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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第54話 悪女のプライドと覚悟

 霧が充満した森の中、リオは主人を抱き上げたまま駆け抜ける。

 彼の脚力で移動すること十分程度。

 目まぐるしく過ぎ去る景色からは凡その移動距離すら推測できないが、それでもエリアス達と随分離れてしまったことだけはクリスティーナにも察せられた。


「……追ってくる気配はありませんね」


 クリスティーナを優しく地面へ降ろしながらリオは呟く。

 その声につられるようにクリスティーナも振り返るが、霧に阻害された視界では遠くの景色を見る事すらままならない。


「リオ」

「ああ、お手数おかけしました」


 クリスティーナは腕に抱えていた従者の首を両手で掲げてやる。

 手元の首はそれに礼を告げ、分離していた体は頭が乗せやすいようにとその場で屈んでみせた。

 グロテスクな首の断面に頭を乗せれば、本人の両手が慣れた手つきでそれを固定する。


 そして首を一周するようについていた傷は短時間の内に姿を完全に消した。

 両手で押さえずとも頭が落下しないことを確認してから、リオは息を吐く。


「すみません。反応が遅れたせいで不覚を取りました」


 何を謝られているのかと瞬きを繰り返すクリスティーナ。

 やがて初手で首を斬り落とされたことについての言葉であることに気付いたクリスティーナは怪訝そうな顔付きになった。


「あれは私を庇った結果だったと思うのだけれど」

「しかし、もう少し早く対応が出来ていれば撤退以外の選択が取れたかもしれません」


 クリスティーナは反応すらできなかったのだ。あの場で咄嗟に体が動いただけでも十分仕事を熟したと評価されるべきなのだが。


 彼の戦闘能力は非常に優れている。しかし首がある状態とない状態で発揮できる能力に差が生じるのは仕方のないことだ。

 頭を失い、尚且つそれを回収して体勢を整える余裕もなかった彼は全力を出せないリスクを考えて撤退を選んだ。あの場で撤退を即決した裏にはそういう事情があったのだろうことは彼の発言から窺える。


「首があってもそうせざる得なかった可能性も十分にあるでしょう。もしもの話を一々広げられても聞かされるこちらが気疲れするわ」

「……だとしても、貴女はあの場に留まりたかった。そうでしょう?」


 出来る限り平常心を保ちつつ責任の所在はないのだと伝える。

 しかしリオは痛い所を衝いてきた。彼の指摘は事実であり、クリスティーナが今まさに気にしていることであったのだ。


「仕方ないわ。今の私があの場に残っても足を引っ張るのは事実だもの」

「クリスティーナ様」

「同情も慰めも必要ないわ。私が一番わかっているから」


 嗜めるように名を呼ぶ従者の言葉をクリスティーナは制した。

 リオとエリアスの至る領域が常人ではありえないものであることは重々理解している。故に彼らが持つものと同等の能力を得たいなどと思うつもりはない。

 彼らのように奇襲に気付くことも反応することもクリスティーナにはできない。

 しかし、ならばせめて不得手な部分を埋めるだけの何かを見つけなければならない。


 仮に今回全員でこの場を切り抜けることが出来たとしても、今後同じような場面に出くわした時にクリスティーナが変われていなければ、結局のところ結果は同じものになるはずだ。

 護衛の二人に庇われる、もしくは主人の撤退を優先して動く……どちらにせよ、主人の身を守る為に行動が制限されてしまう。


 だが、もしクリスティーナが自分だけしか持ち合わせない能力――例えば、聖女の力を完全に使いこなせるようになったとしたら?

 彼らが主人を逃がさなければならない理由を、戦線に聖女を残す理由で上回ることが出来たなら?


 セシルはクリスティーナが力を得る為に旅に出ろと言った。そしてクリスティーナ自身もこの旅路に於いて戦力の底上げは重要なことだと感じている。これは総合力的な点に於いてもだが、個々の能力に於いてもそうだ。


 唯一無二の存在だから、主人だからと守られ続け、それに甘んじている間は自分が成長することはないだろう。魔族と対抗できる素質を秘めているものがそれではいけない。自分自身も戦に立てるよう、戦場に立っていても彼らの枷となることがないよう成長しなければ。


 それに、この先待ち構えているかもしれない困難を乗り切る戦力が必要な状況で、主人の安否に気を取られなければならない戦い方がいつまでも続くとも思えなかった。


「主人が守られる立場であることも、聖女という立場の貴重さもわかるわ」

 

 彼らが出来る限りクリスティーナの望みを尊重しようと考えてくれていることは理解している。

 しかしそれでも今回のようにそれが叶えられない場合もある。


「でも、ただのお荷物で居続けることは出来ない。だから私は……」


 クリスティーナは真っ直ぐと正面を見つめる。

 明確になった自身の課題を見据えた眼差しには大きな強い意志と僅かに混ざる悔しさが秘められていた。


「私にしかできないことを見つけて強くなりたい」


 まずは聖女の能力について、特に回復魔法以外の能力の詳細を知る必要がある。そしてそれを自在に操れるようになる技術も必要だろう。更には戦闘で咄嗟に応用できるだけの瞬発力と判断力を磨かなければならない。


 一つ熟せるようになればそれ以上の課題が見つかる。

 自分の旅路はどこまでも困難を極めるようだ。しかし手を抜くわけにはいかない。

 他者から指し示される使命やら期待やらの為に自分の望むことを手放してやる気などもう、微塵もないのだ。


 引き結ばれていた口が弧を描く。

 クリスティーナはどこか挑発めいた笑みを浮かべた。


「私は悪女のようだから。自己のちっぽけなプライドを守りたいし、その為に何でもしたいの」


 静かに耳を傾けていたリオは彼女の言葉を聞き遂げてから、やれやれと大袈裟に肩を竦める。


「……そうですね。今でも十分助けられてはいるのですが、強力だと言われている聖女の能力が自在に操れるようになればパーティーのバランスは更に安定するはずです」

「ええ」

「俺も一緒に頑張りますよ。お嬢様ばかりに頼る未来が来ないように」

「貴方は……それ以上は難しいのではないかしら」


 笑顔で自分を指す従者に思わず顔を顰めてしまう。

 ただでさえ人間離れした能力を有している彼は既に極地に達していると言っても過言ではないような気がするのだが。仮にこれ以上があるのだとすれば末恐ろしさすら感じるだろう。


 ええ、と不満げな声を漏らす本人はクリスティーナの言わんとしていることをあまり理解していなさそうである。

 クリスティーナはそんな彼から目を逸らし、もう一度自分達が来た方角を見やる。

 やや緩んだ空気が流れてはいるものの、彼女の心中には未だ大きな不安が居座っていた。


「心配ですか?」

「……いいえ。これ以上職務を放棄されたらたまったものじゃないと思ったまでよ。追いついてくれなければ困るわ」

「そうですか」


 自分の中で渦巻く不安を誤魔化すように嘘を吐いた。

 リオにはバレていただろうが、自分に言い聞かせなければ気持ちが沈んでしまうような気がしたのだ。


「行きましょう。話したいこともあるの」

「了解しました」


 クリスティーナ達は更に森の奥へと向かって歩みを進める。

 どこかのタイミングで後ろから声が掛かることを願って。




「そういえば、お嬢様は良くご自分を悪女だと言いますが」


 移動の最中、迫りくる魔物をナイフで切り裂きながらリオが話す。

 二人の辺りには魔物の死体が数体転がっており、最後の一匹もたった今地面へ倒れ伏した。


「俺は常々、可愛らしいものだなと思っていたのですよ」


 彼の話はまだ途中のようだが、既に嫌な予感――自分が腹を立てる予感しかしない話の流れにクリスティーナは冷ややかな視線を向ける。

 道中何度か魔物の群れと遭遇したが、それらが現れる度にクリスティーナの出る幕もなく一掃され続けていた。


 リオはナイフに付着した血を拭い取りながら笑顔を見せる。


「こう、悪ぶってるけど実際は悪人になり切れないといいますか、実はたまに気にしてしまう部分があったりですとか、そういうところが――あたたたっ」


 直後、クリスティーナは良く回る舌の動きを止めてやろうと彼の右頬を抓った。

 思いの外良く伸びる頬を限界まで引っ張れば情けない声が聞こえた。


 移動を再開してからというものの、この従者の不敬な発言は明らかに増加した。

 しかしそれにはきちんとした意図があることをクリスティーナは察している。

 粗方、何でもない風を装いながらもエリアスやノアの身を案じているクリスティーナが必要以上に不安を抱かないようにという彼なりの気遣いといったところだろう。


 彼の思惑に乗せられるのは癪である一方で、わざわざ無碍にするようなものでもないと感じる。クリスティーナは今回ばかりはそれに乗っかってやることにした。


「思ったのだけれど貴方の仕事に舌はいらないわよね」

「抜いてもくっつきますからね。物騒な発想はよしてくださいよ、俺が痛いだけなので」


 無表情を貫いてはいるものの、クリスティーナの意識は彼に対する怒りとは別の方向へ向いていた。

 抓んだままの頬が案外柔らかいのだ。正直触り心地が良い。

 それに彼の肌は貴族令嬢が嫉妬しそうな程きめが細かく、クリスティーナとしても思わず羨んでしまいそうであった。


「あの、お嬢様?」


 無意識のうちに頬を引っ張る力を込めたり抜いたりしていれば、流石の従者も異変に気付く。

 ハッと我に返ったクリスティーナは必死に言い訳を考える。馬鹿正直に感想を伝えでもした時には少なくとも数ヶ月は同じ話題で揶揄われる未来が見えていた。


 しかしそんな彼女の思考は説得力のある言い訳を見つけるよりも先に遮られる。


 ふわりとどこからともなく吹いた風を受け、クリスティーナは思わず振り返った。

 それと同時に彼女の頭上から影が差す。


 クリスティーナの視界が捉えたのは、空から人が降りて来る瞬間であった。


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