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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第32話 実践練習

 ノアは取り出した石を掌に乗せる。


「それは?」

「魔晶石」


 透き通った無色の鉱石。

 ころころと掌の上で弄ばれるそれを眺めながらクリスティーナが問うと、聞き馴染みのある単語が返ってきた。


 読んで字のごとく、魔力を保有した石。魔法を発展させた道具が普及している世界で、この魔晶石はもはや必須の代物であると言えるだろう。


 魔法を組み込んだ道具――魔導具は通常の魔法同様に魔力の消費を必要とする。そして魔導具の魔力供給源は使用者の魔力もしくは魔晶石のどちらかであり、日常生活に使用する魔導具は後者のことが多い。

 因みにリオの衣類も保有魔力の濃度が濃い魔晶石を砕いて生地の素材に織り交ぜられているもののはずだ。


 日常的に見る機会も使用する機会も多いそれはしかし、クリスティーナが知っている物とは別物のように見えた。

 疑問を投げかけようと顔を上げれば言葉が付け加えられる。


「……の、素って感じかな?」

「素」

「そう。君達が疑問に思った通り、このままでは魔晶石と呼べる代物にはなり得ない」


 ノアは魔晶石と呼んだ石を一つ抓み、握りしめる。

 数秒ほどそうした後にゆっくりと広げられる手。そこに乗せられた石は相変わらず透き通っているが、その中心から七色の光を淡く瞬かせていた。


 クリスティーナは瞬きを繰り返す。

 たった数秒で変化を齎したその石は、自分の記憶にある魔晶石と同じ特徴を有していたからだ。


「貴方……魔晶石を作ったの?」

「そう驚くことでもないさ」


 驚く周囲の反応を彼は笑い返した。

 そして魔晶石の『素』だという方の石が数個、クリスティーナに手渡される。


「それは数ある鉱石の中でも特に魔力の吸収率がいいんだ。魔力を消費すれば誰でも簡単に魔晶石を作ることが出来る。君はそれを握った状態で普段魔法を使うように魔力を消費してくれればいい。その石に魔力を集中させるようなイメージだね」


「水を差す様で申し訳ないのですが。魔晶石の生産は違法ではないのですか」


 指摘をしたのはリオだ。

 大気を漂う魔力を取り込んで自然発生する魔晶石と人の手によって生成される魔晶石。このうち人工的な魔晶石の製造方法は公にされておらず、また、特定の許可を得た魔術師のみが生産した人工魔晶石を商人へ売りつけることが出来るとされているのだ。


 しかしその問いも想定内だと言うようにノアは頷いた。


「そうだね。但し正確に言うと、規制されているのは魔晶石市場への供給という極々限定された範囲のみなんだ」

「……つまり個人的に作るだけでは違法にはならないと?」

「その通りだよ。……あ、言っておくけど屁理屈とかではないからね。れっきとした正攻法だ」


 クリスティーナとリオの訝しむような視線に気付いたノアが慌てて弁明する。


「魔法を研究する魔導師や学院の生徒は時に自身の保有魔力に留まらない魔力消費を求められることもある。そういった研究者達の為に、商売道具として扱うのではなく自身の研究目的の為であれば魔導師による魔晶石の製造やストックは黙認される、という仕組みの規則が作られたんだ」


 なるほど、とクリスティーナは一先ず納得する。

 生活必需品とも言える魔晶石を日常生活で手に入れる為の手段は商人からの買い取りだ。つまり魔晶石市場への供給自体は特定の組織が行っているとしても、卸売りや小売りは一般人が行えている訳だ。


 ノアの言う規制の範囲が局所的だという話は事実なのだろう。

 同様に製造に関しても収益が目的でない範疇であればある程度自由が利くのかもしれない。


「把握したわ」

「うんうん、伝わったみたいで良かったよ」


 魔晶石の生成へ踏み出すつもりになったクリスティーナの様子にノアが満足げに頷く。

 そして続いてリオに、先程作った魔晶石を差し出した。


「リオはこっち。別メニューね」

「おや」


 彼は素直に受け取りつつも不思議そうに目を丸くする。

 その様子にやれやれとため息が吐かれた。


「どういう仕組みかはわからないけど。それだけの保有魔力がありながら、君は魔法を一度使っただけで倒れただろう」

「なるほど。魔力が枯渇する危険性を考えてくだっさっているんですね」

「そういうこと、なんだけど……。君、自分のことなのに妙に落ち着いてるね」

「そうでしょうか」


 死に慣れているリオにとっては魔力枯渇による死亡も大したことではないのだろう。


 しかし彼以外からすれば己の身の危険を指摘されても危機感を抱いているように見えない彼の様子は異質に映るはずだ。

 彼の反応には流石のノアも困った様子を見せる。そして真面目な顔つきでリオを窘めた。


「君の様子を窺うに、既に何度か同じ経験を重ねた上で一度魔法を使うだけならば自身が生存できると確信しているんだろう。けれど、魔力の枯渇を舐めてはいけない。魔力を使い果たせば俺達は死んでしまうんだからね」


「……ノア様のご指摘はごもっともですね。覚えておきます」

「うんうん、是非ともそうしてくれ」


 ノアのリオに対する推測は彼が実際に死しているという前提を除けば実に的を射ているものである。

 クリスティーナとしても無暗に魔法を使って倒れられるのも、吐血によって衣服を汚されるのも勘弁願いたいので彼が自重してくれるのであればそれに越したことはない。


 また、二人のやり取りをクリスティーナと共に見守っていたエリアスもリオの魔力枯渇に振り回された一人としてノアの言葉に深く頷いていた。


 問題なのはリオ自身があまりピンと来ていなさそうなことであるのだが。

 一先ずノアの言葉に頷きはしたものの、どこか腑に落ちないといった表情を微笑みの一端にちらつかせているのをクリスティーナは見逃さない。


 不死身であるという前提のせいで、元より彼は自身の危機を想像することが得意ではない。

 他者の言葉の意図や常識を汲み取ることは出来るが、自身が異端である自覚がある故に常識に当てはめられないものとして認識してしまう。


 故に今の彼はノアの発言の意図を理解した上で『普通の人なら気を付けるべきなのだろう』という結論にまで至りつつも、それを自己に置き換えることができず心から頷くことが出来ないようであった。


 クリスティーナがこっそりと吐いたため息が誰かに気付かれることはなく、ノアが話を戻した。


「魔力を抽出させたらまた倒れるかもしれないからね。君は魔法を使って、その度に魔晶石から魔力を供給する。新しい魔力を取り込むことで体の中の魔力の流れを感じてもらおうと思って」

「わかりました」

「石を握ったまま魔法を使う。石のエネルギーが体内を通って放出されるイメージでね」


 一通り説明を終えたところでノアが一つ手を打った。


「さーて、そんなもんかな! 案外単純でしょ」

「……そうね」


 手練れの魔導師の技術だと思って身構えていた分、正直に言えば拍子抜けしている。

 素直に頷くクリスティーナに対し、目の前の魔導師はやや意地悪く笑った。


「単純な作業だけど、感覚を掴むまでが長い。そういう訓練なんだ。諦めず地道に経験を積んでくれたまえ」


 さあさあどうぞと促され、クリスティーナとリオは互いに顔を見合わせた。

 そしてそれぞれが手元の石ころを眺め、徐に訓練を開始する。


 エリアスとノアは腰を掛けて見学。

 暢気に世間話をする二人の様子を視界の端に捉えながら、クリスティーナは目を閉じて石を強く握りしめた。


(普段魔法を使うように、魔力を集中させる……)


 ノアの説明を反芻させながら握りしめた掌の中に魔法をぶつけるイメージを持つ。


 僅かに体から力が抜けていくような感覚。循環する魔力の動きとやらは把握できないが、魔法を使う際いつも感じる、漠然とエネルギーが放出されている感覚が生まれた。

 しかしこれではいつも通りだ。魔法を使っている時と何ら変わらない現象に過ぎない。


(もう少し鮮明に想像しなければならないのかしら。それとも魔力の消費を増やすことでわかりやすくなる……?)


 魔力の流れとやらを掴むべく、今度は更に消費魔力の多い魔法を使うイメージを働かせる。


 握った指先に僅かに灯るような熱。意識を深く潜り込ませれば、それが指の根元から流れてきているものだと理解する。

 しかし魔力が循環しているという前提がある以上、熱の発生源は指の根元ではないはずだ。もっと体の奥まで、魔力の流れを感じなければならない。


 自身の指先へ流れる熱の動きに逆らうようにその根源を意識で辿ろうとする。

 その時。


 パァンと乾いた破裂音と共に掌の中の石が弾けた。


 驚いて目を開ける。

 破裂の反動で開かれた手の中には何も残っておらず、その代わりとでも言う様にクリスティーナの周辺には細かな光がきらきらと宙に浮いている。

 そしてそれがもとは自身が握っていた石の残骸であることに気付くと同時に、微細な粒子たちは空気中に溶け込むように姿を消した。


 どういうことか。説明を求めようと胡坐を掻いていたノアへ視線を寄越す。


「……うん?」


 しかし返ってきたのは疑問符のついた間の抜ける声。

 笑顔を張り付けた彼の顔が強張っていることに、クリスティーナは気付いてしまった。

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