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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第43話 苛立ちの正体

 クリスティーナは彼の言葉を深く、胸の内で噛みしめる。


 皇太子暗殺未遂の時、改めて彼の忠義の深さを理解したとそう考えていたのだが。


 言葉というものは不思議なものである。

 相手の気持ちを信じていても、言葉として聞くだけで更なる安心と信頼を与える。人がコミュニケーションを必要とする理由にも納得がいく。


 勿論言葉を巧みに使って利用する悪しき考えや、言葉の強さに無心で縋りつく弱みに繋がることもあるのだが。


「まあ、今はどちらかと言えば俺が足を引っ張っている感じですけど」

「否定はしないわ」

「そこはフォローしてくれる場所ではないんですか?」


 突然普段通りの、緊張感のないへらへらとした笑みを浮かべるリオ。

 彼の言葉に半ば冗談で返事をしてからクリスティーナは深呼吸を一つ落とした。

 気が緩まないように注意しつつ、部屋の戸を見る。


「貴方は良くても、彼は不満を抱くでしょう」

「リンドバーグ卿ですね。……まあさっきので随分と反感は買ったかもしれませんが」

「……貴方こそ主人に対する気遣いはないのかしら」


 先のリオと同じような不満を口にする。

 主人の主張に彼は肩を竦めた。


「不満はあるかもしれませんが、彼は立派な騎士ですよ。私情だけでお嬢様の意見に反発することはないでしょう。あるとすれば、まあ……割と筋の通った主張かなと」

「それはつまり、私の我儘には耳を傾けないということよね」

「否定はできませんが」


 結局駄目じゃないかと睨みつけると、リオは誤魔化すように乾いた笑いを上げて目を泳がせた。


「ただ、彼は恐らく俺達の中で一番情に厚い人物です。公私のメリハリがついている方なので、自身の感情論を無理矢理正当化させて振りかざすことはしませんが、思うことはあるはずです。例えばノア様への心配だとか」

「利害が一致していれば話に乗ってくれる可能性はあると言うことね」

「はい」


 リオの言わんとすることを要約すれば、肯定の為の頷きが返された。

 彼は顎に手を当てて悩む素振りを見せてから、何故だか呆れるように苦笑する。


「まあ早い話、彼の今の主人はお嬢様なので貴女の命令は絶対ですし、最悪押し通すこともできなくはないと思いますが……それはしたくないんでしょう?」

「騎士も従者も、物ではないでしょう。命ある存在に対し、無責任に危険ばかりを押し付ける人間にはなりたくないもの」

「本人に言って差し上げればいいのに……。本当にそういうところですよ」


 何をどう言えばいいというのだろう。


 これは自身よりも身分を下とする人間に囲まれて生きてきたクリスティーナの『人の上に立つのならば相応の心掛けをしなければならない』という信条のようなものなのだ。何もリオやエリアスに対し親しみを持っているから必要以上の情けを掛けているというような慈愛に満ちた話ではない。


 クリスティーナの旅路に就くのが彼らでなかったとしても同じ考えで動いたことだろう。


「先の女性に対しては、ノア様に対する不満も混ざっていたかもしれませんが、オーバン様に対する態度は違いますよね?」


 クリスティーナは視線を落とした。

 図星だったからだ。


「俺やリンドバーグ卿に守られている立場で、聖女という重大な役目も背負っている。だから少しでも護衛の負担になる行動を自らとることが出来ない。けれどオーバン様を焚きつければもしかしたら自分の代わりに動いてくれるかもしれない……そんなところでしょう」


 最早彼の言葉を認める為のため息しか出ない。ご明察である。

オーバン含め、フロンティエールの冒険者達は慎重派だ。しかし彼らには彼らの信条があり、自身の職に誇りがあるはず。それに、彼らが薄情な性格出でないことは以前の飲み会騒ぎで嫌という程知った。


 しかし自身の命はというのは何よりも代えがたい。彼らは仕事や人情、自身の命の間の優先順位を明確にしているに過ぎない。無鉄砲よりずっとまともな考えだ。普段のクリスティーナであれば気にも留めなかっただろう。


 それでもあれ程までに嫌味な言い方をしたのは、オーバンや他の冒険者達が街の為に動く可能性を少しでも高めたかったからである。

 ノアの後を追って森まで行く、まではいかずとも街の安全を確保する為の誘導など。この状況の改善の為に動いてくれる可能性に掛けたのだ。


「……結局私も同じなのよね」


 自嘲し、小さくぼやく。

 ルイーズに浴びせたはずの感情的な言葉は自分自身へ突き刺さっていた。


「貴方の言っていたこと、認めるわ」


 冷静になって考えればわかることだ。自分は客観的な視点からルイーズの言動を非難した訳ではないのだろう。

 自身の未熟さ故に感情的になり、さも自分は正しいのだと言わんばかりに正論を振り翳す。


 直後に彼女と同じ言動を取っておきながら。

 その双方に羞恥と居た堪れなさを覚える。そして同時に自身が未熟者であることをクリスティーナは痛感した。


「私は彼のことを買っている。だから……そうね。きっと、彼の愚かさに多少の報いが欲しいと思ったのだわ」


 たかだか二週間で、自分は思ったよりも彼に肩入れしてしまうようになっていたらしい。


「赤の他人より知人に寄り添うことは当たり前だと思いますよ。今回の件は確かに、お嬢様が感情的になってしまわれた部分もありますが……。それを素直に反省出来る点はお嬢様の美点だと思います」


 自身の至らなさに気落ちしてため息を吐く主人を慰めるように声が掛けられる。


 しかしクリスティーナの心は罪悪と羞恥による自己嫌悪から、なかなか晴れることはなさそうだ。

 あまり表に出ないはずのクリスティーナの感情を、相も変わらず簡単に汲み取ったリオが明るい口調で話題を戻す。


「とにかく俺が言いたいのは、クリスティーナ様の突飛な行動は今更ですし、気にしなくてもいいのではという事です」


 最初の一言は余計だが、彼が気を遣ってくれていることも分かる為、後ろ向きな言葉で余計な口を挟まないようにする。


「むしろ公爵家の血筋というしがらみに囚われていた分、もう少し伸び伸びと思うままに動いてもいいのでは? と思いますよ。俺は」


 端正な顔が笑みを湛えてクリスティーナを覗き込む。

 クリスティーナはそれから目を逸らした。

 エリアスの考えを聞いていない以上手放しに頷くことは出来ない。しかし彼の思いは胸のうちに留めておこうと思った。


「と、いうことで」


 話に区切りがついたからか、リオはその場から徐に立ち上がる。

 そして部屋の出入り口までやってくると、そのままドアノブを捻って戸を開け放った。


「貴方のご意見をお伺いしたいのですが。そろそろ入ってきてはいかがですか、リンドバーグ卿」


 開け放たれた戸の前にいたのは、つい先ほどまで盗み聞きしていましたと言わんばかりの姿勢でしゃがみ込んでいるエリアスだ。

 まさか気付かれているとは思っていなかったのか、ぎょっとした顔のまま彼は固まっている。


 一方でクリスティーナとしてもこの展開は非常に予想外の出来事であり、目を剥くことしかできない。


 目が合いつつも、無言で時を刻み続けることしかできない主人と騎士。

 その間に立って一人、予定通りだと満面の笑みを浮かべる従者。


 暫し気まずい空気が流れた後、身動ぎと共に徐に動き出したのはクリスティーナだった。

 一連の真剣な議題の過程を経てすっかり解かれていた彼女の握り拳は再び作り直され、それは数秒の後にリオの後頭部を殴りつけたのであった。

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