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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第77話 理屈と感情

 霧の深い森の中、クリスティーナとリオは並んで歩いていく。


「俺の体質について他の方に話すべきか、ですか」

「ええ」


 エリアス達と合流を果たす前のことだ。クリスティーナから振られた話題にリオは目を丸くする。

 聞いた言葉を反芻する相手にクリスティーナが頷きを返すと、彼は少し考え込むように視線を逸らした。


「そうですね……。お嬢様が認識しているように話すメリットと話さないことによるデメリットは確かにあるかと」


 やがて考えが纏まったのか、リオは再びクリスティーナへと目を向けた。

 彼は人差し指を立てている。


「複数人で協力する類の戦闘に於いて、味方の生死というものはどうしても動揺を誘う要因になり得ます。仮に俺が死に直面したとして、事情を知らなければ庇いに出ようとする者もいるでしょう。しかしその必要がないとわかっていればより戦闘に集中することが出来ます」


 そこへ更に中指が立てられた。


「あとは俺が躊躇なく戦闘に参加できるというメリットもありますね。現時点では誤魔化しが利かない怪我はなるべく避けていますが、俺の場合多少の負傷は前提である戦闘スタイルが本来のものですから」


 事前に話しておくことで不死身という現象を目の当たりにした時の味方の動揺を無くすこと。そして戦闘時の仲間の負担軽減、リオが自身の真価を遺憾なく発揮できるメリット。


 それらが不死身を周知させることのメリットであり、その逆が周知させない場合のデメリットだ。


 勿論むやみやたらに言いふらすことによるデメリットも存在する。

 彼の異質な体質は差別の対象としては十分な効力を発揮するであろうし、知的好奇心からその奇怪且つ特殊さを求めて彼を付け狙う存在が現れる可能性も十分にある。


 だが前者の場合、自分達の命を優先すべき状況下では目を瞑らなければならない場面も出てくるだろう。特に今後も行動を共にし続けるエリアスに隠し続けることは出来ない案件だ。

 後者に関してはエリアスとノア相手であれば懸念する必要もないとクリスティーナは踏んでいた。


 エリアスは研究職などと程遠い立場の人間であるし、知的好奇心の高そうなノアも今はまだただの学院の生徒に他ならない以上、リオに手を下す可能性は極めて低い。何より彼は常人としての倫理観や道徳観を誰よりも理解し、身に着けている存在だとクリスティーナは認識していた。


 故にリオの体質を話した場合と話さなかった場合に発生するデメリットを比べた際、話しておいた方が良いという結論に至るのは至って普通のことである。

 そして恐らくは話すことに於ける二点のメリットを提示したリオも同様の認識であるのだろう。


 だが彼はそこで一度間を置くと小さく笑みを浮かべた。


「しかしそれによってクリスティーナ様が嫌なお気持ちになられるのであれば、無理にこの手段を取る必要もないと俺は思っています」

「私が反対すると?」

「いいえ。貴女様は物事を客観的且つ合理的に捉えることが出来るお方ですから。……ただ」


 言葉に悩んだのか、ほんの少しだけ彼が言い淀む。

 そして困ったように眉を下げて苦笑した。


「どうしてだか、貴女はそれを望んでいないように感じたのです」


 そう思うに至った要因は本人にも言語化できない程曖昧なものらしい。

 だがそれでもどこか確信染みた、はっきりとした声音で彼はそう告げた。



***



 その後、それは勘違いだと押し切り、どこかの機会を狙って共有しようという結論に話を導いたわけだが。

 そのことを思い返しながら、クリスティーナは苦い顔になった。


「……リオにも同じことを言われたわ」

「ははっ、流石だね。君のことをよく見てる」


 リオとノア。二人から指摘を受けるという事はそう思わせるだけの振る舞いがあったのだろうが、生憎クリスティーナには心当たりがない。

 それどころか彼らの指摘通り、リオの不死身という体質を共有することに対し躊躇いを抱いていたのかどうかさえ確かな自覚がなかった。


 味方が動揺してしまうだろう要因を戦闘前に解消しておくのは正しい判断だし、寧ろエリアス相手であればもっと早くに共有しておいてもよかった内容だ。

 それを理解しているからこそ、何故その選択に対し不快感を覚えなければならないのかという疑問すらクリスティーナの胸中には生まれていた。

 だが一方で彼らから指摘を受けたことによって、自身の胸の内に形容しがたい不安定な感情が確かに渦巻いていることにもクリスティーナは気付き始めていた。


「……よくわからないわ」


 理性的な自分とその裏に潜む感情。それが曖昧に共存する胸中を的確な言葉で表すことは今のクリスティーナに出来そうになかった。


「そうかい。ならわかった時にどうすべきか考えてみればいい」


 にも拘らず。本人にも正体がわからないような気持ちを目の前の青年は既に見透かしているようだった。凡その見当がついているとでも言うように彼は微笑んでいる。


「悩みでも心配事でもいい。些細なことでもいい」


 答えを教えようとはしてくれない彼の意地悪さを不服に思い口を閉ざしている傍で、更にノアが言葉を紡ぐ。


「俺じゃなくてもいいからさ。君のことを良く知る、信頼できる誰かにくらい、もう少し弱さを見せてごらんよ」


 その声に返す言葉は見つからず、クリスティーナは無言を貫く。

 しかしその一方で彼女はノアの言葉を頭の中で反芻し、考えを巡らせていた。


 聖女でもなければ、公爵令嬢や主人としての自分でもない。

 旅人としての自分とは何か。そして自分の胸に居座る形容しがたい感情について。

 それらの疑問は暫くの間、彼女の胸の中に残り続けていた。

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