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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第56話 空を飛ぶ魔法

 声を荒げたオリヴィエは羞恥に耐え切れず膝を抱えてその場にしゃがみ込んでしまい、それを目の当たりにした他の四人はどうしたものかと互いに顔を見合わせる。

 一行を取り巻く空気は完全に緩み切ってしまった。


「り、リヴィ、拗ねないでくれよ。クリスも別に悪気があったわけじゃないんだ」

「半笑いしている奴の言葉に耳を傾けると思ったのか」


 ほぼ初対面の相手が拗ねている状況にどんな声を掛けるのが正解なのかわからず黙って見つめることしかできないクリスティーナ達。

 ならばとノアがクリスティーナのフォローも兼ねて慰めの言葉を掛けたのだが、それは容易く一蹴されてしまう。

 本人が深刻に考えていることに対し耐え切れない笑いを滲ませていたのだから当然の結果である。


 結果としてオリヴィエを纏う空気が更にどんよりとしたものになった為、クリスティーナ達三人はどうしてくれるんだと咎めるような視線をノアへ向ける。


「いや、彼が見栄っ張りな性格なのは知っていたけれど、まさかそこまで拗らせてたとは思わなかったのさ」

「お前は気楽でいいな、背が高いからな」

「はいはい、悪かったって。機嫌を直してくれよ」


 ノアは魔力枯渇の影響か覚束ない足取りでオリヴィエへ近づくと、その手を取って引っ張り上げる。

 渋々立ち上がったオリヴィエは未だ不服そうな顔をしつつもそれ以上文句を垂れることはなかった。


「私の発言が気に障ったのなら謝るわ」

「別に。貶める意図がなかったのはわかったからそれでいい」

「そう」


 言葉ではクリスティーナの非礼を許すオリヴィエ。しかし彼の目はクリスティーナから逸らされており、視線が交わることは一向にない。

 やはり気を悪くしているのかと気には掛かるが、本人がもういいと話す以上掘り下げる話題でもないだろう。


 クリスティーナは話題を変えることを目的とし、また礼儀として自身も名乗ることにした。


「私はクリス。こっちはリオ。そっちは……」

「もう聞いた」

「そう」


 エリアスの名もついでにと思ったクリスティーナだったが、どうやら既に把握しているらしいオリヴィエの言葉を聞いて頷くに留めた。


「詳しい話は知らないけれど、うちの者を送り届けてくれたことには感謝するわ」

「知人の尻拭いのついでだから気にしなくていい。……僕も事情は聴きたいところだけどな」

「勿論。ただ、それよりも先に移動した方がいいだろう」


 ノアが後方へ視線を向ける。彼が警戒しているのはベルフェゴールの接近だろう。

 リオやエリアスが反応しない以上近くに敵の存在はなさそうだが、その状況もいつまで続くかはわからない。


「そうね。問題はどこへ向かうべきかというところだけれど……」


 クリスティーナ達が向かっていたのは森の奥深く。一方で街へ戻る為の進路の途中にはベルフェゴールと遭遇した地点がある。引き返せば彼女と鉢合わせになる可能性があった。


「彼女の居場所なら魔力探知で探れている。動き方を見るに、彼女は俺達を完全に見失ったようだ」


 ノアの言葉をきっかけにクリスティーナは思い出す。ベルフェゴールの接近にいち早く気付いたのは彼であった。

 例えば『魔族の膨大な魔力が突如として消えた』などといった情報であれば魔力制御で自身の魔力量を秘匿した上で接近している可能性も危惧しなければならないが、魔力探知に引っ掛かっている状態が続いているのであればその心配はなさそうだ。


「ただしいつ感づかれるかもわからない以上、安全の確保もしくは彼女を撃退する為の確実な手段を得なければならない。そして俺はこのうち前者であれば策を講じることが出来そうだ。それでも構わないかい?」

「勿論」


 クリスティーナは即座に頷く。

 魔族の戦闘能力が凄まじいことは既に経験済みである上、エリアスやノアは既に満身創痍だ。

 無理に危険要素の排除へ動かずともやり過ごせる選択があるのであればそちらに頼りたいというのが彼女の希望であった。


「うん、良かった。なら早速移動しよう」


 ノアは笑顔でオリヴィエの肩を叩く。


「頼んだよ、リヴィ」

「……は?」


 一方で肩を叩かれた本人は嫌な予感がする、と言わんばかりに眼鏡の奥で顔を顰めた。




「くそ……っ、いくら何でも人使いが荒すぎるだろう!!」


 滑空しながらオリヴィエは大きな声を上げた。

 彼の首にノア、右腕にエリアスがそれぞれしがみ付いており、更に彼の左腕はクリスティーナを抱きかかえたリオに触れている。


 四人を同時に運搬しているオリヴィエは肩を震わせて不満を爆発させた。


「魔力枯渇で僕を殺す気か!?」

「だからクリスの魔晶石を渡しているんだろう?」


 首に腕を回したまま、ノアがオリヴィエの右手を指し示す。

 そこには魔力制御の訓練で生成された魔晶石がいくつも握られていた。彼の手のひらからは極稀に破裂音を伴って霧散する魔晶石の姿も目視できる。


 移動前、クリスティーナはノアの指示を受け、自身の所持していた魔晶石をいくつかオリヴィエへ預けた。

 ノア曰く、彼は『特殊な魔法』の使い手らしく、自身や触れた者を空中移動させることが出来るらしい。

 彼と初めて出会った時にエリアスは風魔法の一種かと疑問を漏らしていたが、僅かな機関とは言え魔法学院へ通っていたクリスティーナは彼の使う魔法が風魔法ではないことを察していた。


 風魔法の中にも物や生物を浮かせる類のものは確かにある。しかしそれはどちらかと言えばものを吹き飛ばすというニュアンスが強い。

 風魔法で空中移動をしようとすれば下方向からの風と追い風という二方向の風を相当な威力で発生させなければならないはずだ。しかし現在のクリスティーナ達は移動による向かい風こそ感じられるものの下方向からの風や追い風は感じることが出来ない。


 それは即ち、オリヴィエが行使しているのは風以外のものを用いた魔法であるという事に他ならない。

 六属性のどれにも当てはまらない魔法。故にノアは『特殊』と告げたのだろう。


 そしてクリスティーナは『特殊な魔法』に当たるものに心当たりがあった。

 あくまで創作や言い伝えとして半信半疑でしか認識してこなかった存在ではあるが、もし仮にそれが実在するのであれば彼が扱う魔法を説明することもできるだろう。


(……まあ、彼が使う魔法が何であるかは大した問題ではないわね)


 個人的に興味があることは否定しないが、今はそれについて掘り下げるよりも重大な問題が待ち構えている。

 現時点ではオリヴィエが味方であり、彼が自分達の為に手助けをしてくれる存在であることだけわかっていればよいだろう。


「とはいえここまでの人数を一度に運ぶのは初めてだろう? 体に負担がかかるのであればすぐ教えて欲しい」

「それについては今のところ問題なさそうだ。それよりも今のうちにお前達の話を聞いておきたい」

「事の経緯だね、わかったよ。と言っても俺から話せることってあんまりないんだけど」


 少しの時間も惜しい現状、可能な限り時間を有効に使いたいものだ。

 目的地の方角を指示しながらノアはオリヴィエに一連の流れを話し始めた。

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