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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』
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第740話

 モーリスがエリアスとクロードを紹介する。

 エマが二人へ近づいて話をする。

 無邪気に笑い、二人の訪問を喜ぶ。


 同じ顔を貼り付け、人々が何かの絡繰りのように言葉を吐く。


(異常だ)


 人々の気味の悪さを感じ、エリアスは生唾を飲む。

 その時、隣でクロードが大きく咳き込んだ。


「っ、クロード!」


 咳はなかなか止まらず、彼はその場に蹲る。

 そんな彼をエリアスが支えてやると遅れてモーリスが近づいた。


「ど、どうしたの? 病気?」

「クロード様はお体があまり強くはないらしく……お部屋までお連れいたしましょうか?」


 モーリスもまたクロードを支えようと手を伸ばす。

 だが刹那、クロードが無理矢理立ち上がろうとし、体勢を崩した。

 彼は正面で屈んでいたエリアスを巻き込んで床に倒れ込む。


「どわ……っ! っ、おい、クロード……! お前大丈夫か――」

「――触れないで」


 耳元で繰り返される咳の間、エリアスにしか聞き取れない程の小さな声がした。

 短い言葉をなんとか絞り出したクロードは再び咳を繰り返し、それ以上詳しく語る事はできなくなる。


 だが彼の言葉の意図をエリアスは何とか理解した。


(今、モーリスが手を伸ばしたのと同時にクロードはオレを押し倒した。なら、触っちゃいけない相手ってのは――)


 エリアスはこっそりとモーリスの顔を盗み見る。

 彼はほんの僅かに目を見開き、クロードを見つめていた。


「あー、悪い。長く歩いたせいで流石に体が堪えたみたいだ。話の途中で悪いんだけど、クリス様とリオのとこまで案内してくれないか?」


 エリアスはクロードを背負ってやり、立ち上がる。

 そして一歩後ろへ下がり、モーリスへ道を譲った。


「……そうですね。お体も心配ですし、ゆっくりお休みいただきましょう。エマ様も、よろしいですか?」

「勿論。元気になったら沢山お話しをしましょうね」


 エマに見送られ、三人は謁見の間を後にする。

 モーリスが前を歩き、エリアスはその後に続いた。


 やがて三人は一枚の扉の前に立った。


(この城の中は明らかにおかしい。オレが気付くくらいなんだから、リオが気付いてないはずもないと思うし……だとしたら、二人は本当にここにいるのか?)


 扉の先は随分と静かだ。

 話を聞いたところ、クリスは熱のせいで寝込んでいるらしく、またリオは普段から気配を感じられない。

 その為、この扉の先に本当に仲間がいるのかもわからない。

 不安を覚えながら、エリアスはモーリスが開ける扉の先を見つめた。


「何か考え事?」

「……いいえ」


 扉の前に立ったままそれをすぐに開けようとはしないモーリスへクロードがか細い声で問う。

 モーリスはそれを聞くとすぐに首を横に振り、扉を開けた。


「どうぞ」


 モーリスは扉の先を譲る。

 彼に促されながらエリアスはクロードを背負ったたまま部屋へ足を踏み入れる。


 刹那の事だ。

 後方から素早く近づく気配にエリアスは気付いた。


「エリ――」


 クロードも気付いたのだろう。エリアスの名前が呼ばれ掛けた。

 しかし彼が名を呼び終えるよりも先、エリアスは大きく前へ飛び込むと空中で体を捻り、着地と共に後方へ振り返る。


 彼の視線の先にあるのは手を伸ばしたまま目を瞬かせるモーリスの姿だった。


「初対面の相手にベタベタするのは失礼らしいぞ」


 嫌な予感をひしひしと感じながら、エリアスは引き攣った笑みを見せる。


「よくわっかんねぇけど、クロードが正しそうっつーのだけは何となくわかるな」

「もっと褒めてくれてもいいよ」

「けど、無茶しすぎだ馬鹿」

「ごめんって」

「……何のお話をしていらっしゃるのか、分かりかねてしまいますが」


 モーリスへの警戒心を最大まで高めるエリアスとクロード。

 彼らに伸ばしていた手を下ろしたモーリスは焦りを一切見せる事なく淡々と言葉を紡いだ。


「そう、警戒されるような心当たりはありませんよ。少なくとも私はお約束を守っています」


 モーリスが離れた場所からある場所を指で示す。

 一つはベッド、次はその傍。


 それを横目で追ったエリアスとクロードは息を呑む。


「っ、クリス様、リオ……!」


 ベッドの上で苦しそうに呼吸を続けるクリスティーナと、その傍に敷かれた布団の上、横になったまま動く気配のないリオの姿があった。

 クリスティーナが体を崩していて意識がないのはおかしな事ではないのかもしれない。だがリオが他者の接近に気付かないどころか三人が会話を繰り広げても目を覚さない事はエリアスにとって考えられない事態だった。


「っおい、リオ、起きろ!」


 クロードをその場に下ろし、エリアスはリオへ駆け寄る。

 脈はある、呼吸もある。

 だがどれだけ乱暴に体を揺すっても彼の瞼は開かなかった。


「……君の仕業?」

「何のお話をされているのですか? 私はお疲れのお二人に休んでいただいているだけですが」


 何とか息を整え、クロードが問う。

 モーリスは表情を変える事はなく、小首を傾けた。


「お二人もお休みになってはいかがですか? 布団をお持ちいたしましょうか? お食事は食糧の在庫の都合で難しいのですが、それ以外でしたら対応いたします」

「……今は必要ないかな。二人が目を覚ますまでそっとしておいて欲しいのだけど」

「畏まりました。では定期的に様子をお伺いに上がりましょう。一先ずは、失礼致します」


 意外にもモーリスは素直に引き下がった。

 クロードに拒絶される形で彼は廊下へ出、深くお辞儀をする。

 やがて閉ざされた扉によって彼の姿は見えなくなった。

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