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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第69話 秘められた狂気

 リオの持つ不死身という体質は即死の攻撃を受けた際、意識を取り戻すまでに数秒の時間を要する。

 それに加え、損傷が激しければ激しい程修復には時間が掛かるというデメリットがあった。


 故に一度死んだ彼が戦線復帰するまでには一定の時間を有する。それは常識的に考えれば僅かな期間だが、戦闘時であれば致命的な展開を迎える可能性を秘めた時間だ。

 そのタイムラグを埋める方法。クリスティーナに求められるのはそんな『切り札』だった。


 クリスティーナ自身は前衛に出る程武道の才がある訳ではない。だが、その弱点を補う存在が彼女の傍にはいるのだ。

 主人が危機に晒されれば誰よりも早く駆け付ける従者。彼なら必ず駆け付けると確信させるだけの忠誠を見せ、信頼に値するだけの安心を与える存在。


 クリスティーナを窮地から救い出したリオは額から血を流し、整った顔の大半を赤く濡らしながらも普段と変わらぬ表情を見せた。

 片腕が捻じれたままぶら下がっている様が確認できる辺り、彼の体は完全に修復したわけではなさそうだ。

 しかしその回復力は目まぐるしく、クリスティーナを抱き上げている間にも捻じれた腕が着々と修復されていく。


「遅いわ」

「お待たせしました。しかし、流石の腕前でしたよ」

「機嫌を取る必要はないわ。結果で返しなさい」

「本心なのですが……。仕方ありません、先に仕事を片付けてしまいましょう」


 残念ながら主人を説き伏せるより先にすべきことが残っている。

 リオはクリスティーナを地面へ下ろし、背で庇うように立ちながらベルフェゴールを見据えた。

 同時に、大槌を構え直したベルフェゴールが地面を蹴る。


 彼を押し潰さんと迫る大槌。

 だがそれが目標へ触れるよりも先に彼女の動きが止まった。


 いつの間にか前進し、ベルフェゴールとの距離を詰めていたリオ。

 彼は大槌の持ち手を片手で掴むと、武器が振り下ろされる方向とは反対へと力を込めることで無理矢理その動きを止めてみせた。


 拮抗する力。至近距離で睨み合う赤い瞳。

 リオは歪に口角を上げ、大槌を掴む手へと更に力を込めた。


「……本当に、あなたのことは嫌い」

「奇遇ですね。俺も嫌いですよ」


 歪に上がる口角を目の当たりにし、ベルフェゴールは顔を顰める。

 戦闘そのものを楽しんでいるかのような振る舞い。それでいて何度叩きのめしても立ち上がる不死身という体質。

 彼女は目の前の不気味な存在を嫌悪の対象として捉えていた。


 徐々に罅を刻まれる持ち手。

 そしてそれはある瞬間を以て粉砕される。


 大きな音を伴って落下する槌の頭。

 武器を失ったベルフェゴールは体勢を立て直すべく後退を始めた。


 しかしリオはそれを逃さない。

 彼女以上の速度を以て近づいた彼はその鳩尾へ回し蹴りを食らわせる。


 迫る攻撃に感づいたベルフェゴールはそれを片手で受け止めたが、その勢いまでは殺せない。

 少女の体は後方まで吹き飛ばされた。


「残りのお時間は?」


 それを追いかけようと腰を低く落としながら、リオはノアへと声を掛ける。

 序盤に比べ、更に強くなった転移大結晶の光。それを横目で確認しながらノアは告げる。


「一分だ。行けそうかい?」

「お任せください」


 負傷していた腕も完全に修復した。

 リオは短く言葉を返すと物音を立てる事すらなくその場から去る。


 ベルフェゴールは前衛が叩きのめされた戦場まで吹き飛ばされていた。彼女は地面に足を付き、砂煙を巻き起こしながら自身を吹き飛ばす勢いを殺す。

 そこへ迫る気配。武器を作る余裕はない。

 ベルフェゴールは風の刃と氷の槍を同時に放った。


 床と平行に滑る目測不可能な刃と頭上に浮かぶ加減を知らない数の氷の槍。

 しかしリオは怯まず前進する。それどころか彼は更に移動速度を上げてきた。


 先に襲い掛かるのは風魔法。それは敵の脳髄をぶちまけようと大きな牙を突き立てる。

 瞬間。彼は強く地を蹴り、体を真横に傾けて宙を舞う。

 地面と平行に傾けられた体の下を鋭い刃が通過した。


 更にそれは後衛にまで手を伸ばすが、同時に二人の前へ巨大な水の壁が姿を現す。

 それは瞬く間に氷結し、硬度を増した防壁と化した。


 衝突する刃。それは壁を大きく抉り抜くが、刃の勢いはそこで打ち消される。

 がらがらと音を立てて崩れ落ちる壁。その先には無傷のクリスティーナとノアがいた。


 その気配を背後に感じながらリアは静かに着地する。

 だが彼が片脚を地面につけた直後、そこへ無数の氷の矢が降り注ぐ。

 迫る無数の気配に気付き視線を持ち上げながらも彼はその場の状況を冷静に分析する。


(避けようと思えば全て避けられる。……が、彼女に武器を生成させる時間を作ってしまう)


 ならばと選んだ選択は常人ならば到底不可能なもの。

 リオはナイフを両手で握りしめながら直進した。


 彼はナイフを巧みに扱う。迫る氷はその何本かが砕け散った。

 だが残された槍の数は多い。それは腕や横腹を掠め、貫き、鮮血を散らす。


 それでも彼は止まらない。

 確かに地面を踏み抜いては、更に速度を上げて前進した。


 回避は捨て、致命傷を与える攻撃のみを最低限振り払う。

 本来ならば動きを鈍らせる要因の負傷も激痛も、彼には通用しない。開いた傍から塞がる傷と痛覚を無視するだけの目的が彼の無茶苦茶な前進を可能にさせた。


 手足が貫かれようと、どれだけの激痛に苛まれようとも意識がある限り敵の殲滅に全力を注ぐ。そんな強い意志の下、彼はベルフェゴールの元へ辿り着いた。

 構えられたナイフが鈍い光を反射し、ベルフェゴールは咄嗟に回避行動を取る。念には念を、無事である方の手でナイフの軌道を遮りながら後退る彼女。

 しかしその瞬間、彼女の視界からリオが姿を消した。


「……っ!?」


 刹那、激痛が走った。

 右の横腹を抉る痛み。触れれば刃を以て内臓を巻き込みながら切り裂かれたのだと気付かされる。


 相手の姿が消えたように見えたのはベルフェゴールの右目が潰れているから。

 リオは奪われた視界を利用し、死角へ潜り込んだのだ。

 すぐさま敵の姿を探すベルフェゴール。幸いにも彼の姿はすぐに捉え直すことが出来た。


「動きが鈍くなっていますね。いくら魔族と言えども、度重なる怪我が相手では消耗してしまうものなのでしょうか」


 修復が間に合わない体はエリアスが与えた火傷、オリヴィエによる片腕の機能停止、クリスティーナの剣を受けた右目等、多くの弊害を抱えていた。

 故にベルフェゴールは本調子で戦うことが出来ない。


 それを指摘する声の主。彼女の視界に移った青年は自身の至る所に氷を突き刺したまま、それでも恍惚とした表情で笑っていた。

 自分と相手の血を真っ向から浴びて笑う姿は、彼の内に秘められていた闘争心を惜しみなく表出させる。

 その様はとても正気には思えない。人とは違う感覚を持つ魔族ですらたじろぐ程の空気を彼は放っていた。


「……ここまでの物は初めて見た。あなた、どうしてここに居るの」

「質問の意図がよくわかりません。興味もないです」


 怪訝そうな顔をするベルフェゴールへ再度ナイフを突き立てるリオ。

 しかしそれは地面から突き出した氷の矢に弾き返された。


 更に背後から迫る武器の気配。リオはナイフを前方へ投げつけながら横へ飛び退きそれを躱す。

 その肩口を裂くように氷の槍が通過し、肉が抉られた。

 リオは傷口から噴き出る血を片手で押さえる。


 だが一方で飛び退く瞬間に投げられていた彼のナイフはベルフェゴールの腹部へ突き刺さっていた。

 攻防を繰り返す二人の鋭い視線が交差する。


 その時。


「戻れ!!」


 後方からノアの声が飛ぶ。

 その声に振り返った先、転移大結晶が強い光を放っているのをリオは見る。


 更にノアの足元に浮かぶ複雑な魔法陣もより鮮明に輪郭を描いており、それが放つ光は天井へ向かって真っ直ぐに伸びている。


 恐らくはあの光柱の範囲へ駆け込むことで移動が出来る仕組みなのだろう。

 辛うじて意識があった前衛二人も顔を上げてそれを確認する。


 先までの戦いとは違った緊張が場を満たした。

 防衛戦は終わりを告げ、一行は撤退の為の行動を強いられることになる。

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