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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第47話 楽々戦勝

 真っ先に動いたのはリオだった。

 袖から滑り出したナイフを両手に握り、その姿は音もなく消える。


 前進した彼の動きに添うような軌道で霧の一部が晴れる。クリスティーナの目でその姿を視認することは叶わなかったが、彼が通過したと思われる位置には次々と魔物が倒れ伏していた。

 六体の魔物が絶命した後、数メートル先でリオは足を止めた。


 一方で彼の猛攻の餌食とならなかった魔物達はクリスティーナ達へ距離を詰める。

 主人を背に庇いながらエリアスは剣を抜いた。

 日頃の騒々しさとは一転し、彼は一言も話すことなく鋭く息を吸った。

 次の瞬間、三体の魔物が霧の先から四人へ向かって飛び掛かる。


 剥き出される牙、振りかざされる爪。それらは一番近くに立っていたエリアスに届くことも許されない。

 彼の体を引き裂こうとした三体の動きは途中でぴたりと止まる。そして僅かな時差が生じた後、それらは無残な切り傷を受けて地面へ転がった。

 牙を剥いた個体は首を斬り落とされ、爪を振りかざした個体はその腕と胴体を同時に切断される。


 一歩も動かずに三体の魔物を倒した彼は、鈍い音を立てて転がり落ちたそれらを横目で一瞥した後に漸く前進した。

 一歩。踏み込んだ先で剣を素早く振り下ろす。霧の先で首がまた一つ落ちた。

 次は左方へ大きく踏み出して剣を振り上げる。また首が落ちる。


 ここまで大きな動きを見せてなかった彼は五体目の魔物の首を落とした直後に漸く走り出した。

 三歩、素早く地面を蹴った後に剣を振り上げて首を落とす。剣の速度を殺さないよう、その軌道に従うように体を捻った彼の脇を魔物の爪が掠めた。


 空振りに終わった魔物はあろうことか彼に背を向けてしまう。

 その大きな隙が見逃されることはなく。片足で地を蹴り上げた彼は魔物の頭上を跳躍し、落下と共に剣を振り落とす。

 胴体が斬り落とされる。


 軽い着地音が響いた。かと思えば彼は一切の硬直もなく駆け出す。

 低い重心を保って走る彼はクリスティーナ達を狙った追加の三体の肉をすれ違いざまに引き裂いた。

 彼は尚、足を止めない。


 進行方向から飛び掛かる魔物の攻撃を地面へ滑り込んで回避した彼は、その体を潜り抜ける瞬間に腹を引き裂く。

 魔物の血を浴びた顔は髪色と遜色ない程に赤く濡れる。


 既に果てた魔物の下から脱した彼は両手をついて後方へ跳ね起き、更に一歩、大きく踏み込んだ。

 踏み込まれた足と同時に左から右へ振るわれる剣。その切っ先に捕らえられた二体の魔物の胴体が上下に切り裂かれて落下した。


 更に気配を感じたのかエリアスは振り返って剣を構える。

 しかし霧に紛れて一体の魔物が姿を現した途端、その体は遥か後方へ吹き飛んだ。

 何事かと瞬きしつつ振り返ったエリアスが見たのは肉が潰れる音と骨が粉砕する音を伴いながら木に激突した二体・・の魔物が転がり落ちる姿。


「すみません、お怪我はありませんか?」


 それに遅れる形でリオが姿を現す。

 力仕事を終えたかのように肩を回す彼の素振りに対し、エリアスが怪訝そうな顔をした。


「すみませんってお前、もしかしてそいつぶん投げたか?」

「はい」

「はいって、お前なぁ……どうなってんだよ」


 襲い掛かってきた魔物は狼と通ずる特徴を持っている種だ。

 いくら少なく見積もっても三十キロはあるだろう体を絶命させる程の威力で投げ捨てる腕力は異常である。

 更にリオの体格は男性の中でも極めて細身と分類される程頼りない。体格と身体能力の乖離にエリアスが目頭を押さえた。


「いや、君も人のこと言えないからね」


 周囲から敵が消えたことを確認してからノアがすかさず口を挟む。

 辺りに散らかった肉塊へ視線を落としていた彼は人の成せる業とは到底思えない戦闘能力に苦笑した。


「とにかく、助かったよ。君達がいなかったら間違いなく魔物の餌になってたところさ」

「俺達は主人に従っただけなので」


 お礼ならクリスティーナへと言うリオの言葉にクリスティーナは眉根を寄せる。

 結局自分は何もしていない上に、ここへやってきたそもそもの理由もノアの為というよりも自分の我儘の為なのだ。

 礼を言おうと自分の方を見たノアより先にクリスティーナは口を開く。


「貴方に腹が立っただけよ」

「……そっか」


 クリスティーナが機嫌を損ねた原因に心当たりはあったのだろう。

 ノアは眉を下げて小さく頷いた。

 互いに口を閉ざしてしまい、気まずさが増すかと思われた空気はエリアスが話題を変えたことによって誤魔化される。


「ってか、いくら霧が濃いからって魔物がこんなに集まってるのは流石におかしくないか」


 彼は一掃した魔物の死骸を改めて見下ろしながらぼやく。


「うん。奥ならまだしもこんな手前でとなると――」


 エリアスに同意して頷いたノアの声が別の声に遮られる。

 その場の全員が遮った声へ視線を向ける。そこにあったのは金髪の親子の幻影だ。


「戻りながら話そうか」


 白熱する親子喧嘩に負けない様に声を張りながらノアが苦笑した。




 一行は街へ向かって足を進める。

 移動を開始してすぐに二つ目のノアの幻影の横を通り過ぎることになる。これはクリスティーナが走っていた時に見たものだったが、ノア曰くシモンを見つける前に現れたものが残っていたのだろうという話だった。


「それにしてもまさか、君達が助けに来てくれるとはなぁ」

「悪かったかしら」

「いやいや、まさか。……ただ、誰も来ないだろうと思っていたものだったから」


 クリスティーナは辺りを見回す。

 ノアと合流する前も後も、結局自分たち以外の増援はなかった。


「そういえば、結局彼らは来なかったのね」

「彼ら……?」

「お嬢様がオーバン様に喧嘩を売ってしまって」

「あっ、だからか!? 帰りにすれ違ってすげー形相で睨まれたんですけど!?」

「喧嘩を売った? 君が?」


 面食らってクリスティーナの顔をノアはまじまじと見る。

 その視線から逃れるようにクリスティーナは目を逸らした。

 それでも彼女を見つめる視線はいつまで経っても開放してくれず。十秒程呆けた後にノアは大きく笑った。


「ふ、はははっ、あはははっ!」

「不快だわ」

「ごめん、想像したら面白くて」


 謝られているのに馬鹿にされている気分である。

 機嫌を損ねたクリスティーナの傍で暫く笑い続けるノア。彼は気が済むまで笑ってから目尻に溜まった涙を指先で掬った。


「ふ……っ、まあでも、元はと言えば俺が君の機嫌を損ねてしまったのが原因なのかな」


 未だ笑いを堪えるのに必死だと言わんばかりに声を震わせているが、何とか言葉を紡ぐ。

 そして一つ咳払いをしてからノアは言った。


「少し、話をしようか」

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