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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第58話 迷宮『エシェル』

 辺り一面を木々と濃霧が占める中、それは訪問者を待ち構えていた。

 頂上は霧に呑まれ、その全貌を確認することは出来ないものの、相当な高さを誇るであろう塔。石材を中心に造り上げられた外観は朽ちているものの、その建物は当時の厳かな趣をどこか残している。

 正面には重苦しい空気を醸し出す大きな鉄の扉。それは複雑な文字のような、はたまた装飾のような細かい模様が刻まれており、中央には複雑な円形上の図式が浮かび上がっている。


「迷宮『エシェル』。ミロワールの森に位置する迷宮だ」


 無事に着地した一行はノアが先導する形で迷宮『エシェル』の入口へ歩を進める。


「迷宮と呼ばれる建造物は総じて数多のトラップや魔物の発生によって危険視されることが多く、そのリスクは最奥へ進めば進むほど高くなると言われている」

「最下層、もしくは最上層が一番厄介ってことだよな」

「そう」


 エリアスの問いにノアが頷く。

 迷宮の攻略は娯楽を目的とした書物にも度々登場することから、迷宮の基本知識は一般人も周知する程有名な話となっていた。


 彼らの会話を静かに聞いていたクリスティーナは、最も危険な階層へ向かわなければならないことに対し、それしか手立てがないとはいえ僅かな躊躇いを抱く。


 普段通り振る舞っているものの、エリアスやノアの疲労は限界であるはずだ。それに加えて難度も未知数である迷宮の最下層を目指すという選択は果たしてどれだけのリスクが付いて回るのだろう。


 そもそも無事に迷宮を踏破することが出来るのだろうかとクリスティーナが疑念を抱いていると、ノアと目が合った。

 どうやら彼は僅かな表情の変化からクリスティーナの考えを悟ったらしい。


「迷宮は多くの命を奪う危険な建物という印象が強いだろうけど、エシェルに関してだけ言うのであれば、そこまで危険視する必要はないよ」


 どういうことかと問いかける視線に答えるように彼は片目を瞑る。


「忘れたかい? この国は世界中でも有数の魔法に特化した国だ。危険且つ知識の宝庫である迷宮を魔法のプロが放っておくわけがないだろう」

「既に魔導師の方々の手によって調査が進んでいるということですね」

「そういうこと。エシェルで発見された価値あるものは殆どが国家魔導師によって回収された後である上に、長期の調査を経て最下層までの最短ルートと攻略法が確立されている」


 ノアが逃走経路に迷宮を選んだのはリスクを考慮した上のことであったのだとクリスティーナは納得する。

 その隣でオリヴィエは重労働を終えたとでも言うように肩を回しながら目を細める。


「エシェルの調査報告なんかはいくつか文献として残されているが……。それに目を通すだけでは飽き足らず、詳細まで頭に叩き込んでいる奴なんてあいつくらいだろうけどな」

「つまり、彼はエシェルの構造を全て把握しているという事?」

「流石にそこまでじゃあない。精々最適ルートに加えていくつかの道筋くらいだ」


 オリヴィエの言葉を否定しないノアの様子にクリスティーナは目を剥く。

 迷宮はどれも例外なく入り組み、複雑な構造を取っていることで有名だ。それに加えて数々のトラップなどが設置されている迷宮の仕組みを網羅することは簡単なことではない。

 それは例え詳細を纏めた書物があったとしても変わらないだろう。一度、二度目を通しただけで頭に入るようなものではないはずだ。


「こと魔法に於いて、あいつ以上の変態はそういない」


 何とも辛辣な物言いだったが、今回はオリヴィエの言葉を肯定することしかできない。

 けれど彼が本当にエシェルの最下層までの道筋を把握しているというのであれば心強いことこの上ない。


「興味あることに対する物覚えだけはいいんだよねぇ。欲を言えばもっと魔法の才も欲しかったところではあるけれど」


 変態呼ばわりされたことに対し失礼な、と拗ねたふりをしながらノアは迷宮の入口へ立つ。

 そして両開きの扉の前で振り返り、一行の顔色を窺った。

 その場の誰もが、心の準備は出来ているという強い意思を瞳に携えていた。


 それらに頷きを一つだけ返して、ノアは迷宮の扉に手を伸ばす。

 その指先が扉と触れた瞬間、扉の中央に浮かんでいた図式が青い光を伴う。それは図式を中心に扉の外側へ向かって広がりを見せ、刻まれていた模様を辿って扉全体を包み込む。


 扉全体が淡い光を発すると同時、鈍く重い音と共に入口が開いた。

 最後まで開ききる鉄扉。それを合図に一斉に灯るのは道の両脇に等間隔に並ぶ灯達だ。


「行こうか」


 物怖じしない、堂々とした姿で振り返るノア。その瞳には好奇心すら浮かんでいる。

 最下層までの道順が頭に入っているというのは嘘ではないのだろう。そう思わせる程の自信が彼からは見て取れた。


「ええ」


 本当に心強いものだとクリスティーナは思う。

 彼に従って移動をすれば難なく目的地へ辿り着けそうだ。

 ノアに続いて迷宮へ足を踏み入れるクリスティーナはそう思っていた。


 ……この時までは確かにそう思っていたのだ。



***



「うわぁ、クリス見てみて!!」


 迷宮を進むこと十五分、ノアの興奮した声にクリスティーナはげんなりとしていた。

 子供のように目を輝かせた魔導師は道中で見かけた古臭い石碑に貼りついている。


「うーん、古代語はまだ少ししか齧ってないんだよね。解読は難しいか……あ! これって魔法陣じゃない? こんな型見たことないよ。解析は進んでるのかなぁ。学校に戻ったらもう一回文献漁ってみたいな」


 早口で捲し立て乍ら遺跡の周りを忙しなく歩き回る様は初めて大道芸を目にした子供のようである。

 まだ十五分程度しか経っていないというのに、既に幾度となく繰り返された光景はクリスティーナとリオ、エリアスを呆れさせるには十分な理由だった。


「貴方――」

「ん? なんだこれ」


 異を唱えようとしたクリスティーナの言葉を遮ったのは後方にいたオリヴィエの声だ。

 三人がそれに振り返れば、オリヴィエのきょとんとした顔が窺える。


 しかし問題なのはそこではない。

 壁に埋め込まれた明らかなスイッチ。

 押してくださいと言わんばかりに不自然に設置されていたそれはすっぽりと壁に埋まっている。

 そして今まさにそれを押しましたと周囲へ教え込むように、そこにはオリヴィエの人差し指が添えられていたのだ。


「ちょ、お……えぇ……?」


 魔導師共の暴走に何か口を挟もうとしつつも何から触れればいいのやら脳内処理の追いつかない騎士。結局彼は間の抜けた声を漏らして呆けるに留まった。


 しかし騎士のお咎めは止められても作動した迷宮のトラップまでは止められない。

 一瞬の間が空いた後、地響きと共に迷宮内が揺れ始める。

 同時に発生した轟音はあっという間にクリスティーナ達と距離を詰め、その発生源を知らしめる。


 巨大な球体だ。背の高い天井と左右の壁を埋める程の大きさの球体が凄まじい速度で一行へ向かってきていた。


(あれって実在するのね)


 収拾がつかない状況と、それに便乗するようにやってきたいかにも古典的なトラップ。

 それを目の当たりにし、やや自暴自棄になったクリスティーナが抱いたのはそんな他人事な感想であった。

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