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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第44話 騎士の覚悟と迷い子捜索

 部屋に入ることもせず床に額を擦り付けるエリアスの姿にクリスティーナはこめかみを押さえながら息を吐いた。

 一方で過去最高に気まずさを感じる空気を作り上げた元凶は、殴られた後頭部を擦りながら間に立って様子を窺っている。


「せめて入ってくれないかしら。誰かが来たら悪目立ちするわ」

「はいぃ……」


 入室したエリアスの代わりに戸を閉めるリオを一瞥してから再び彼へ視線を戻す。

 エリアスはそわそわとしながら視線をあちこちに彷徨わせる。


「そ、その、わざとじゃないんです。戻ったら何か入り辛い感じだったんで様子見てただけで……」

「……別にいいわ」


 自分のいないところで自分の話をしていれば誰だってその場には入り辛いものだ。エリアスの気持ちはわかる。

 クリスティーナの中で問題だったのは自己の未熟さが予期せぬ形でエリアスに伝わってしまったことだった。


 ルイーズに強く当たったことで彼は少なからずクリスティーナへ不満を持っているはず。その上更に、その言動が八つ当たりだと知ったとなれば彼の反感を買うのも致し方のないことである。

 しかし今回抱いている我儘を押し通す為に、何よりも今後の旅路の為に、彼に不満を与え続けるのはよろしくない。


 どう声を掛けるべきかとクリスティーナが悩んでいると、エリアスがおずおずと口を開いた。


「……あの」

「何かしら」


 こういう場で穏やかな声一つ出せただけで関係を取り持つことも容易になったかもしれない。しかしそんな機転がすぐに利かせられるのであれば、そもそも社交界で上手くやっていけていたはずだ。

 相変わらずな無心を貫くような冷たい声にエリアスは顔を強張らせつつ言う。


「えっと、前も言ったと思うんですけど、オレの仕事って剣を振るって主人を守ることなんですよね」

「ええ」


 彼が言わんとしていることを先に察することはクリスティーナに出来ず。

 代わりに彼に話しの先を促した。


「これはオレの考えなんですけど、護衛ってのは主人の行動の選択肢を増やすための手段でもあるんじゃないかなーって、思ってます」

「選択肢?」


 聞き返す声に彼は頷く。


「これはクリスティーナ様に限らずですけど。護衛を必要とするってことは命を狙われる危険が多少なりともあるって事じゃないですか。つまり護衛がいない状態ではリスクが大きすぎて自分の思うまま動くことが出来ない」


 上手く伝わっているだろうかと若干の不安を滲ませ、言葉を探すように目を泳がせながら騎士は続けた。


「これって言いかえれば、護衛がいることで偉い人は行動の範囲を広げることが出来るってことだと思うんです」

「なるほど」


 クリスティーナは頷く。護衛が行動の選択を広げる為の手段だという彼の考えが理解できたからだ。


「護衛がいるせいで望んだ行動がとれないなら護衛がいる意味ないよなーってのがまあ、オレの考えというか」


 腰に携えた剣を鞘の上から撫でながら、エリアスは目を伏せる。


「剣を握るってことは何かを傷つけるってことです。守るってのは命を懸けるってことです。そしてこの二つは剣を取った時に覚悟を決めてます」


 騎士としての己の在り方を語る彼は一つ息を吐く。

 そして真剣な顔つきから少しだけ頬を緩めて肩を竦めた。


「流石に無鉄砲に溶岩へ突っ込もうとする、みたいな無謀な動きをされたら止めますけど。多少仕事が増える分には想定内です。……というか」


 エリアスは親指を立て、自身の背中を示す。


「……オレって本当ならとっくに死んでますからね」


 以前負った致命傷を思い出してか少し苦く笑うが、彼はすぐに胸を張ってクリスティーナを見据えた。


「生き返る為に必要なのが無茶苦茶な仕事を熟すことだって言うなら、喜んで務めを果たします。そういう事なので、オレのこともあんま気にしなくて大丈夫です」


 強がりや気遣いではない。その場しのぎの嘘でもない。

 真っ直ぐ主人を見る目がそう伝えていた。


「主人を守るのが仕事ってのは、主人が何を選ぼうが守るってことなので」

「……そう」


 緊張が吐いた息と共に抜けていく。

 静かに見守っていた従者へ一瞬だけ視線を向ければ、満足そうな微笑みを返される。


 ――らしくない。

確かに彼の言う通りだった。長い間、自分の思うままに生きてきたというのに、今更何を躊躇っていたのか。


 自分は聖女などと言う器ではない。己の望みを呑み込んでまで他者を重んじるなど、本当にらしくない。

 我を貫き、事を成す。社交界で悪女と罵られたことすらある人間だ。

 そんな自分が聖女になってしまったからと不慣れにも他者を気遣ったとて、そこから生まれるのは聖女の皮を被った歪な何かだ。聖女になるなど到底不可能な話。


 自身の手が届く範囲にいる、自分にとってメリットのある存在だけを手中に収める。それがクリスティーナの本来の行動指針であり、クリスティーナの望みだ。


 自分は聖女にはなれない。

 けれどそんな自分についていくと彼らが言うのであれば、その言葉に責任を持って貰うまでのことだ。


「支度をして頂戴。出掛けるわ」


 短い返事が二つ返ってきた。



***



 不気味なほど静まり返った森。

 足を踏み入れたノアは辺りを見回しながらシモンの姿を探していた。


「おーい、シモン。いたら返事をしてくれ」


 視線を巡らせてはいるものの、濃霧の中ではあまり意味を成さない。

 視覚よりも聴覚に頼らなければならない状況はこの森にいる誰もが同じだろう。

 つまり近くに魔物がいた場合、声掛けというのは自分の居場所を知らせて襲ってくださいと言っているようなものに変わる。


 街からは徒歩十五分程度の圏内。まだまだ森の浅い場所にいると言えるだろう。

 とはいえ、この霧が魔物に与える影響はどの程度のものかがわからない。魔物に遭遇する可能性がないとも言えない。

 冷や汗が滲むのを感じながらも、ノアは周囲の音へ耳を傾ける。


(近くに何かいる気配はしないな)


 聴覚に集中するように目を閉ざしていた彼の頭にふと、ルイーズの姿が過った。

 次に思い出すのは彼女に掛けた自分の言葉。

 それらを振り払うように首を横に振り、目を開ける。


 しかし脳裏には未だその光景が張り付いている。


「あーあ。我ながらやんなっちゃうなぁ」


 呟きと共に自嘲する。


 彼がルイーズの望みに気付き、それを引き受けるに至ったのは純粋な親切心やシモンを心から心配する気持ちのみによるものではない。

 その気持ちも嘘ではないが、彼もまた、自身の胸の奥に打算的な考えが潜んでいることを理解していた。


 その時、視界の端で突如霧が揺らぐ。

 人か、魔物か。ノアは握っていた杖をそちらへ向けたが何かが近づいてくる様子はない。

 代わりに動いたのは霧自身。それは不自然に集合して何かを形成したかと思えば、二つの人影を作り上げた。

 良い身なりをした男性と少年。髪の色や瞳の色といった特徴が同一であることから、親子であることは誰が見ても想像が出来る。

 二人は互いに睨み合い、険悪な雰囲気を醸し出していた。


「……知ってたよ」


 自身の記憶が霧に影響を与えるのならばこれだろう。そう予想していたものがそっくりそのまま現れたことに苦笑してしまう。

 ノアはそれからすぐに目を離すと速足でその場を立ち去った。




「シモン、いる?」


 移動した先でも声を掛けるノア。

 先の幻を避けるように移動を図ったが、その足が森の深くまで向かうことは決してない。

 奥深くまで突き進めば魔物の群れと遭遇する可能性がある。そうした時、自分の能力では対処に骨が折れることだろう。

彼が先へ進まないのは自身の技量を理解している為だった。

 故に比較的街から近い距離を隈なく探してゆく。


 魔物の気配や自身が今向いている方角に注意しながら、ノアは道を外れて茂みを歩いていく。

 その時、何かが足に当たって地面を転がった。


「ん?」


 ノアはその場にしゃがみ、それをへ視線を送る。

 そして息を呑んだ。


 ……靴だ。それも子供のものが片方のみ落ちていた。

 靴の状態からして、落としてからそう時間は経っていない。ノアはこれがシモンの物であるという確信、そして近くにいるのではないかという予想と望みを抱いた。


 それを拾い上げてノアは立ち上がる。


「シモン! いるかい?」


 より一層の注意を払いながらノアは辺りを歩き回る。

 そして数分程度近くを探し回っていた時。すすり泣く声が聞こえた。


「シモン……!」


 声の聞こえた方向へ。ノアは速足で突き進んだ。

 声が近づく先、やがて見えたのは大きく歪な怪物だった。


 古ぼけて罅の入ったポット。それが胴体だと言うように浮遊する怪物は蓋の代わりに人の首を乗せる。

半分を男性、もう半分を女性と左右を器用に分担した怪物の顔の真ん中には二つの顔を継いで剥いだ跡として、額から顎にかけて大きな縫い目が走っていた。


 一瞬呆気にとられるが、ノアはすぐに冷静さを取り戻す。

 あのような姿をした魔物は存在しない。ということはこれは幻覚であり、こちらへ直接的な危害を加えることもないのだ。


 落ち着きを取り戻したノアはその怪物から隠れるようにして木の陰に身を潜めるシモンの姿を見つけた。

 彼は膝を抱えて小さく震えながら静かに泣いている。


「シモン!」

「……っ! ノア!」


 ノアは駆け寄り、シモンの頭を抱き寄せてやる。


「はぁぁ……よかったぁ」


 安堵の息が漏れ、脱力する。

 胸の中で泣きじゃくるシモンの頭を撫でてやりながらも、ノアの視線は例の怪物へ注がれた。


 子供の認識は時に、常識と帳尻が合わないことがある。

 見間違い、妄想、夢などから実在し得ない存在が本当にいたと誤認し、記憶してしまうことも少なくはない。

 この怪物も、街で溢れているゴーストなどの異形も、恐らくは子供が築いた空想の産物だろう。


(……いや、にしても怖すぎでしょ)


 本能的に嫌悪を抱かされるそれは幻覚だとわかっていても中々に恐ろしい。

 顔を引き攣らせつつ、ノアはそれから目を逸らした。


「ほら、靴も拾っといたから。早く帰ろう」

「……ん」


 落ち着いてきたらしいシモンは未だに震えているが、小さく頷いて言われた通り靴を履く。

 その姿を見守りながらノアは街へ戻るまでの道順をしっかり思い起こす。


(まず右を向いて真っ直ぐ進んで道を出て……)


 しかし彼の思考は近くで揺れた茂みの音によって遮られた。

 ノアは弾かれたように視線を音のする方へ向ける。

 草を踏みしめる音。近づく足音。

 霧に紛れて姿を現したそれにノアは乾いた笑いを漏らす。


「……そっから動かないでね」


 シモンを背中に庇いながら彼は杖を構える。

 彼らの前には眼光を鋭く光らせた獣が二体立っていた。


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