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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第64話 迷宮『エシェル』戦

 ありとあらゆる障害物を切り刻み、吹き飛ばして辿り着いた迷宮『エシェル』最下層。

 先の戦いの最後にエリアスに与えられた怪我は魔族の再生能力を以てしても修復に時間が掛かり、未だ切り傷は塞がっていない。

 しかしベルフェゴールにとってはそんなものは些細な問題でしかない。


 巨大な扉を無理矢理け破って中へ入り込んだ彼女はすぐさま標的を見つけて大鎌を構えた。

 何より優先すべきなのは生まれたばかりの若葉が葉を茂らせる前に摘むこと。


「……見つけた」


 狙うは少女の首一つ。他は邪魔になれば薙ぎ払うだけ。

 そう思っていたベルフェゴールはしかし、眩い光を放つ転移大結晶に気付いて小さく息を呑んだ。

 今まさに自分から逃れようと目論む存在。


「……邪魔」


 転移大結晶へ触れているのは見覚えのある白ローブの魔導師。どこまでも小賢しく邪魔をするその存在にベルフェゴールは奥歯を噛んだ。


 ――刹那。

 彼女の目先を刃が通過した。

 咄嗟に体を逸らしたベルフェゴール。彼女の前髪がはらはらと宙を舞う。


 体を逸らしながらも襲撃者の姿を捉えようと視線を彷徨わせる彼女は、その目にリオの姿を捉える。

 黒い髪に赤い瞳。それは視認した次の瞬間には背後へ回り込む。


 背中へ突き立てられるナイフ。しかしそれが届くことは叶わない。

 ベルフェゴールは迫る殺意にいち早く気付き、握っていた大鎌を後ろ手に持ち替える。敵へ視線一つくれてやることなく巧みに操られた武器はリオの突き出した腕を掻っ攫って行った。


 鮮血をまき散らして弾かれる片腕。

 更に反撃をしようと身を捻ったベルフェゴールはそれを見て僅かに目を見開く。


 飛び散る血飛沫の中、歪に釣り上げられた口角。

 瞳孔の開いた赤い瞳は血液よりも鮮やかだ。

 なりふり構わず獲物を狩ろうとする獣。そんな表現があまりにも似合う形相にベルフェゴールは久しく覚えることのなかった悪寒を感じた。


「……やっぱりわたし、人形ドールって嫌い」


 リオは無事だった片手からナイフを放り投げ、代わりに切断された腕をしっかりと掴む。

 無理矢理伸ばしたリーチで狙うのは勿論目の前の少女。彼は片腕を落とされたことに一切動じることなく、自身の腕すらも己の武器として扱う。

 腕を振り下ろす。ベルフェゴールの後退は間に合わず、彼女の肩口をナイフが切り裂いた。


 更に宙を舞っていたナイフを蹴り上げるリオ。

 彼の足は器用に持ち手部分のみに触れ、軌道を変えることに成功した。

 地面へ自由落下するだけだったはずのナイフは更なる速度で回転し、ベルフェゴールの体へその身を埋めようと迫りくる。


 ベルフェゴールは鎌でそれを弾き返した。

 金属がぶつかる甲高い音。彼のナイフはリオの遥か後方へ向かって弧を描き、地面に突き刺さった。

 それは到底回収へ向かえる距離ではない。背を向けた瞬間切り込まれることだろう。


 武器が一つ減った。しかしリオは相も変わらず歪な微笑を湛えていた。

 ベルフェゴールは無詠唱で氷の槍を頭上から放つ。彼は切断された腕を固定しながらそれを後退して避けた。

 地面を削る凄まじい音。一秒前まで彼がいた場所が蜂の巣へと姿を変える。


 全てを避け切ったリオとベルフェゴールの間には土煙が巻き起こる。

 切断面を合わせていた腕が安定することを確認しながら、返り血の付着する薄い唇が言葉を紡いだ。


「ありがとうございます」


 かと思えば、瞬きする程の間だけを持って彼の手の中に三本目のナイフが現れる。


 再び繋がった腕が握りしめる新たな武器。

 それに目を見張ったベルフェゴールだったが、その武器の正体をすぐに理解する。

 それは金属でできたナイフではない。氷で形成された武器だ。


 後衛からの支援だろう。

 しかし問題なのは武器を作られた事よりもその速度にあった。


 氷が生成され、ナイフの形状へ変化するまでの過程がほとんど存在しないように感じた。

 無詠唱で魔法の発動に殆どのタイムラグが存在しない魔族に匹敵する――もしかしたらそれを上回るかもしれない速度の魔法。

 それはただの無詠唱魔法ではない何かだ。


 では何か。そんなベルフェゴールの疑問はすぐに解消されることとなる。

 突如、ベルフェゴールを囲むように無数の水滴が浮かび上がる。

 しかし彼女がそれを水滴だと認識した直後、それらは視認できる速度を凌駕して氷の針となりベルフェゴールの体を貫いた。


 ――無から有を生み出すより、一から二を生み出す方が効率的。


 それは消費魔力にも言えることだが、魔法の発動時間に於いても言える事であった。

 一人が水魔法で武器の素を生成し、もう一人がほぼ同時に氷魔法を行使する。それによって魔法発動のタイムラグはほぼ皆無まで持って行くことが出来る。


 針一本一本の殺傷能力は低い。魔族の再生能力をもってすればすぐに傷は埋まってしまうだろう。

 しかし痛覚によって鈍る動きは明確な隙となる。


 動きを止めるベルフェゴール。それを狙ったリオはナイフを心臓目掛けて突き立てる。

 しかし彼女はすんでのところでその刃を片手で受け止める。

 胸元を掠める位置で動きを止めるナイフ。それを押し込もうとするリオと抵抗するベルフェゴールの力は拮抗していた。


 しかし純粋な力の押し合いへ持ち込んだという事は互いに自由に動き回ることは出来ない。

 そう判断したリオはもう一方のナイフを首元目掛けて突き立てる。しかしそれが喉笛を描き切る直前、鈍い音が響いた。


 今度はリオの動きが止まる。

 目を見開いた彼は視線だけを自身の胴体へ注ぐ。


 彼の目が捉えたのは太く頑丈な氷の大刀だった。それが自分の胴体ど真ん中を突き破っている。


 自分の置かれた状況を認識すると同時にごぽりと口から血を溢れさせ、リオは倒れ伏す。

 その後も自身に突き刺さっている刃を素手で掴み、突き刺さった刀を体から引き抜く彼だったがそこで致死量に達したのだろう。鈍い音を立てて大刀が床へ転がると同時に、リオ自身も力尽きて動かなくなる。


 だがベルフェゴールが彼の絶命を確認するよりも先。魔法の行使に一瞬の注意が逸れたその隙に彼女の背へ触れる手があった。


「”跪け”」


 短い命令。その声の主を確認しようと体を捻ったと同時にベルフェゴールは強大な力に押さえつけるようにその場へ座り込んだ。

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