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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第34話 隠された淀み

 夕暮れ時に差し掛かるとノアが手を打った。


「はい。今日はここまで」


 その声を合図に、クリスティーナは魔力の抽出を中断して顔を上げた。

 ノアの指示で休憩を挟みつつではあったものの、魔晶石が壊れる程の魔力を抽出し続けた体は大きな疲労を覚えていたようだ。


 集中が途切れると同時に襲い掛かる倦怠感や眩暈に思わず後方へ足をふらつかせると、いつの間にか背後へ回り込んでいたらしいリオがそれを受け止めた。


「大丈夫ですか?」

「ええ……。けれど流石に疲れたわ」

「無理もないよ。ずっと魔力を使い続けていたんだから」


 クリスティーナの体調を確認するように顔を覗き込んでくるノアと目が合う。

 必然的に相手の顔色を見ることになったクリスティーナは彼の様子に首を傾げた。


「……貴方の方が疲れてる見たいだけれど」

「あ、バレました?」


 へらっと力なく笑う顔色はどこか青く見える。

 やせ我慢していたのだろう。指摘されたことを素直に認めた彼は大きく肩を落として両膝に手をついた。

 肩で息をする彼は不服そうな声を上げる。


「リオが使う魔晶石を作りまくってたからね……。と言っても、消費魔力は圧倒的に君の方が多いはずなんだけどなぁ」


 呼吸を整える為か、彼はそのまま膝を抱えてしゃがみ込んだ。


「おいおい、大丈夫か?」

「平気平気、最後の方でちょっと張り切りすぎちゃっただけだから。すぐ落ち着くよ」


 傍で同じように屈むエリアスに問題ないと片手を挙げて答えるノア。

 数分程度休むと落ち着いてきたようで彼は深呼吸してから立ち上がった。


「よっこいしょ……そうだ、クリス。明日また渡すから、余った石は一旦こちらで預かってもいいかな」

「構わないけれど」


 手を差し出され、素直に魔晶石の材料を彼へ手渡しつつもクリスティーナは疑問を浮かべる。

 どの道明日使うのだから自分が持っていても問題ないと思っていたのだが、何か理由があるのだろうか。

 そんな考えを悟ったからなのか、クリスティーナが言葉にせずとも説明が返ってきた。


「君、俺がいない間も練習しそうだからね。今日だって俺が声を掛けなければ休息を取ろうとする様子もなかったし」


 図星である。


 なるほど、とクリスティーナは納得する。どうやら彼の判断はこちらの性格を分析した上でのものだったようだ。

 クリスティーナが言い返さないのを見て、そんなものはお見通しだと何故か得意げに鼻を鳴らされた。


「闇雲にやればいいってものでもないんだ。休むときは休む、頑張る時は頑張る。そういうメリハリが大事なのさ」

「……そう」


 クリスティーナは手元に残った石へ視線を落とす。

 内側から全体へ、広範囲に虹色の光を帯びたそれは魔晶石。ノアの声が掛かるより直前に漸く生成を実現させた物だ。

 一日かけてやっとスタートラインに立てたのだ。この先どれだけ時間が掛かるというのだろう。


 長居すればするだけ、魔力の制御に時間を掛ければ掛けるだけ、自身へ降りかかる危険の数が増えるかもしれない。

 ただでさえリオとエリアスの護衛の対象である自分が必要以上に足を引っ張ることはクリスティーナにとって好ましくないことだった。



 故に焦りが生じている訳だが、教えを乞うている立場でありながら我を通すことは出来まい。

 大人しく頷けば、満足そうにうなずき返される。


「これはリオにも言えることだからね。君の場合、魔力を補給していた分クリスよりも疲労は少ないとは思うけど、魔力を取り込んで放出するという一連の流れも身体にかかる負荷はゼロじゃあない」

「確かに、ある程度の疲労は感じられますね……。わかりました」

「うんうん。じゃあ、今日は街まで戻ったところで解散にしよう」


 リオも素直に従ったことで気が済んだらしい。ノアは自身の荷物を纏めながらクリスティーナ達へも帰り支度を促した。

 帰り支度と言っても、セシルから貰った革袋のお陰で殆ど手ぶらのようなものなのだが。


 座りっぱなしだったエリアスが体を解すために伸びをしたり、念の為にリオが忘れ物の確認をしたりしている間。ノアが隣からクリスティーナの手元を見るように顔を覗かせた。


「クリス、よかったらその魔晶石見せてくれないかな」

「ええ」


 自身の作った魔晶石をノアへ手渡す。

 彼はそれを夕日に翳したり至近距離から見つめたりと興味深げに観察した後、小さくため息を吐いて苦笑する。


「うん、文句なしの出来だ」


 彼は魔晶石を返しながら一言感想を述べる。

 クリスティーナの掌に乗せた魔晶石が人差し指で軽く突かれ、ころころと転がった。


「この光が強ければ強いほど、魔晶石に含まれた魔力の密度も大きくなる。俺が作った時よりも光が強いのはわかるよね」


 昼間にノアが見せた魔晶石の光は内側から淡く瞬く物だったが、今自分の手元にあるそれは内側から発生している光が表面近くまで行き渡っているのだ。

 クリスティーナが首を縦に振ったのを見て頷き返しながらノアは続ける。


「これをリオに使わせたら彼は十回程魔法が打てるだろう。つまり、俺が作った物の三倍以上の価値があるということだよ。慣れれば質は更に向上するだろう」


 複雑な気分である。

 賞賛されているのだろうことはわかるのだが、相手は何年も魔法を学んでいる魔導師だ。経験も知識も劣っている素人に簡単に越されるというのは彼にどんな感情を抱かせるだろう。


「私は貴方の作った物の方が好きだわ。これは主張が激しすぎるもの」

「おっと、気を遣ってるのかい?」


 確かに気遣いもある。しかし本心でもある。

 事実、装飾品として選ぶのならクリスティーナはノアの作った魔晶石の方が好ましいと思った。


「人には得手不得手があるだろう。俺は俺にしかない個性を知ってるから気にしないのさ。勿論君を妬んだりもしないから安心して欲しい」


 思わず、不自然に息を呑みそうになる。しかし何とか思い留まったクリスティーナはその衝動を押し留めた。


 浮かぶのは彼らしい穏やかな微笑み。

 だがその藍色の瞳の奥が深く淀んでいる。巧妙に隠された笑顔の奥で、その笑みが本心ではない確信をクリスティーナは得てしまった。


 今まで何度も向けられてきた、嘘を吐いている人間の目だ。

 驚いてしまったのは昨日今日の彼の振る舞いから善意を感じ、気が緩んでしまっていたからだろう。


「そう」


 彼は時に、感情が表に出にくいクリスティーナの思慮を汲み取る程の聡さを見せる。

 故にクリスティーナは相手へ何かを悟らせるような不自然さを露呈させてしまったのではないかとノアを観察したが、幸い彼は何かに感づくこともなかったようだ。


 次の瞬間には不穏な色も鳴りを潜めていて、彼はクリスティーナへ優しく笑いかける。

 そして大きな手がクリスティーナの頭へ乗せられた。


「とにかく俺が言いたいのは、君は逸材なんだからもっと自信を持てばいいってこと。能力があれば結果は自ずとついてくるものさ」


 次の瞬間、頭に乗せられた手を目にも止まらぬ速さで掴む存在があった。


「ノア様、そろそろ戻りましょう」

「あいたたたっ! ちょっとリオさん? 力つよ……っ」


 敵意を剥き出したまま満面の笑みを浮かべるリオ。

 彼によって掴まれた腕はぎりぎりと音を立てそうな程の力を込められているようで、堪らずノアが悲鳴を上げる。


「ああ、ノアの首が……良い奴だったなぁ」


 その背後で何かを悟ったつもりでいるエリアスは遠い目でそれを眺めていた。


 しかし心配しているのがノア腕ではなく首だということを考えるに、不敬な言動に怒ったクリスティーナが癇癪を起すのだとでも思っているのだろう。

 彼の中にある、無駄に首を切り落としたがるクリスティーナの人物像が書き換わる日は来るのだろうか。大変心外である。


 騒がしさの戻った一行の様子に深くため息を吐き、空を仰ぐ。

 東の空からは夜が近づいていた。



***



「それじゃあ、また明日」


 結局宿の前まで三人を見送ったノアは別れを告げる。

 それに各々が短い返事を返して背中を見送っていると、脇道からにゅっと現れた太い腕に彼の体躯は絡めとられた。


「おう、ノアじゃねーか!」

「うわっ、びっくりしたぁ」


 日に焼けた浅黒い肌に鍛え上げられた体を持つ大男。


 彼はノアの背中を何度も強く叩きながら肩を組み、豪快に笑った。

 驚きつつも笑って見せるノアの反応を見るに、どうやら顔見知りのようだ。彼の顔は本当に広い。


「こっち来てるって話は聞いてたんだ。勿論飲んでくだろ? あいつらも待ってるんだ」

「えぇっ!? 明日も約束があるし、流石に今日は……」

「なーに連れねぇこと言ってんだ。ほら、こっちだこっち」

「ええぇ……」


 問答無用。半ば引きずられる様にして連れていかれるノアの情けない声が聞こえる。

 途中で遠ざかっていく彼と目が合い、どう反応したものかと考えさせられる。しかし困った様に笑いながらもひらひらと手を振って別れを告げる彼の姿を見て、クリスティーナはそのまま見送ることにした。


「嵐のような人ですね……」


 同じくその場で見送ったリオがぼやいた言葉には心の中で同意する。


「戻りましょう」

「そうですね」

「はい」


 一行は宿へ戻る。

 翌日に備えて早くに床に就いたが、強い疲労感からかすぐに眠りにつくことが出来た。


 しかし翌日。しっかりと休息を取った一行とは反対に夜通し飲まされ続けたという魔導師は真っ青な顔をしながら子供を三人引き連れてやってくる。

 その姿に、休め休めとは一体どの口が吐いたものだったのかとクリスティーナは思わず皮肉を一つ零したのだった。

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