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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第59話 周章狼狽

「うわあああっ!」


 迫る球体を見て真っ先に動いたのはエリアスだった。顔を青くさせた彼は咄嗟に近くにいたクリスティーナを肩に担いで踵を返す。


「わぁ! あれ、初めて見たよ! 実際に見るとすごい迫力だ……あ、待って、息が」


 危機が迫っているというのに興奮気味でそれを見ていたノアも逃走を試みるものの、元よりない体力と先の戦闘の消耗によってすぐさま息を乱してしまう。

 リオはろくに走ることすらできない彼の回収に向かう。


「はしゃぐのは逃げてからにしていただけますか?」

「はは、面目ない」


 リオは相変わらず微笑みを湛えているものの、その表情は普段の数割増しは圧が強い。

 ノアの首の根っこを掴み、ついでにスイッチの前で佇んでいたオリヴィエの首根っこも捕えた彼は問題児二人を引きずるように全力疾走をした。


「そもそも何故あんなにもわかりやすい罠に触ったんですか」

「そこにスイッチがあったら押すだろ?」

「目に入ったもの全て触りたがる子供ですか? 馬鹿なんですか?」


 何を言っているんだと目を丸くするオリヴィエに対し、思わず日頃の遠回しな言い方を忘れてしまったリオが直接的な罵倒を吐く。


「誰が馬鹿だ!」

「いや、リヴィは馬鹿だよ」

「もう十分理解しました」


 普段穏やかな物言い且つ悪態とは縁がなさそうなノアですら言葉を選ばない評価。

 緊迫した状況とはどこかちぐはぐなやり取りが後方では繰り広げられている。

 しかし言葉の応酬をしながらではあるものの、なんとか球体と一定の距離を保つことには成功しているようだ。


 一方で死線を潜り抜けて来たばかりとは思えない体力で先頭を駆けるエリアスは声を荒げる。


「だぁあ!! こういう時に限って脇道がねぇ!!」


 クリスティーナは前方を見やる。彼の言う通り、確かに道は真っ直ぐ先へしか繋がっていないように見えた。


 彼に担がれた姿勢のままクリスティーナは打開策を考える。

 このようなトラップは脇道にそれることが鉄則ではあるが、それが叶いそうにはない。


 更に自分達が進んできた道は途中まで上り坂だった。

 という事は帰りは下り坂。つまりそこへ差し掛かった時点で球体の速度は増すはずである。

 現時点で一定の距離を保つのがやっとである場合、下り坂まで差し掛かった時点で球体には追い付かれてしまうはずである。


「使えそうな仕掛けはないの?」

「仕掛け? うーんちょっと待ってくれよ」


 後方へ聞こえるように声を張るクリスティーナ。

 その声は無事に本人へ届いたらしく、同じく大きめな声量で返事が返ってくる。


「……あ! 次に見える左の鎧の照明! それに触れることが出来れば避けられるかも!」

「鎧……」


 クリスティーナは体を捻って前方を見やる。

 丁度、進行方向から迫る古ぼけた鎧が視界に映った。


(あれね)


「何とかなりそう?」

「いや、足を止めてから動くまでの時間を考えると止まるのは無理かなって感じです」

「そう」


 自分を抱えているエリアスに問いかけると、首が横に振られる。

 クリスティーナはそれに小さく頷くと迫る鎧を一瞥した。


「なら、私が何とかするわ。貴方はそのまま走って頂戴」

「了解です」


 道の脇に飾られた鎧。それが視界から外れることのないようしっかりと注視しながらクリスティーナは機会を見計らう。

 一方でノアはオリヴィエにも何やら指示を出しているようだった。


 エリアスは指示通り一切足を緩めることなく突き進み、二人は鎧の横を通過する。

 それが自分達の真横へとやってきた瞬間。クリスティーナは左隣の照明を睨みつけた。


(――今)


「アイス・スピア」


 短い詠唱が彼女の薄い唇から紡がれる。

 それを合図に照明周辺を取り囲んだのは五つの氷の槍だ。それは件の照明へ降り注いだ。

 次々と容赦なく体当たりしては砕けて消える氷槍。


 直後、クリスティーナが感じたのは浮遊感だ。

 数秒程時が停まったのかと錯覚する。しかしすぐさま始まった自由落下によってその誤認は正された。


 エリアスの足場が突如として消え、二人は穴の奥底へと落ちていく。


「おあああああっ!?」


 予想外の事態に頭が真っ白になり、声一つ出せないクリスティーナ。一方でエリアスは二人分の声量で悲鳴を上げた。

 情けなく悲鳴を上げながらも騎士としての役目を放棄するつもりはないようで、彼の腕はしっかりとクリスティーナを抱き留めていた。


 幸いにも底が見えないほど深いわけではなさそうで、下からは明かりが迫ってきている。

 しかしこのまま落下を許せば無事で済まない高さであることは変わらない。


「……ぁああああああっ!?」


 焦るクリスティーナの思考を阻害したのはエリアスとは別の情けない悲鳴。頭上から降り注ぐそれはクリスティーナ達の脇を凄まじい勢いで通過する。

 自由落下とは別の力を伴ってやってきたオリヴィエは二人の横をすり抜ける瞬間に手を伸ばし、何とか接触を果たしてから誰よりも早く地下へと吸い込まれていった。


 それを見送って間もなく、エリアスとクリスティーナの体は落下速度を落としてふわふわと宙を漂うようになる。

 ゆっくりと足場へ降りていくのを確認してから頭上を見れば清々しい程に笑顔のリオと顔を引き攣らせているノアが同じく宙に浮いている姿が確認できた。


「――人を投げる奴があるかぁ!!」


 足元から聞こえるのは悲痛さの滲んだ叫び。

 どうやらオリヴィエも無事のようだと、クリスティーナは冷静に彼の生存を把握する。

 良く通る彼の声は誰にも拾われることはなかった。

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