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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第37話 災厄の影

 冷えた夜風に当たって宿へ向かっている最中、漸く落ち着いてきたらしいノアがエリアスに礼を言いながら自分の足で歩き始める。


 酒場や風俗店が立ち並ぶ通りを有するこの街は夜が始まってからが本番と言わんばかりにどこからも人の笑い声が聞こえる。

 遠くから聞こえるそれを聞き流しながらクリスティーナはノアを見た。


「そういえば、貴方って冒険者なのね」

「うん?」

「依頼を受けたのかって聞かれていたから」


 最初は持ち前の親切心から案内の為だけに連れてきてくれたのかとも考えたのだが、大男がノアへ声を掛けた時に「依頼か」と問いかけたのを思い出して、恐らくはそういう事なのだろうとクリスティーナは結論付けていた。


 急に振られた話題に首を傾げる彼へそれについて補足をすると、納得したような頷きが返される。


「一応ね。登録はしてるけど時間が出来た時の小遣い稼ぎくらいみたいなものだから、ずーっとCランクやDランクの依頼ばっか熟してるよ」

「そう」

「魔物の討伐とか体を張る仕事はBランクからだからやったことないし、俺は安全圏で薬草を取ったり探し物をしたり……そんな感じかな」


 そういうやり方もあるのか、とクリスティーナは驚く。しかし同時に納得もできた。


 冒険者を専業として熟しながら生活するのであれば、衣食住全てを賄う金銭を集められるだけの難易度の依頼を選らばなければならないだろう。

 専業冒険者という立場ならば生きる為に体を張らなければならないだろうが、ノアは違う。


 学生ならば衣食住は保障されているはずだ。生きる為に必要な基盤が整っているという前提条件があるならば、わざわざ危険を冒してまで稼ぐ必要はない。


 そこまで考えたところで、ふと思うことがあった。


「……興味があるわ」

「え?」

「冒険者の仕事」


 学生の本業は勉学であり、時間に追われることも少なくはない。

 にも拘らず空いた時間をクリスティーナやリオの訓練に費やしている彼は、本来であればその時間を自身の為に使えていたはずだ。


「双方時間に余裕があることが前提にはなるけれど。魔力制御を身に付けた後なら多少貴方の小遣い稼ぎに付き合ってあげてもいいわ」


 ここまで協力してもらった上に、こちらは訓練用に魔晶石の材料まで分け与えられている立場なのだ。こちらの目的が達成したら無償でおさらばというのは流石にいかがなものかと思う。


 それに、今まで馴染みのなかった冒険者という職について興味があるのも事実だ。


 随分上からの物言いになってしまったが、ノアは相変わらずの懐の広さを見せて笑うだけだった。


「確かに一人で黙々と熟すよりは楽しそうだけれど。C、Dランクの依頼って言うのは多分君が考えているよりもつまらないよ?」

「構わないわ」

「そっか」


 一つ頷いてから、数秒の間を空けて再び彼が笑う。

 何がおかしいのかと視線を寄越せばノアが首を横に振る。


「いや、楽しみだと思ったんだ」


 彼は微笑みながら星空を仰いだ。

 細められる藍色の瞳。

 そこに秘められたのは子供のような無邪気さを秘めた輝きだ。


「まあ何はともあれ、まずは引き続き鍛錬だ。魔力制御を習得できないことには始まらないからね」

「そうね」


 エリアスが暢気に欠伸をする気配を感じる。


 一方で歩きながらクリスティーナと目の合ったリオは全て察していると言わんばかりにやれやれと肩を竦めて笑ってみせた。

 その態度がいつも通り不本意なので、無言でねめつけたあとは無視を決め込んでやった。


 酒場の話題の延長や最近の訓練での出来事など、他愛もない話をしながらクリスティーナ達は夜道を歩く。


 フォルトゥナへ足を踏み入れて間もないクリスティーナ達には、この国の裏で暗躍する影も、忍び寄る闇の存在も知る由がなかった。



***



 夜も更けた頃合い。

 濃霧に包まれた森の中、生い茂る木々の隙間からでも観測できる遠く離れた時計塔をぼんやりと眺める影があった。


 フォルトゥナの南部に位置するミロワールの森。

 自身を未熟だと自覚する者は足を運びたがらず、過信する者が足を踏み入れれば命の保証はできない。


 治安維持活動の一環として腕利きの冒険者や魔導師、同盟国の戦力を借りた定期的な魔物駆除が行われている為、死傷者は激減した。

しかし視界を惑わす濃霧が消えない限り訪問者を脅かす可能性は消えない。


 濃霧に混じってぼやけた月光に照らされるは二つに分けて高く括った水色の髪。見た限り齢十七、八程度の少女。

 気怠げに開かれた大きな瞳は不気味な程鮮やかな深紅で彩られている。


 地面に腰を下ろしている彼女は背中と左右に、自身よりも大きな体を持つ魔物を従えて鼻歌を歌う。

 ソファであるとでも言うようにそれぞれを背凭れ、肘掛けのように扱いながらその毛並みに埋もれて寛ぐ少女。彼女の周囲からは濃厚な血の香りが漂っていた。


 少女が肘掛け代わりの魔物を撫でる。その場から動かない魔物はしかし、その頭だけは忙しなく動いており、時折何かを咀嚼する音を鳴らす。


 彼女達の周囲には無残に食い散らかされた人の四肢が散らかされ、汚れた地面には冒険者の証である紋章が転がっている。

 彼女の瞳はその全ての光景を確かに視認しているが、しかし。その瞳に映る感情は『無関心』の一言に尽きた。


 何にも興味を示さない瞳を持つ少女は暇を弄ぶように鼻歌を続ける。

 しかし彼女は鼻歌を途中でやめた。


「おーい、怠け者」


 彼女を怠け者と称しながら近づく存在があったからだ。

 少女と同じ赤の瞳を持つ、新緑の髪の青年。エリアスが対峙した男であった。


「……邪魔しないで」

「邪魔、って。キミ、自分の役割覚えてる?」


 不満を表すように僅かに眉根を寄せる少女。

 彼女の態度に呆れたと言わんばかりに青年は深々とため息を吐いた。


「まさか、聖女の存在に気付いていないわけじゃないだろ」

「うん」

「ならいつまでもだらだらしてないで働いてよねぇ。キミがそんなんだとボクが代わりに――」


 青年の言葉は途中で止まる。先程まで関心を見せなかった少女の瞳が殺意を宿して鋭く光ったからだ。


「わたしはわたしのテリトリーで。あなたはあなたのテリトリーで。そういう約束」

「おお、こわいこわーい」


 わざとらしく腕を擦る青年は感情を込めずにセリフを吐く。


「……働くのは、面倒。でも……お家を散らかされるのはもっと面倒」


 欠伸を一つ零して、少女は腰を浮かせる。

 漸くやる気になったかと青年は肩を竦めてそれを眺めた。


「約束、破ったら殺すから」

「キミがちゃんと動くなら手は出さないよ。魔族同士で殴り合うのはボクだって面倒だ」

「うん」


 一つ頷いて立ち上がろうと両足に力を入れた彼女はしかし、すぐに魔物のソファへ倒れ込んでしまう。


「……働く、明日から」

「おおーい!」


 たった数秒ですやすやと寝息を立てる少女の様子に青年は頭を乱暴に掻き毟った。


「もーいいや、しーらない。失敗しても怒られるのはベルフェゴールだし。帰ろ帰ろ」


 不満げに声を荒げた青年はベルフェゴールと呼んだ少女に背を向けて足早にその場を去る。

 濃霧に溶けて消える一人。血だまりの中安らかに眠る一人。


 二人の密会を知る者はおらず。また、これから齎されようとする災厄を知る者も存在はしない。

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