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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第75話 勧誘と断り

 鼻を啜りながらもすぐに落ち着きを取り戻したノアは目元を袖口で擦る。

 それを眺めながら、クリスティーナは小さく呟いた。


「冒険者ギルドへ足を運んだ時、仲間を探しているという話はしたでしょう」

「ああ」


 正しく言うならば仲間が欲しいと直接言葉にしたわけではない。

 だが戦力を求めていることを仄めかした話を彼であればそう受け取ってくれているはずだという想定でクリスティーナは話しを進める。

 そして実際に、それに対して彼は頷いてみせた。


「仲間を迎え入れるなら、貴方がいいと思ったわ」


 藍色の瞳が大きく見開かれる。

 それが自分へ向けられているのを感じながらクリスティーナは続ける。


「魔法への見識の広さ、賢さ、洞察力、人格……そして魔法の技術。どれも評価に値するものだと思った。それに、貴方がいればその場の空気も和らぐでしょうし……居心地も悪くないだろうと思ったの」


 クリスティーナは目を伏せる。

 その口は小さな笑みを浮かべているが、残念だとでも言うように僅かな苦さを含んでいた。


「……でも、駄目なのね」

「クリス……」


 優しい言葉の一つでも掛けようとしたのだろう。眉を下げた彼はクリスティーナを呼んだが、そこで一度思い留まった。

 その後彼が紡いだ言葉は慰めでもクリスティーナの望む言葉でもない。


「……うん。ごめんね」


 惜しみと申し訳なさを抱きながらも、彼ははっきりと答えた。


「俺はこの国で知り合った人達が……彼らが築いているこの国が好きだ。俺はここで生まれたわけではないけれど、それでもここは第二の故郷のような場所だから」


 ノアは背負っていた自身の杖に優しく触れる。

 愛する国の姿を思い描いて彼は柔く微笑む。


「現状、この国に潜む脅威は完全に去ったとは言い難い。未だ魔族が潜伏している可能性も高い。……それに、気に掛かることもあるからね」


 ノアの脳裏をよぎるのは迷宮最深部、転移直前にベルフェゴールが零した言葉だ。

 ――近い未来、この国を災厄が満たす。

 その言葉が事実ならば、早くに手を打たなければならない。

 そしてその災厄とやらに魔族が関わっているのならば、実際に魔族と接触したノアの情報は役に立つかもしれない。

 これらの可能性を踏まえた上で自分がすべきことをノアは明確に認識していた。


「見習いではあるけど、俺はこの国の魔導師だから。国に危機が訪れるのならば少しでもそれを救う手助けがしたい。この国の安寧が再び約束されるまで、俺はここで自分の出来ることをしなければと思うんだ。それに……」


 話の途中で、ノアの視線は部屋の戸へと向けられる。


「……レミもいるからね」

「彼がどうかしたの?」


 小さく呟かれた言葉にノアは苦笑を零す。

 彼はバツが悪そうな顔を浮かべながら、視線をクリスティーナへ戻す。


「レミはね、俺が魔法の道へ無理矢理引っ張ってきてしまったようなものだから。彼が自分で選んだ道を歩けるようになるまでは見守ってやりたいんだ。こちらの世界へ引っ張り込んでおいて、途中で放り投げるような無責任な奴にはなりたくないからね」


 二人の年齢を考えれば少々過保護ではないかという気持ちを抱く。

 しかしその言葉をクリスティーナは呑み込んだ。

 ただ過保護なだけ、と簡単には片付けられないような罪悪感を彼の表情から汲み取ったのだ。彼らには彼らなりの事情があるのだろう。


「君の言葉は本当に嬉しい。冒険には興味も強い憧れもある。……けど俺は一緒に行けない」


 もう一度はっきりと断る声を聞いて、クリスティーナは小さく息を吐いた。

 どう説得しても今の彼はこの国を発つつもりはないのだろう。それがわかるからこそ、これ以上の言葉は不要だと感じた。


「……わかったわ。なら」


 クリスティーナは気恥ずかしさから目を逸らす。

 自分から人を誘う経験が浅い彼女には人の誘い方も、引き際もよくわからなかった。


「今度会った時にまた誘うわ」


 故に誘いを断られるという経験も積んでいない彼女は変に意地を張ってしまう。

 諦めていないという事を示唆するような、予想だにしていなかった言葉。ノアは不意を衝かれて呆けた後に勢いよく笑いを吹き出した。


「……不快だわ」

「ふっ、くく……っ、ごめ……っ」


 彼は口元を片手で覆っても尚隠し切れない笑いを浮かべ、肩を揺らす。

 そんな様子を横目で盗み見るクリスティーナは言葉では文句を零しながらも内心悪い心地はしなかった。


「君って強情だよね」

「意志が強いのはいいことよ、優柔不断よりもね」

「うわ、耳が痛いなぁ」


 鋭く細められた目に射止められ、ノアは参ったと両手を上げる。

 その大袈裟な反応に対しクリスティーナは鼻を鳴らし、目を逸らす。

 そんな辛辣な態度でありながらも不思議と冷たさを感じない様を目にして、ノアはまた笑みを零した。


「わかったよ。もしかしたら気が変わっているかもしれないからね。その時が来たらまた考えてみるよ」

「ええ」


 クリスティーナが話したいことは一通り話し通した。

 故に小さく頷いた後はその口を閉ざして外の護衛が戻るのを待っていたのだが。どうやらノアはもう少し話したいことがあるようだった。


 彼は胡坐を組み直すと自身の膝に肘をついて、先程よりも気楽な姿勢を取る。


「そうだ。君達がニュイへ向かうのであればリヴィに道案内を頼もうと思っているんだ」


 その提案にクリスティーナは目を瞬かせた。

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