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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第74話 いつかその日が来たら

「……気持ちの問題は簡単に割り切ることが出来ない。それはわかっているのよ」


 自分の言葉を噛みしめるように、クリスティーナは話す。

 未だ自分の考えは纏まりきらないし結論をどこへ持って行きたいのかもわからない。

 だから思っていることを少しずつ言葉に乗せることで自分の考えを整理する。


「だから、あの場で貴方が動揺したことに対して怒りを感じている訳ではないの」


 ノアは静かに耳を傾けている。

 普段よくする相槌が鳴りを潜めているのはクリスティーナの思考を邪魔しない為かもしれない。


「私達はまだ長くない付き合いだし、互いに話していないことも沢山ある。貴方が敢えて避けた話があることも知っているけれど、それを無理に聞きたいわけじゃない」


 言葉にすることで複雑に混ざり合った感情が少しずつ形になっていくのを感じる。

 絡まり合った糸を解いていくように、丁寧に自分の心を言葉にする。


「貴方が聞いて欲しいと思わない話を無理に掘り下げようとは思わないし、貴方が一人で向き合うと決めたことならその意志を尊重するわ。ただ……そうね」


 あの時込み上げた怒りの正体。それがはっきりと形になり、輪郭を帯びたところで一度言葉を切った。

 クリスティーナは膝の上に置いた両手で拳を作った。


「貴方の覚悟と、背負うものを軽んじるような発言がきっと悔しかったのね」


 感情というものはいつだって制御が難しくて、理想通りにはいかせてくれない。そのことにままならなさを覚えることもある。

 理屈がわかっていたって、気付けばすぐに振り回されてしまう。それは今のクリスティーナにも言えることであった。

 自分は理性的な方であると気取ったところで、出来るだけそう在れるようにと思っていたところで、結果は変わらないようだ。

 未だ残る子供っぽい自分の一面にクリスティーナは苦笑を漏らした。


「貴方の胸の内全てを知れずとも、貴方が自分の悩みと真摯に向き合う人だという事は知っているし、それによって苦しんでいることも知っているから……。貴方の気持ちが、さも容易に想像できる安っぽいものかのように扱われたことに腹が立ったのよ」


 日頃気丈に振る舞っている分、自分の至らなさを曝け出すのは少し恥ずかしい。

 クリスティーナは彼から視線を逸らすように敢えて何もない床を見下ろした。


「貴方の悩んだ時間や労力、苦しみを軽く見られた気がした。それが気に入らなかった」


 言葉にすることで整理された自分の気持ち。

 何故腹立たしかったのか、何がそう思わせたのか。それらがしっかりと形になったことでもやもやとした気持ちが少しだけ薄れていくのを感じた。


「だから、直接貴方に腹を立てたわけではないのだと思うわ。臍を曲げてしまってごめんなさい」


 気にさせて悪かったと小さく頭を下げるクリスティーナ。

 数秒程経ってからその頭を上げた彼女は、目の前の青年が浮かべる淡い微笑みに気付いた。

 柔らかい微笑と共に彼女の話を聞いていたノアは、彼女と視線が合うと胡坐の上で両手を組み、そちらへ視線を落とす。


 そしてゆったりと口を開いた。


「……俺はね、魔法適性が水であることを不満に思ったことはないんだ」


 彼は手持無沙汰な状況を誤魔化すように親指同士を絡めるように弄ぶ。

 その目は何かを思い返すように細められていた。


「水以外にも使える属性があったらなぁと思うことはあっても、魔法適性が水じゃなければよかった、と思ったことはない」


 その目は揺らぎ一つ見せない。

 彼の語りが全て本心から……それも強い思いから来ているものだという事は明らかだった。


「花形には向いていないけど、その分誰かを支える素質がある。誰かが輝く為の助けになれる。そういう魔法だって俺は知ってる。そしてそれが性に合ってるんだ」


 いつだって、どんなものだって人の注目を集めるのは花形だ。

 裏方に着目するのは極小数。同じ立場の人間か、裏方の恩恵を直に受けている者達くらいだろう。

 それでもよかった。誰かが輝けるのは自分がいるからなのだと思ってくれる存在がいる。その事実がノアの心を満たし、向上心を擽らせ、魔法への熱意を底上げする。そうして彼は彼なりの手段で魔法を探求してきたのだ。


「だから俺は水魔法が使えてよかったって思ってる」


 頬が緩む。魔法を……水属性という魔法を心から愛しているのだと彼の表情は告げていた。


「悔しさややるせなさを覚えたり、納得のいく評価を得られなかったりすることはある。けど、俺は水魔法が好きだし、水魔法で誰かの役に立てる自分も好きなんだ」


 自分の好きなものを語る彼の瞳に映るのは子供のような無邪気さ。そこには切なさや憂いの色も僅かに含まれていて、彼の気持ちが純粋さだけで形成されている訳ではないことがわかる。


 何度も苦悩や葛藤を経たことを告げる瞳。けれども消えない真っ直ぐな思い。

 苦しいことがあったとしても、何よりも魔法が好きなのだという気持ちをそれは物語っていた。


「だから……いつかきちんと、誰に対しても胸を張って言えるようになりたい。俺はそういう俺自身のことが好きなんだって」


 真剣な顔がクリスティーナへ向けられる。

 その顔はすぐに気恥ずかしそうな苦笑へ変わるが、その瞳が宿す光の強さは衰える様子がない。


「今はまだ後ろめたい気持ちを抱いてしまうこともある。人の視線や評価を気にしてしまうこともある。けど、いつかはそれら全部ときちんと向き合うだけの強さを得たい。そう思ってる」


 ノアの手がクリスティーナへと伸ばされる。

 大きく骨ばった手が、彼女の指を絡めた。

 クリスティーナの手を優しく包み込んだ彼はそれを自分の額に押し当ててはにかんだ。


「……ありがとう、クリス。不快な気持ちになった君にこんなことを言うのも変な話だろうけど、俺の為に怒ってくれていたこと、嬉しいと思ったから」


 絡んだ指に僅かな力が籠められる。

 少し冷えたクリスティーナの手に彼の熱が伝わった。

 ノアは笑みを浮かべたまま、込み上げる感情を押し堪えるように睫毛を伏せて言葉を紡ぐ。


「歯痒さを感じさせてしまってごめんよ。でもいつか、堂々とした姿を君にも見せられるように頑張るよ」


 指の関節を彼の金髪が掠める。

 その擽ったい感触を受けながら、クリスティーナもまた目を閉じた。


「……時が来たら、貴方の様子を窺いに来てあげてもいいわ」

「ああ」


 暫しの沈黙が訪れる。

 流れる時間、残り僅かとなった別れまでの期間を惜しむようにじっと動きを止める二人。


 少しの間そうした後、先に動いたのはクリスティーナだった。

 やがて片目を開けてノアの様子を盗み見た彼女は思わず小さく声を漏らして笑ってしまう。


「貴方、思っていた以上に泣き虫だわ」

「ううーっ、仕方ないだろぉ……。感無量と寂しさが一気に来たんだからさぁ……っ」


 息を潜めて誤魔化していたらしいノアは自身の目から溢れる涙を指摘され、泣き顔を隠すことを諦める。

 綺麗な顔を子供のように歪める彼の姿に、クリスティーナは呆れたような苦情を返した。


 そして仕方がないと言葉を零し、ハンカチで顔を拭ってやりながら彼の涙が落ち着くのを待ったのだった。

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