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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第六章―太古の砦・小国パーケム――エンフェスト山脈 『眠る氷城』

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第736話

 モーリスの話した通り、城内はやや肌寒い程度で人が過ごせる温度で保たれていた。

 個室になれば暖炉もある為室温は気にせず快適に過ごせるだろうとモーリスは語る。


「こちらです」


 やがてモーリスは一枚の巨大な扉の前に立つ。

 その前に控えていた衛兵は無言で頭を下げた後、扉をゆっくりと丁寧に開けた。


 モーリスは自分の後に続くよう視線でリオを促すと先に中へと足を踏み入れた。

 彼の跡を追うリオが見たのは氷に覆われた謁見の間だ。


 しかし不思議と凍えるような寒さは感じない。

 広々とした空間の中央には赤いカーペットが伸び、その両端には使用人や騎士が控えている。


「あら? モーリス」

「失礼致します、エマ様」


 声がしたのは謁見の間の奥、階段の上に構えられた玉座の上からだ。

 少女のような無邪気さと明るさを孕んだ高い声だった。


 モーリスは階段の前まで進み出ると片膝をついて頭を下げる。

 リオもクリスティーナを抱いたまま頭を垂れた。


「お客様?」

「はい。境界で迷い込んでしまった旅の方のようです。連れの女性は急激な冷えに耐えきれず発熱もしている為、暫くの間こちらでお休みいただくべきと判断し、お招きいたしました」

「あら。それは大変」


 玉座から動く影がある。

 頭を下げたまま視線だけを上方へ向けたリオは桃色の髪をした少女の姿を見た。


 丁寧に手入れされた、ふわふわとした髪。その色に合わせ桃色と白を基調に作られたレースをふんだんに使ったドレス。

 彼女が纏う空気はどこか神秘的で、技巧的で、物語の世界から飛び出したかのような人物であった。

 エマと呼ばれた少女はリオの前まで立つと彼とクリスティーナの顔をそれぞれ覗き込んだ。


「ふふ、可愛い」

「エマ様」


 エマの手がクリスティーナの頬へと伸びる。

 それに反応し、リオが僅かに身動ぎしたその時。モーリスが彼女を呼ぶ。


「なぁに?」

「初対面の方に許可もなく触れるのは控えた方がよろしいかと。よく思わない方もいらっしゃるようです」

「……先に嫌がられてのね、モーリス」


 動きを止め、モーリスへ振り返ったエマはころころと鈴を転がすような笑いを漏らす。

 彼女の揶揄うような言葉に対しモーリスは何も言わなかった。


「ごめんなさい。私達は外の常識をあまり知らないから」

「いいえ」

「貴方には触れても大丈夫?」

「……別に構いはしませんが」

「聞いた? モーリス。本人が頷けば勿論問題はないのよね!?」

「快諾にはあまり聞こえませんでしたが」


 エマは無邪気な声で喜び、リオの頬を撫でた。

 他者と接する距離感が近すぎるのは彼女自身が先に述べた通り、この場が外から隔離された地だからという事もあるのだろう。

 細い指が自分の肌をなぞる感触を感じながらリオは目を伏せた。


「綺麗だわ。ねぇ、モーリス」

「そうですね、端正なお顔立ちかと」

「何か特別な手入れをしているの? お肌も綺麗。瞳も綺麗ね。赤色は初めて見たわ」

「……そうですね」


 エマはモーリスとは違って随分お喋りな人物らしかった。

 彼女は興奮気味でリオを観察する。


 赤目について触れた際、二人が嫌悪を見せず腫れ物に触れるような扱いをしなかったのは、赤目がを持つ者の事例が殆どないことや不吉の象徴、魔族を連想させる事から忌まれるものであるという人里の常識を知らないからだろう。

 下手に相手から警戒されるような事はなさそうだとリオは安堵した。


「そうだ、お名前を聞いていなかったわ」

「一番に聞かなければならない事ですね」

「煩いわ、モーリス。そもそも貴方が紹介してくれればよかったのよ」

「それは失礼しました」

「まずは私から名乗るべきね。私はエマ。……ねぇ、旅のお方? 貴方達のお名前を教えてくださらない?」


 満足したらしく、リオから手を離したエマは彼の前で丁寧にお辞儀をする。

 リオは彼女に倣って再び頭を下げる。


「リオと申します。こちらは私の主人のクリス様。主人の療養の為、どうか一時の間こちらで過ごす事をお許しいただけないでしょうか」

「ええ、勿論よ! 一時と言わず、ずっと居てくれてもいいわ!」

「それは……少々難しいお話かもしれませんが。ご快諾いただきありがとうございます」

「そうなの? それは少し残念ね。……けれど本当に、期間については気にしなくていいわ。お部屋をモーリスに用意させましょう。だからゆっくり休んで頂戴」


 エマは満面の笑みを咲かせ、リオの後方――静かに控えている城の者達を見る。

 彼女の声が部屋中に響いた。


「皆んな、久しぶりのお客様よ。丁重におもてなししましょうね」

「「「はい、エマ様」」」


 それに返されるのはいくつもの声。しかしそれは同時に重なった。

 一言一句、その速度も統一された言葉。

 その不自然さにリオは思わず後方を見やる。


「「「仰せのままに」」」

「「「嬉しゅうございますね、エマ様」」」


 更に次々と並ぶ言葉。

 その全てがその場の全員の声で重なる。

 彼らは全く同じ笑顔を貼り付け、エマを見つめていた。


 一つ一つは優しさ、慈愛に満ちているような顔であるのに、同じ顔だけが集まるせいでその笑顔の奇妙さだけが大きく増している。


「よかった、皆んなも喜んでいるわ。ねぇ、モーリス」

「はい」

「もう、貴方はつまらなさそうね」

「まさか」


 エマは彼らの様子を気にした素振りもない。

 モーリスは相も変わらず考えが読めない。


「……では、そろそろクリス様を休ませて差し上げなければなりませんので」

「ええ、そうしてあげて。お見舞いには行かせて頂戴ね」

「……はい」

「では、失礼致します」


 リオはモーリスと共にその場を後にする。

 同じ顔を貼り付けた使用人の横を通り抜け、廊下へ出る。そしてすぐに扉が閉められる音が背中に響いた。


(……これは人里から離れた地だからだとかそういう事を抜きにしても異常だ。ここに立ち入ってから終始そのような空気を感じる)


 エマやモーリス以外の人々に自分の意志で動く人間らしさは感じられない。

 それを気にしていない様子のエマの様子はどこか危うげに感じる事を踏まえれば、この街で一番常識的、もしくは話が通じそうな人物はモーリスだという結論にリオは辿り着いた。


(完全に気を許す事は出来そうにないな。……様子を窺いながら少し探りを入れてみるか)


 モーリスの案内に従い、リオは廊下を進み始めるのだった。

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