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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第38話 確かな進展

 フォルトゥナへ滞在してから二週間が経過した頃。

 進展のない日々に終わりを告げたのはいつも通り宿の前で合流した直後、目を丸くしたノアの一言だった。


「リオ、君……もしかして魔力制御を覚えたかい?」


 魔力の変化に気が付けないクリスティーナとエリアスはそこで漸く、どうやら彼の身に変化があったようだということを知った。

 しかし当の本人は複雑そうな顔で首を傾げた。


「どう、なんでしょう」

「どうって君、その反応は思い当たることがある時のものだろう」


 リオは指摘されても尚腑に落ちないようで何かを考えている。


「魔力の動きを認識することは出来たように思ったのですが」

「ですが?」

「魔力が循環している回路が二つある様に感じて」


 続きを促す声に従ったリオの返答にノアは瞬きを繰り返す。


 未だ魔力の全体の動きを認識することすらできていないクリスティーナやエリアスには彼の言葉を聞いただけでは問題があるのかどうかは判別がつかない。しかしノアの面食らった様子を見れば予想外の展開だということは何となく察することが出来る。


「それってつまり、循環する魔力が途中で分岐したり合流したり……みたいな動き方をしてるってこと?」

「そうですね。俺にはそう感じます」

「……ちょっと待ってね」


 一言断りを入れると、ノアは腕を組んでぶつぶつと何やら独り言を呟き始める。

 その顔つきは真剣そのもので、時折指先で組んだ腕をトントンと叩いたり、顎に手を当てたりとその動きは少々忙しない。


「ううん……。結論から言うと、そういった事例は聞いたことがないな。俺の知識不足だったら申し訳ないんだけど」

「そうですか」


「今考えられるのは、君が魔力の動きをまだ漠然としか認識できておらず誤認が発生してしまっている可能性かな。誤認したまま魔力の循環を停止しようとしたから、正確に認識していた分の魔力しか魔力制御が作用していない、という感じ」


「つまり、もう少し鍛錬が必要ということですね」

「俺の予想だとそう。……けど、確信を持てないのが申し訳ないな。俺の方でも調べておくよ」

「ありがとうございます」


 話し込んでしまったことによってやや緊張した空気が漂っていることを感じたからだろう。

 ノアは表情を切り替えて明るく笑う。


「で、もし俺の予想が正しかったとしたらリオはまだまだ未熟だってことになる。抑えられている魔力は多く見積もっても三パーセント程度だ」

「……それは、殆ど機能してないも等しいのでは」

「そうとも言えるね。だから君の魔力の変化に俺も自信が持てなかったのさ」


 まだまだ先は長そうだと息を吐くリオ。その肩をノアが叩いた。


「いやいや、二週間でこれだけの進歩を見せるのは凄いことだよ。……訓練後に試していたのは頂けないけどね」

「感覚を忘れる前にと思ってのことだったので」


 リオは申し訳ないと苦笑するが、元よりきつく咎めるつもりもなかったらしいノアは仕方ないな、と一言で済ますに留めたようだ。


「さて、今日も頑張っていきましょーか」


 ノアの道草にもすっかり慣れてしまい、何だったら目的地まで指導者を置いて先に向かいながらクリスティーナ達は今日も訓練に励む。




 気を散らさせないようにという気遣いなのだろうか。エリアスとノアが声を潜めて談笑している中でクリスティーナとリオは今日も訓練に勤しむ。

 最初に比べれば自身の魔力の流れもわかるようになってきた。


 きっかけは初めて聖女の能力を使用した時のことを意識したことだ。


(あの時感じた、温もりが内側から手の先へ走る感覚)


 当時はほぼ無意識であった上、その後の忙しなさから気にすることもなかったが、あれこそが魔力の流れを明瞭に認識するということなのではないだろうか。


 そんな一つの見解を基に当時を思い出し、可能な限りその時の感覚をイメージする。

 結果、二週間で八割程度まで魔力の流れを認知できるようになったクリスティーナの読みは正しかったと言えるだろう。


 更に鮮明な記憶の再現さえできれば魔力の流れの完全な認識を可能とする日も近いのではないか。

 そんな期待を抱きながら、クリスティーナは訓練に励んでいた。


 目標が着実に近づいていることを自覚しているからか、ここ最近のクリスティーナの集中力は今まで以上に凄まじいものであった。


 魔晶石の材料を握りしめ、目を閉じる。

 集中しろと言い聞かせるように数度深い呼吸を繰り返した後、クリスティーナは息を止めた。


 石から自身の体温以上の仄かな暖かさを感じる。けれどこれは石自身が発しているわけではない。クリスティーナが注いでいる魔力によるものだ。


 普段氷魔法を使う時の感覚では駄目だ。あれは慣れ親しんだ魔法ではあるがもっと意識せず自然に生み出せるものでなければ。

 『あの時』感じた体の中心を巡るエネルギーの存在。それが決まった回路を辿って放出される感覚。


 意識を潜り込ませれば潜り込ませる程、感じる熱は明確に、温かさを増してクリスティーナの意識を迎え入れる。

 『暖かさ』に限界まで集中したクリスティーナが最初に認識したのはぼんやりと曖昧な回路の輪郭。不明瞭だが確かにエネルギーが全体を流れて指先から溢れているのだと認識が出来るもの。


 その解像度はゆっくり、ゆっくりと鮮明さを増していく。

 ぼやけた輪郭と一刹那の後に見せる完全な魔力の回路。ちかちかと明滅するように不明瞭な姿と明瞭な姿が意識の中で何度も移り変わる。

 そんな現象を繰り返していく内、徐々に明瞭な回路の輪郭を認識する頻度は高まり、やがて――。

 

(見えた――!)


 突如視界が晴れたかのように鮮明に感じ取った魔力の流れ。

 それは二度と不明瞭さを齎すことはなく、体を巡る温かさを明確に伝えてくれる。


 同時に、両肩を強く掴まれる気配があった。

 ハッと我に返ったクリスティーナは目を開けて、驚いた拍子に息を吸い込む。

 そこで漸く自分が息を止めたままであったことに気付いた。


「クリス様!」


 突然入り込んだ空気が喉を刺激し、思わず咳き込む。

 顔を覗き込んだリオはクリスティーナが我に返ったことを確認すると安堵するように息を吐いた。

 彼と同じく傍まで駆け寄ってきたらしいノアやエリアスにも動揺の色が見られる。


「君、息してなかっただろ。全く、とんでもない子だな」

「……ごめんなさい、集中していたものだから」

「集中してたって……君ねえ」


 困ったような、はたまた呆れたような顔でため息を吐いたノアは小言の一つでも言ってやろうと何か言いかけたが、クリスティーナの顔を見ると結局その言葉を呑み込んだ。

 何かに気付いた彼は目を丸くして瞬きをした後、またため息を吐くが、その口は緩やかに弧を描いている。


「少し休もう。ほら、座って」


 促されるがまま、クリスティーナは腰を下ろす。

 同じく腰を下ろしたノアはリオやエリアスも同様に座り込んだのを確認してからクリスティーナの顔を覗き込む。


「それで、何か掴めたんだろう? そういう顔をしてる」

「……顔」


 確かに感じる達成感と自信。それを表に出したつもりはなかったのだが、どうやら彼はクリスティーナの表情から何かを感じ取ったようだ。

 顔に出てたのか、と問うようにリオを見ればノアの言葉を肯定するように微笑みながら頷いた。


「とてもご機嫌がよさそうです」


 エリアスだけは二人の言葉に首を傾げている為あからさまに態度に出ていたとまではいかなさそうだが、それにしても自身の思っていることが他者に漏れているというのはむず痒い気分だ。

 若干の居心地の悪さを感じて視線を泳がせると、手元の魔晶石が視界に入る。


 先の経験を思い出し、自身の魔力の流れを探る。

 すると全体を行き交うエネルギーの存在をしっかりと認識することが出来た。魔力の流れを認知する感覚は確かに身についたらしい。


「全体の魔力の流れ、多分わかったわ」

「おっ」

「流石です」


 驚いた声を上げたエリアスや賞賛するリオの傍で、既に察しがついていたらしいノアは満足そうに頷いている。


「うんうん、君ならもしかしたらって思ってたけど。やっぱり早かったね」


 長期滞在にリスクが生じることや自身が足を引っ張る可能性がある以上、どうにも焦る気持ちが拭えないでいたが、どうやらクリスティーナは通常よりも早期の習得を成し遂げたらしい。


 今朝聞かされたリオの変化に刺激を受けたのもあるだろう。

 リオが先に魔力制御をものにすれば、フォルトゥナの長期滞在の理由はクリスティーナの都合のみになる。


 だでさえ聖女の護衛という二人だけでは荷が重い責務を背負っているのにも関わらず、その護衛対象が居場所を漏らし続ける状況且つ主人の都合のみで移動が出来ないという状況は彼らに更なる負担を強いることになっただろう。


 自身が守られるべき存在であることを自覚しているからこそ不必要に負担を増やす要因になりたくはないし、守られる立場に甘んじたくもない。そういった一種のプライドがクリスティーナの中にはあった。


 故に彼女が懸念していた状況を回避できそうだということに安堵しつつも、自身に課された課題を早く完遂させたいという欲もある。


 何よりそこに至るまでの過程は地味なものだったが求めていた結果を得られたという手ごたえは確かな物であり、同時に得られた達成感もその努力に見合うものだった。それに対してクリスティーナは悪くない感情を抱いていた。


 クリスティーナの表情を観察していたノアは大袈裟に肩を竦める。


「どうやら君は早く先に進みたいようだ。けれど正直な話、魔力の動きさえ把握してしまえば魔力制御に至るまでの過程はこれまでに比べて随分簡単な物でね。拍子抜けしてしまうかもしれない」


 そういえば、とクリスティーナは今朝のリオとノアのやり取りを思い出す。

 リオは魔力の流れを認識した後、教えを請うことなく魔力の制御を実現していた。結果は微々たるものではあったが、彼が導いた結果は感覚だけでも会得できる過程であることを示していると言えるだろう。


「魔力が流れているホースに外側から圧力をかけるようなイメージをするんだ。あとは、今感じる魔力の流れを反対の方向から同じだけの負荷をかけて堰き止めるような感じ」


 ノアに言われた言葉を頭の中で反芻しながら目を閉じる。

 次は息を止めないでよなんて冗談交じりの声を聞きながらも返事をする余裕はなく、代わりに意識的に深呼吸を繰り返しながら魔力の流れに集中をした。


「魔法は想像力が重要なんだ。魔法に精度を求めるならばその分鮮明なイメージを必要とする。そしてそれは魔力制御にも同じことが言える」


 眉根が寄り、自然と腹部に力が入る。

 流れる魔力の速度、量。それらを正確に把握した上で決まった方向へ流れる魔力の動きを止める為、反発する力の存在をイメージする。


「イメージさえできれば成し遂げられる。君ならできるはずさ」


 穏やかな声は不思議とクリスティーナの集中力を刈り取る存在にはなり得なかった。


 想像を膨らませるにつれて体内の魔力は循環する速度を徐々に落としていく。

 嵐に巻き込まれた川の流れの様に凄まじい威力を持っていた魔力は気が付けば下流のせせらぎの様に穏やかな動きへ変わり、更には零した水が床を広がるかの如くゆったりと。


 ――その過程を経て、ある時を境に魔力の動きは完全に停止した。


「……うん。合格だ」


 魔力の制御を成し遂げたクリスティーナが息を吐くと、ノアの声がした。

 目を開ける。リオとエリアスには変化が感じられないようであったが、ノアの明るい笑顔が表情がクリスティーナの成功を物語っていた。


「思いの外違和感があるわ」


 意識をしながらずっと腹部に力を込めているのだ。気を抜けばすぐに元に戻ってしまいそうだ。

 更にこの違和感を意識しながら普段と同じ様に魔法を使おうとすれば注意が魔力制御の方へ逸れてしまい、魔法の精度は落ちてしまうだろう。


「大丈夫。今は不要な力も割いてる状態だから違和感も大きいけど、慣れれば効率よく自然に熟せるようになるよ」

「そう」


 暫くは日常的に続けた方がいいという彼の助言に素直に頷く。

 まだまだ課題は残されている様であったが、それでも一先ずは目標が達成されてほっと胸を撫で下ろす。


「いい顔だね」

「え?」


 クリスティーナは目を丸くする。

 ノアは笑みを深めながら、自覚のない彼女に教えてやる。


「魔法が楽しくて仕方がない。そんな魔導師の目だ」


 表情が緩んでいたわけでも、声が浮ついていたわけでもない。

 しかし、自身の確かな成長を自覚したクリスティーナの瞳は確かな達成感と魔法に対する好奇心で確かな輝きを含んでいた。

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