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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第46話 記憶の幻影

 クリスティーナ達は手早く支度を済ませ、森へ足を踏み入れた。

 森は木々のざわめきや自分達の足音しか聞こえない程に静かだ。


 道中、あまりにも酷い幻影に苛まれる人物の移動に手を貸したりと予定していない箇所で時間を使ってしまったり、冒険者ギルドの前を通った時に窓越しから鋭い視線を感じたりはしたがそれ以外は特に問題も発生していない。


「そういえば、今のところ私達の影響を受けた幻影は見ないわね」

「そういう事言うと出るんですよ……ほらぁ!」


 クリスティーナがふとした疑問を口に出したのに対してエリアスが苦く顔を顰めた瞬間、彼の傍に霧が集中した。

 そこに現れたのは十はいっていないだろう赤髪の少年が明らかに年上に見えるローズブロンドの少年を組み伏せて殴りつけている映像。

 赤髪の少年が見せる面影などから、暴力を振るっている方の少年がエリアスだろうことは容易に想像できる。


「随分……荒んでいたのね?」

「違うんです、この時がたまたまやり過ぎただけなんです」


 赤髪の少年は平民らしい質素な服を着ている一方でもう一人の少年は明らかに身なりがいい。

 どういう状況にあれば身分が上の相手を殴るに至るのかクリスティーナには甚だ疑問だったが、エリアスが先へ進むことを促した為それ以上の追究をする機会は失われた。


「話したら出るってのはまあ冗談なんですけど」

「冗談だったんですね」


 あまりにもタイミング良く現れた幻影を思い出してリオが苦笑する。

 エリアス自身も困ったように肩を竦めた。


「人が多いとこだと、より根強く残ってる人の記憶が出るみたいな傾向はあるみたいですね。つまり霧が一定の範囲内で同時に出せる幻影には限りがあるって感じで」

「街の様子は明らかに尋常ではなかったものね」


 凄惨な一場面が至る所に広がったフロンティエールの状態をクリスティーナは思い出す。

 あの場で引き出された幻影は、フロンティエールの住人の中でも特に過去の出来事に囚われていた者達の記憶なのだろう。


 つまり逆に言えば、引き出される記憶に対してクリスティーナ達よりも強い感情を抱いている者が多かった為に幻影を見る機会もなかったという訳だ。


一方で森の中は人気がない。この先は自分達に関連した幻影が現れる可能性も十分にある。


「あと、幻影の出る回数って関係ないので。例えばさっきのオレの奴とかが移動先で出てきたりってことも全然あります」

「そう」


 エリアスの説明を聞きながら道を進んでいると再び霧が幻影を成す。

 次に現れたのはどうやらクリスティーナの記憶のようだった。


 喪服に身を包んだ父、兄、姉、そして自分。誰もが現在よりも若い姿で立っている。

 四人が囲むのは棺。中に眠った母の亡骸である。


 母にしがみ付いて泣きじゃくる自分とアリシア。両手を握りしめて俯く父、静かに目を伏せる兄。


 母の死を悼む家族達の姿を映した映像は、三十秒程流れた後にふと乱れる。

 ゆらゆらと揺らぎは激しくなり、一瞬全てが消えた。

しかしすぐに周囲の霧が形を取り戻し、一から映像が流れ始める。


「繰り返されるのね」

「そうですね、本人が離れてしばらくすれば消えますけど……」


 なんだか居心地悪そうにそわそわとする騎士はクリスティーナの顔色を窺う。

 しかしクリスティーナ自身はミロワールの霧について聞かされた時から自身に関与した幻影が現れるならこの記憶だろうと粗方予測していたし、母の死から人生の半分以上が経過した今となっては心の傷も殆ど残っていない。

 別れという最後の瞬間の印象が強く残っていることで霧に影響を受けたのだろう。


「街でこれを見なかったでしょう。そういう事よ」

「自分は平気だから気にするな、だそうです」


 無駄な翻訳を施す従者を睨みつけた時。

 突如轟音が森の空気を揺るがした。


 何事かと顔を上げるが周囲の霧が濃く、先がどうなっているのかまでは把握できない。

 クリスティーナはリオとエリアスへ視線を与えてから先を急いだ。


「気配が複数在ります。人か魔物かまではまだわかりませんが」


 クリスティーナと並走しながらリオが言う。

 反対側ではエリアスが柄に手を握って臨戦態勢に入っている。


「先に行きましょうか」


 提案するリオの前方で霧が凝縮される。

 そこに映された幻影を視界に捉えながらも、クリスティーナは彼に指示を出す。


「行って」

「畏まりました」


 短い返事を最後にリオの姿が消える。

 霧のせいではない。彼の人並外れた身体能力のせいだ。


 クリスティーナは現れた幻影の横を通り抜ける。

 金髪の親子の姿。その二人の特徴にノアと通ずるものがあったことから、彼が近くにいるのだと判断したのだ。


「ノア!」


 少年の父親らしき人物が声を荒げる。


「魔導師になるなんて馬鹿なことを言うな!」

「俺は本気だ。剣士にはならない」

「お前……お前っ! ヴィルパンの名に泥を塗るつもりか! 何の為にここまで育てたと……!!」


 父親は怒鳴り散らし、少年もまた静かに怒りを含んでいる。

 幻影との距離が開くことによって彼らのやり取りを鮮明に聞き取ることは出来なくなっていく。


「俺の人生はあんたの物じゃない! あんたの言いなりになることが嫡男の役目だっていうなら……こんなとこ、今すぐ出てってやる」

「ノア!!」


 一際大きな声を最後に幻影が発する音は聞こえなくなる。聞き取れる距離ではなくなってしまったからだろう。

 そちらに気を削がれながらもクリスティーナは先を急ぐ。


 暫し足を動かした先、霧の中で揺らぐ人影があった。



***



 目の前で繰り広げられた一瞬の出来事にノアは呆気にとられていた。


「お怪我は?」

「あ……ああ。お陰様で。無傷さ」


 声を掛けられたことによって漸く我に返ったノアは礼を述べる。

 背負っていたシモンを下ろしてやり、念の為怪我の有無も確認をする。彼が首を横に振ったのを見てから、ノアは漸く胸を撫で下ろした。


「はあぁぁぁ……助かった……」


 緊張と恐怖から来ていた手の震えも落ち着き始めている。

 安堵と、それとは別の複雑な感情に気付いたノアは静かに手を握りしめた。


 その時、二つの足音が霧の先からやってきた。

 すぐにその持ち主――クリスティーナとエリアスが姿を現す。


「死体を見ることにならなくてよかったわ」


 合流後、開口一番に吐かれた言葉があまりにも通常運転であったのでノアは笑わずにいられなかった。


 しかし、そのささやかな休息と交流もままならず。

 リオとエリアスが同時に同じ方角へ視線を移し、無言で臨戦態勢を取る。


「追加来ます」

「十数……いやもうちょいいるな。大体二十か」

「にじゅ……」

「大丈夫よ」


 遅れてクリスティーナやノアもこちらへ近づく無数の足音を耳にする。

 ノアが顔を強張らせる隣でクリスティーナは顔色一つ変えずに二人の護衛の背中を見つめた。


「勿論、叩いた大口に見合うだけの働きはしてくれるのよね」


 半ば挑発めいた主人の問いかけに対して笑う気配が二つ零れる。


「勿論」

「お任せください」


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