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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第55話 黄橡髪の青年

 空色の瞳と黄緑の瞳が見つめ合う。

 しかしそれも一瞬のことで、オリヴィエは視線を地面へ落とすと軽やかに着地をした。


「……重ッ」

「ぐふっ」

「へぶっ」


 そして着地と同時に脇に抱えていた二人の体を容赦なく手放すオリヴィエ。

 突然支えを失ったことでうつ伏せに地面へ突っ込むこととなったエリアスとノアが情けなく悲鳴を上げた。


「うげ、口に入った」

「ちょっと、リヴィ! 魔法を解くのはきちんと降ろしてからにしてくれっていつも言ってるじゃないか!」

「助けてやったんだ。文句を言われる筋合いはないだろう」


 砂を食べてしまったらしいエリアスと砂塗れになった顔を勢いよく持ち上げるノア。

 オリヴィエは彼らの声を聴き流して眼鏡を押し上げた。


 面識のない青年の正体やベルフェゴールの行方。クリスティーナには気になることや聞きたいことが多くあった。

 しかし今何よりも気に掛ったのは――。


 クリスティーナは地面に這いつくばる二人の前へ駆け寄り、彼らの顔を覗き込んだ。


「怪我は?」

「見ての通り、無傷ってわけではないですね」


 切り傷や打撲を受け、疲労困憊に陥った体。自分と同じような状態であるノアを横目で見つめながらエリアスが答えた。

 受け答えがしっかりと出来ている分、致命的な傷は負っていなさそうであるという事はクリスティーナにも推測できる。しかし彼らの顔色は良いとは言い難いものであった。


 エリアスの言葉に一先ず息を吐くクリスティーナであったが、彼女はノアの顔やローブに血が付着していることに目敏く気付く。


「貴方、血が」

「ああ、少しばかり無茶をしたからね。落ち着いてきたし心配には及ばないよ」


 指摘され、ノアが鼻元を袖で拭う。

 彼の言う通り、確かに出血が続いている様子はない。


「リオにどうこう言える立場じゃないと思うわ」

「仰る通りですね」

「あはは、直々に体を張って魔力枯渇の危険性を教えてあげたのさ」


 冗談を交えて開き直ったような態度を取る魔導師にクリスティーナとリオは冷ややかな視線を浴びせる。

 無言の圧力に参ったと両手を上げつつ、彼は穏やかに笑う。


「まあ、確かに寿命は多少削れたかもしれないけど……。今は体調も安定している。だからそんな顔をしないでくれ」

「不快だわ。まるで私が貴方達の身を案じているかのような物言いね」

「君はまるでそうではないかのような物言いをするんだね」


 クリスティーナはこちらの心中を悟っているかのような物言いに眉を寄せる。

 冷たい態度を取って否定しようが、相手の態度は変わらない。今回の言葉の応酬に関して、自分には分が悪いと悟ったクリスティーナは彼から顔を背けることで会話を無理矢理切り上げた。


 彼女の様子にはノアだけでなくリオやエリアスもやれやれと肩を竦める。


「合流早々で悪いけれど、現状の確認をしたいわ。……それと、彼についても」


 クリスティーナはオリヴィエを一瞥する。

 彼は自身へ投げかけられる視線に横目で答えて見せるものの、すぐにクリスティーナから目を逸らしてしまう。


「オリヴィエ・ヴィレット。そっちの腰抜け魔導師の知り合い」

「俺の元同級生であり、親友だよ」


 素っ気ない自己紹介に付け足されるのはあまりにも前向きな解釈が施された補足だ。本人は機嫌の良さそうなノアとは反対に心底怪訝そうな顔をしている。


「元ということは、今は違うのですね」

「休学しているからな」

「なるほど」


 リオとオリヴィエの会話に耳を傾けながらも、クリスティーナは既視感を覚えていた。

 黄橡の髪、空を飛ぶ魔法。それらを見たのは初めてじゃない。

 彼女の脳裏にはいつぞやの夜に出会った仮面の青年が過るが、一方で目の前にいる彼と記憶の中の青年とでは異なる部分も存在する。

 一つは仮面の有無。そしてもう一つは――。


「……身長」

「は?」

「あっ」


 思わず漏れた言葉に、オリヴィエの顔が不機嫌そうに歪む。

 そしていち早く何かに気付いたノアが短く声を上げる。

 しかし何が問題だったのかクリスティーナにはよくわからない。小首を傾げているとノアがクリスティーナへ手招きをした。


 何事かと顔を傾ければ、耳元で囁かれる。


「駄目だよクリス。リヴィは身長が低いのを気にしてるんだ。まあ低いのは事実なんだけど……」

「聞こえているからな」

「わぁ! ごめんなさい!」


 黄緑の瞳が冷たく光り、コソコソと話していたノアを見下ろした。

 その視線から逃れるように顔を逸らすノアを眺めつつ、クリスティーナはため息を吐く。


 確かにオリヴィエは小柄だ。女性の中で平均程度の身長であるクリスティーナと並んでも彼の方が数センチ高い程度だろう。

 しかし彼女が気になったのは厳密に言えばそこではない。


「貴方と似た人と会ったことがある気がしたから。でも彼はもっと背が高かったから他人の空似かと思ったのよ」

「あ、そう。オレも思ったんですよね」


 手を打って口を挟んだのはエリアス。彼の話ではクリスティーナが仮面の青年と遭遇した際に近くで様子を窺っていたということであったから、きっと彼自身も同じ人物とオリヴィエを重ねているのだろう。

 別人か、身内か。どちらにせよ大した問題ではないと一人で結論付けたクリスティーナはしかし、首をギリギリまで背けるオリヴィエの反応に口を閉ざしてしまった。


 彼の肩は小刻みに震え、口は目一杯に引き結ばれている。

 何度も忙しなく眼鏡を押し上げる彼はこれでもかという程冷や汗を掻いていた。


「リヴィ、もしかして君……」


 更に同情の眼差しで友を見つめるノアの言葉が引き金となり、オリヴィエは勢いよく振り向いた。


「そうだよ! どうせインソールだよ! ヒールだよ!! 悪いかッ!!」


 コンプレックスを刺激されて喚き散らす彼に、仮面の貴公子としての面影はない。

 しかし羞恥に顔を顰めて顔を赤らめるその姿は件の青年と彼が同一人物であるという事を示唆していた。

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