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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第744話

 足早に去る騎士の背中を眺めていたクリスティーナから笑う気配がある。


「……騒がしい人ね」

「そうですね」

「彼は……エリアス・リンドバーグというの? 卿という事は爵位を持っているのね」

「え」

「どうしたの?」


 まるでエリアスの事を初めて知ったかのような反応を見せるクリスティーナの言葉にリオは思わず声を漏らす。

 リオの胸の奥に潜む妙な違和感が更に強まった。


「クリスティーナ様、彼の事をご存知ないのですか?」

「え……? ええ、初めて会ったわ。騎士なら私と顔を合わせて言葉を交わす機会のない者の方が多いじゃない。何も変な事ではないでしょう?」

「それは……そうですが……」


 クリスティーナは何も間違っていない。

 そう思うのに、何故だか不安感が拭いきれない。

 瞼の裏でおかしな幻がちらつく。


 クリスティーナとエリアスが笑い合っている光景が、彼女達が揃って自分へ声を掛ける瞬間が、何度もフラッシュバックする。


(――違う)


 今を否定しているのか、見える幻を否定しているのかすら曖昧だ。

 だが何か大きな過ちがあるような心地だけがじわじわと胸の奥で広がっていく。


「変なの」


 傍でクリスティーナがまた笑う。

 屈託のない、年相応の愛らしい笑顔だ。


 幸せそうな彼女の姿を見て胸が温かくなる。

 だがその様子はどこか現実味が薄れている。


「クリスティーナ様」

「なぁに?」


 不意に、言葉が漏れた。


「貴女は今、幸せですか」


 空色の瞳が丸く見開かれる。

 驚いた彼女はしかし、すぐに首を縦に振った。


「ええ。とっても幸せだわ」


 満面な、花のような笑みだった。

 それは自分が何よりも望む主人の姿だった。

 だから――


「……そうですか」


 リオは深く息を吸う。

 目を細め、慈しむように彼女を見つめる。

 彼はいつものような笑みに僅かな寂しさを纏わせた。


(確信できた)


 声を弾ませるクリスティーナの存在を傍に感じながら、彼は視線を巡らせる。

 そしてふと、庭園の外、建物の柱に凭れ掛かる青年を見た。


 彼はリオと同じように感情が見えないような笑みを貼り付けている。

 クリスティーナと同じ空色の瞳が二人を見つめていた。


「クリスティーナ様、少々離席します」

「え?」


(これは夢だ)


 不思議に思う声を背に、リオは素早く青年――セシルとの距離を詰める。

 走りながらナイフを両袖から滑り出し、しっかり握る。


 セシルはリオの接近に気付き、腰に携えていた剣を抜いた。

 だがその動きは僅かに遅い。

 リオはセシルの背後へ回り込むと彼の首をナイフで深く切り付けた。


「夢でなければ」


 鮮血が噴き出す。

 セシルの体が地面へとゆっくりと傾く。


「貴方が俺に負ける事はありませんから」


 どさりと、セシルが倒れる音がする。

 彼は倒れても尚、普段と変わらない笑みを貼り付けていた。


 鮮血を浴びたリオは深く息を吐き出し、離れたテラスに座るクリスティーナは振り返る。


 刹那、周囲の景色が徐々に白み始めた。

 白色に塗り潰されていくように、建物や人の輪郭が溶けていく。


 クリスティーナは自分の傍を離れたリオを見失ったらしく、一人で茶を嗜んでいた。

 傍に降り立った小鳥を見て、何か話し掛けては無邪気に笑う。

 彼女の今の姿は『幸せ』そのものだった。

 ――だからこそ、偽りだと気付いた。

 今見ている景色は己の望みを叶える夢なのだろうと、リオは理解した。


(貴女はもう、そんな風に笑う事はない)


 幼い頃の素直で明るい少女は、もういない。

 彼女が知り得なかった事情が、社会が彼女から笑顔を奪ったから。


(それでもいつか、またこんな風に笑える時が訪れるなら)


 リオは静かに目を伏せる。

 今は失われた笑顔も、未来で取り戻す事ができるかもしれない。


「俺が必ず、貴女の幸せを取り戻します」

(俺一人では成し得ずとも、その一助になる事はできるはずだ)


 白く塗り潰される世界。

 最後まで残っていたクリスティーナの姿もまた消えていく。


 消える刹那、ふと彼女の笑顔がリオへと向けられた。

 息を呑んだリオは消えていく少女の姿を柔らかな笑みと共に見送ったのだった。



***



 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 視界に入るのは見慣れない天井だ。


 夢の中で生きた感覚が徐々に薄れ、現実へ戻って来たのだと実感した。

 それと同時にリオは自身が眠る前の出来事を思い出す。


 主人の危機を覚えた彼は顔を青くさせて飛び起きた。


「どわっ!?」

「わぁっ!?」


 しかし次の瞬間に聞こえたのは驚く二つの声だ。

 リオがそちらへ目を向けると、眠りに落ちる前まではいなかったはずのエリアスとクロードの姿がある。


「……何でいるんですか」

「何でって何だよ! お前ら心配して探しに来たんだろ!?」

「大丈夫だよ、リオ。クリスも一緒だ」


 普段ならエリアスの抗議に対して軽口の一つでも挟む余裕があっただろうが、今のリオは気が気ではない。

 エリアスの返答を軽く聞き流して立ち上がると、クリスティーナが眠っていたベッドへを見た。


 だがクリスティーナの安否を確認するより目先にクロードが宥めるように優しくリオへ声を掛けた。

 それから僅かに遅れてリオは自身の目でクリスティーナの姿を確認し、漸く肩の力を抜いた。


(……よかった)


「急に飛び起きるからびっくりしたよ」

「本当だよな。さっきまで死んだみたいに動かなかったのによ……」


 クロードは話しながら布団を叩き、リオに座るよう促す。

 リオはそれに短い頷きを返す。

 そしてクリスティーナの呼吸や容態を確認し、汗を拭いてやってからエリアスやクロードと向かい合うように布団の上に座る。


 そして合流までの経緯を二人から聞くのだった。

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