に振る。

 鵜呑みにしている訳ではなさそうだが、それでも一先ずはエリアスも納得したらしい。もしくはここで疑い続けても埒が明かないと思い直してくれたのだろう。


 兎にも角にも、先程より聞く耳を持ってくれそうな様子であった。


「貴方の疑問の大抵は今の話で片付いてしまうんですよね。人形ドールが何か、という問いについても同様です」

「わからない、と」

「はい。彼女には何か思い当たるようなことがあり、それはもしかしたら俺の幼小に関わることなのかもしれません。しかしこれはあくまで推測の一つでしかない上に、俺自身も知らない範疇の話ですから。こちらからお話しできるようなこともありません」


 何者であるのか、というエリアスにとって一番気になっていたはずの疑問に対する答えは粗方終えた。

 それは彼が求めていただろう明確な答えではないが、現時点で話せることが他にない以上これで納得してもらう外ない。


 残るは彼がリオへ抱く疑念を拭う為の話程度だろう。

 リオはわざとその場の空気にそぐわない明るい笑顔を浮かべた。


「それと、俺の頭がおかしい話でしたっけ」

「い、いや、頭のねじ云々は言葉の綾っていうか」

「いいんですよ、自覚はありますから」


 親しく接していた相手へ敵意を向ける結果となってしまったからだろう。先とは違う理由で居心地悪そうにしていた騎士は、唐突な話題振りにしどろもどろになる。

 わかりやすい反応を揶揄うように笑うリオは、弁明を始めたエリアスの言葉に対して首を横に振った。


「俺は元々感情の機微というものに疎いようなので、普通とは違うのだろうというのはわかっています。人の顔色を窺うのが下手という訳ではないんですけどね」


 他者の心の変化を察することは出来る。要因がわからずとも相手が喜んでいるのか、悲しんでいるのかは判別が出来るものだ。

 しかし自分のこととなると嬉しさや喜びを感じるようなことも悲しみや怒りを感じるようなことも殆ど浮かばない。


 リオという男には常人よりも人としての感情が欠落していた。これは彼が覚えている限り幼少の頃からあまり変わっていない事実だ。

 それを指摘されることもあったし、他者との差を自ら感じる場面もあった。


 故にリオはその事実を悲観的なものとしてではなく客観的なものとして淡々と捉えていた。


「貴方が言った、俺の激情……戦いを好む気持ちというのは確かに存在します。刃を突き出し、敵を切り裂く。叩きのめす。そういった行為に一種の快楽を覚えていることも、本能的に求めてしまう一面があることも認めます。恐らくはそれが俺の本質なのでしょう」


 日頃全くといって動かない心を大きく揺さぶる瞬間。それがリオの中には二つあった。

 その一つが闘争。

 目の前の敵を排除する瞬間、自分の身を削ってでも相手を追い詰める瞬間に心が疼く。自身の行く手を阻む者を蹂躙することで空っぽな心が満たされるような感覚を覚える。

 もっと強く在りたいと、もっと多くの敵を倒さなければならないと本能が訴える。


 それが普通でないことは理解している。

 そしてそれが多くの人間にとって警戒するに値し、異端視される問題であることも。

 故にエリアスが警戒するのも尤もな話であった。


「安心してください。貴方の危惧するようなことは起こりませんから」


 しかし、エリアスが警戒しているであろう主人の危険。それを自分が招くことはないとリオは断言できた。

 彼は後方の窓を眺める。

 その目は優しく細められ、口には淡い微笑みが乗せられる。


「俺があの方へ牙を剥くことは絶対にあり得ませんよ」


 それは戦に狂った者が浮かべるものとは到底思えない、優しい表情だった。

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