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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第73話 これからの為の話

 全員の手当て、汚した部屋の清掃やら着替えやらを済ませた一行が一服できたのは夜も深まった頃合いであった。

 床や椅子、ベッドなどを借りる形で全員が輪になり、レミに事のあらましをざっくりと伝える。


「ミロワールの霧による混乱を収束させようとしてたら魔族に襲われた挙句迷宮を経由して帰ってきた……?」

「うん……はい……」


 床で胡坐を掻いていたレミは驚きの余り、自身の膝についていた肘を滑り落とした。

 彼はノアの説明を反芻したまま呆然としている。


 バツが悪そうに目を逸らすノアの顔を凝視したレミは助け舟を求めるように他四人へ視線を向けるが、それ以上話せることもない面々は揃いも揃って気まずそうに目を逸らすという結果に至る。


 それを見て彼は口をぱくぱくと開閉させたが、指摘すべき箇所が多すぎるせいで逆に言葉を失ったらしい。

 やがて額に手を当てて深々とため息を吐くと肩を落とした。


「お前が厄介事を引き寄せる体質なのは今に始まったことじゃないけど、まさかここまでとは……」

「俺だって流石にこんなのは初めてだよ……」

「どうやったら数える程しか生き残ってない魔族に命を狙われるんだ。普通努力したって遭遇しないだろ、そんな危機」

「俺だって望んだわけじゃないんだよぉ……」


 ルームメイトからの冷ややかな視線を浴びてノアはしおしおと項垂れる。

 レミは情けなく半泣きになる彼を機嫌悪そうに一瞥したが、結局それ以上責め立てるような言葉を吐くのはやめにしたらしい。

 雑に頭を掻くと彼は立ち上がる。


「アレット先生に連絡してくる。今頃心配してるだろうから。詳しい話は先生が帰ってきたら自分でしてやれよ」

「ああ、ありがとう」


 レミはノア達から背を向けて退室する。

 戸が閉まるまでそれを見届けてからノアは四人へ向き直る。


「色々話したいことはあると思うけど、とりあえずお疲れ様」


 彼の言葉に各々が言葉を返し、互いを労う。

 それが落ち着いてからノアは話を切り出す。


「さて。互いの無事を喜び合いたいところではあるけど、また慌ただしくなる前に今後については話しておきたいところだ」

「話し合う程のことでもないだろう。僕は早急に出る」

「君はそういうと思ったよ。因みに俺は――」

「ノア」


 オリヴィエの言葉に続いて自分について語ろうとしたノアの言葉は更に重ねられた声に遮られる。

 へらへらと笑っていたノアは僅かに肩を揺らしながら声の主を見る。


「お前が話したいのは全体の今後の動きじゃなくてこいつの今後の動きについてだろう」


 その視線の先でため息を吐いたのはオリヴィエだ。

 彼は雑に頭を掻くとクリスティーナを睨みつけた。


「こいつは強い言葉を使うのが苦手だ。だから遠回しに事を運ぼうとするが、生憎僕は違う。」


 彼の目には疑心と警戒が滲んでいた。

 オリヴィエの言わんとしていることについて、クリスティーナには粗方の察しが付いていた。

 恐らくはリオとエリアスも同じだろう。彼らは口を閉ざし、クリスティーナとオリヴィエのやり取りを見守っている。


「だから言わせてもらうが、あれの狙いがお前だという事は明らかだった。そしてお前がいる以上周りがそれに巻き込まれる可能性というのはいつまでも付き纏う」

「リヴィ」

「自ら口出しできないのならせめて黙っていろ」


 言い過ぎだと咎めるような友人の声をオリヴィエは容赦なく切り捨てる。

 警戒の対象であるクリスティーナ達どころか友人との空気すら凍り付かせる彼の言葉は鋭さが目立つが、その指摘は何一つ間違っていない。


「その時の状況と退かないだろうこいつの性格を考えた上で今回は手を貸した。けど僕はこいつのように無条件に手を貸し続けるつもりはない」


 夜の静寂の中、彼の声だけがやけに響く。

 それは言葉の重みを節々から感じさせるような口調だった。


「僕はこの国が大嫌いだが、それでも大切だと思う存在はいる。お前達がそいつらに危害を加える可能性があるというのなら僕はそれに目を瞑る訳にはいかない」


 黄緑の瞳に浮かぶのは敵意とは似て非なる感情だ。彼はクリスティーナを敵として見ている訳ではない。

 ただ身内の危機を懸念し、それを齎す可能性のある存在へ慎重になっているだけ。

 クリスティーナ目を伏せる。


「心配いらないわ。早々にここ発つべきだとは私も考えていたもの」


 再び見つかる前に魔族から距離を置くというのはクリスティーナが自分の身を守る為にも最善の選択と言える。

 それにオリヴィエの言う通り、無関係の者を巻き込むことも、ましてや自分達に良くしてくれた者へ危害を加えることも避けたいものであった。


「……ならいい」


 クリスティーナとオリヴィエは互いに視線を交わす。

 重苦しい沈黙の後、その視線を窓へ逸らしてからオリヴィエが呟いた。


「ここに来たついでに忘れ物を取ってくる」


 彼は立ち上がるとノアに手を差し出す。


「預けてた部屋の鍵、失くしてないだろうな」

「ああ、勿論」


 彼の言葉に促されるようにしてノアは立ち上がり、自分の勉強机の引き出しに手を掛ける。

 そこから鍵を一つ取り出し、オリヴィエへ投げて寄越す。

 それを受け取ってからオリヴィエは部屋の窓を開け、縁に足を掛けた。


 最後にもう一度だけクリスティーナを睨みつけ、鼻を鳴らしながら彼は外へ飛び立つ。


「悪いね。彼、言葉がきついんだ」

「構わないわ。私達が迷惑を掛けたのは事実だもの。彼の言葉は尤もよ」

「そんな言い方しないでくれ。訳ありだとわかっていて首を突っ込んだのは俺なんだからね」


 卑屈になっている訳ではない。認識している事実として言葉にしただけなのだが、そんなクリスティーナの声に対してノアは困ったように眉を下げた。


「彼の態度もあまりに気にしないでくれよ。つんけんしてるけど根は馬鹿だからね、今頃先の戦闘を思い出して鼻血でも出してるとこさ」

「そういえば女性が得意ではありませんでしたね。戦闘時はそんな素振り全くありませんでしたが」

「単純馬鹿だからね。何かに集中する時は余所事が考えられないのさ。今クリスと話してた時だって内心穏やかではなかっただろうね」

「本人がいないとこで株下げるの止めてやれよぉ……」


 明るい口調で敢えて友人の無様を晒すのはノアの気遣いだろう。

 重い空気を切り替える為、そして友人の印象が下がらない為に彼は笑い話として片付けられる話題を挟んでみせているのだ。


 それにリオとエリアスが乗っかってやることで部屋の空気は再び緩みだす。

 そこから暫くは他愛もない話が花を咲かせた。そしてその場を満たしていた緊張感が抜けきったところでノアは机から地図を出す。


「さて、さっきの話の続きだけども。君達がフォルトゥナを発つとして。どこか目星をつけている場所はあるのかな」


 フォルトゥナ全体と隣国の一部が載った地図を床に広げながら投げられる問い。

 クリスティーナ達三人は互いに顔を見合わせてから首を傾けた。


「最終的な目的地の候補はありますが経路などは特に……?」

「一先ずは脅威から離れられればいいって感じですよね?」


 自己の認識が合っているか問うようにリオとエリアスが主人を見やる。

 クリスティーナはそれに頷きを返した。


 三人の様子にノアもまた一つ頷いてから地図の上に人差し指を乗せる。

 彼が指し示すのはフォルトゥナの首都。現在地だ。


「今いるのはフォルトゥナ首都グロワール。君達がフロンティエール方面からやってきたこと、ベルフェゴールとの接触が森林地帯で発生したことを考えると東進と南進は避けたいところだろう」


 フロンティエール、そしてミロワールの森へと指を辿るノア。

 一行は彼の言葉に対し頷きで肯定した。


「ならば北か西に進むことになる。この二択ならどちらかな」

「……西、かしら」


 元より聖国を避けるべく西進してきた身だ。更にシムラクルム森林へ足を踏み入れるかどうかの判断を先延ばしにするにしろ、近づいておいて損はないだろう。

 今後シムラクルム森林へ向かう必要性を見出した時、目的地との距離が離れていればその分の時間を無駄にしてしまう訳なのだ。ここは西進が無難だろう。


「そうですね、賛成です」


 賛同するリオに続いてエリアスも無言でうなずく。

 二人とも異論はないようだ。


「西ね。なら西端の街、ニュイを目指すことになるかな」


 ノアの指がフォルトゥナの西端へ向かう。

 そこはフォルトゥナ内では大きい方に分類される街だ。また、国境沿いには大きな湖が広がっていることがその地図から見て取れる。


「ニュイはアンティークや魔導具の売買が盛んな場所だね。宝石店なども多いし、貴族主体のオークションなんかも定期的に開かれている。収集家である他国の貴族が足を踏み入れたりする姿もよく見られるらしい」


 白い指は更に地図の上を滑り、湖を指し示した。


「隣国への移動はこの湖の上に掛かる橋を渡るか船かという感じかな」

「そういえば、馬車を置いてきてしまいましたね」

「回収は……諦めるべきだなぁ」

「ああー……。霧の件が落ち着いたら女将さんに話しておくよ。俺も学校の馬取りに行かないといけないし」


 移動手段の話題が上がったところで馬車を宿屋に置き去りにしてしまったことに気付いたが、馬車の回収の為だけにわざわざ魔族へ近づくのは悪手だ。

 クリスティーナ達は馬車を諦めることにした。


「では一先ずニュイへ向かうという事でよさそうですね」

「ええ」

「出立の時期ですが……。正直、これが作用する内に可能な限り移動しておきたいところではありますね」

「ああ、ちょっと待って。できれば明日まではここに居て欲しいんだ」


 次の目的地の擦り合わせを終え、変わらず西進するという今後の方向性を確立する。

 目的地を決めたとなれば次に気にすべきは出立の時間だ。リオは身に着けているブレスレットを見つめながら今すぐにでも移動したいところだと自分の意見を述べるが、それにノアが待ったをかけた。


「アレット先生はとても優秀な魔導師だ。先生なら君の魔力を抑え込む方法も思いつくかもしれない。一度会ってみて欲しいんだ」

「一応以前もお会いしたかと思いますが……」

「あの時はほら、バタついてたし……しっかり観察するような場じゃなかっただろう。もう一度彼女に会ってみた上で仮に解決策を見つけられなかったとしても、何かしらの助言は望めると思うんだ」


 どうすべきか、とリオがクリスティーナへ視線を向ける。

 確実に解決策を得られるとは限らない状況で、ブレスレットが作用する残り時間の半分を費やしてしまってもいいものか。リオは判断に困っているようだ。


 決定を委ねられたクリスティーナは少し考える。

 確かに時間は惜しい。魔族がリオの魔力を感知できる範囲がわからない以上、少しでも距離を取っておきたいという気持ちも確かにあった。

 だが、有効な手段を得られないまま逃げたとて根本的な解決には至らないだろう。


 大陸に潜む魔族が何体いるのかはわからないが、少なくともベルフェゴールとは別にもう一体、エリアスが遭遇したという魔族がいるのだ。

 仮にベルフェゴールから距離を取ったとして、今度はそちらに感づかれる可能性もある。


 どこかでは解決しなければならない問題。それを先延ばしにしても良いのだろうかという不安もまた、クリスティーナの中には存在した。

 特にここは魔法の知識が詰め込まれたような国。ここで得られるかもしれない情報を手放してまで逃走を優先すべきなのだろうか。


 クリスティーナの答えは否であった。


 寧ろここで得られなかった解決策を移動先で見つけられる可能性は極めて低い。この大陸上でフォルトゥナと並ぶ魔法の知識を保有する国はイニティウム皇国くらいなのだから、この二国を除外した他国で有益な情報が得られるとは考えにくい。

 それを考えれば確実ではなくとも情報を得られる可能性が高い方に賭けるべきだと感じた。


「わかったわ。彼の言う通りにしましょう」

「畏まりました」

「はい」


(……けど、何か重要なことを見落としている気がする)


 主人の決定に護衛達は頷く。

 その様子を横目に収めながらも、クリスティーナは胸の奥で何かがつっかえるような感覚を覚えた。

 リオの腕に括られたブレスレット、放出されている魔力を抑え込む魔導具……。


「なら、出立の時間なんかはまた明日相談しよう。今日は色々あったしね。あとはレミが帰ってきたら休もう」

「……流石にこの部屋に全員はレミ様が迷惑では?」

「リヴィの部屋もあるし、彼は一人部屋だからもう少し広いはずだよ。何なら俺とレミはそっち行くし」

「追い出される部屋の主が不憫すぎるだろ……」


 考え込むクリスティーナの前で繰り広げられる今夜の部屋割りの話題。それを聞き流しているとノアが気遣うような視線を自分へ送っていることにクリスティーナは気付く。


「あのー……クリス、怒ってる?」

「一体何の話?」


 惚けたわけではない。唐突に降り掛かった話題に頭が追い付かなかったのだ。


「や、ほら。移動前に足引っ張っちゃったでしょ。……リオも。ごめんね」


 謝罪の方向性を明示され、漸く彼の言葉の意図を汲み取る。


 クリスティーナは返す言葉に迷い、口籠る。

 彼が動揺したあの場で苛立ちややるせなさ等、不快感を覚えたのは事実だ。しかしそれは彼が自分達の足を引っ張っていたから抱いたものではない。それをどう伝えたものかと悩んでしまう。


 すると彼女が答えるよりも先にリオが首を横に振った。


「俺は気にしていませんよ。俺も少々乱暴を働いてしましたし、こちらこそすみませんでした」

「いいや。それこそ大丈夫だよ」


 返される謝罪にノアは首を振る。

 一方でリオは未だ言葉に悩むクリスティーナの様子を視界に捉えて苦笑した。


「エリアス様、少々席を外しましょう」

「へぇっ? 急に何だよ」


 リオは開け放たれたままだった窓に手を掛けてエリアスへ振り返る。

 エリアスは呼び出された理由がわからず目を丸くしつつも腰を浮かせてその後に続く。


「合流してからというもの、俺を見てはずっと気まずそうにしているじゃないですか。俺やお嬢様が気付かないと思ったんですか」

「いつまでも落ち着きがないと目障りだわ。何とかして来なさい」

「えっ!? 何でバレて……いや、違うんだってこれは」


 本人達は取り繕う努力をしていたようだが、森で合流を果たしてからというものエリアスがリオのことを気に掛けるように見ていたことにクリスティーナとリオは気付いていた。

 行動に支障を来すほどではなさそうであったことや、その時抱えていた問題が問題であっただけにどちらも触れずにいたことだが、ぎくしゃくした雰囲気が長引くことは是非とも避けて欲しい所であった。


「あー、やっぱり分かりやすかったかぁ」

「貴方は上手く隠していたようだったけれど」


 窓から外へ出ていくリオとエリアスを見送り、その窓が閉じたのを確認してからクリスティーナはノアを横目で見る。

 リオに対して気まずさを覚えていたのは何もエリアスだけではない。

 上手く隠していた分リオは気付けなかったようだが、人の心の動きに敏感なクリスティーナはノアもエリアスと同じ様にリオを気に掛けていたことに気付いていた。


 隠しきれていた自信があったのだろう。

 それを指摘されたノアは目を見開いてから肩を竦める。


「……恐れ入ったよ。君には本当に頭が上がらない」


 降参だ、彼はと両手を緩く上げる。


「森で少し妙なものを見たからね……。彼がぎこちなかったのもそのせいだろう。その話が気になるのなら後で話すよ」


 狭い部屋は六人が詰め込まれていた時に比べて部屋は随分と静かになる。

 窓の外からは時折リオとエリアスの声が聞こえてくるが、その内容までは聞き取れない。


 ノアはクリスティーナの正面へ来るよう座り直すと、小さく微笑んだ。

 顔を覗き込むように藍色の瞳を向けているものの、彼が自ら言葉を紡ぐ様子はない。

 恐らくはクリスティーナが言葉に迷っていることを察して待っていてくれているのだろう。


 二人の間に暫く沈黙が訪れる。

 その間少しずつ自分の考えを整理していたクリスティーナはやがてゆっくりと口を開いた。

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