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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第31話 魔法の座学

 一行は昼食を摂り終えた後に始まったノアの説明に耳を傾けていた。


「まず、俺達が魔法を使う時に消費しているエネルギーが魔力とい呼ばれてることは大丈夫そうかな?」

「ええ」


 土がむき出しになっている場所を見つけた彼は近くに落ちていた木の枝を拾い上げて地面に簡素な絵を描いていく。

 簡略化された人型を二つ。下手なわけではないが何とも真面目に耳を傾けていたクリスティーナ達の空気を緩めてしまうようなどこか愛嬌のあるシルエットだ。


「通常、魔力は人の体の中を循環している。魔法を使えばそれに見合った魔力を消費し、一時的に体内を巡回する魔力は減少する」


 並べられた二人の内左側の人間の体に矢印が描き加えられる。

 体内に描かれた時計回りの矢印は魔力の循環を示唆する為のものだろう。


「魔法学に於いて、限界保有量という単語が頻出するんだけども。これは一個体が保有できる魔力の限界を示すものだ」


 二人目の体内にも同じように矢印が描かれていく。

 ただしこちらは一人目よりも明らかに小さな矢印だ。


「全ての生命には魔力の保有量に限界も、個人差もある。だから扱える魔法の等級や回数なんかは人それぞれってことになるんだけどね」

「魔法の等級ってのは、その魔法が誰でも使える基礎的なものか大技かーみたいな感じの分類だよな? 強いか弱いかみたいな」


 軽く手を挙げて発言したのはエリアスだ。

 自身の説明に合わせて枝で図を描いていたノアは顔を上げ、律儀にエリアスの顔を真っ直ぐと見ながら問いに答えてやる。


「そうそう、その認識で間違いないよ。複雑且つ絶大な威力を求めるような魔法を使おうと思えばそれだけ消費魔力は多くなる。限界保有量が必要消費魔力に達していない魔法というのは必然的に使用不可になるってわけ」


 魔法は発動の難易度の高さや必要な消費魔力の量によって分類される。これを魔法等級と言う。


 等級は初級、中級、上級、超級、究極の五種に分けられる。

学院の見習い魔導師なら中級を問題なく使えれば及第点、上級が一つ使えれば上々という感じだろう。


あくまで目安だが、上級魔法を複数使うことが出来れば魔導師として優秀な分類、超級を使える魔導師はその国の魔導師を率いる上級職に就く者も多いというのが世間一般の評価だろう。


 他に気になることはあるかと問うようなノア視線にエリアスは首を横に振った。


「悪い、遮ったな」

「いやいや、わからないことをその場で聞いてくれるのはこちらとしてもありがたいことだよ。また何かあれば都度声を掛けてくれ」


 君達もね、とクリスティーナとリオへ声が掛かる。

 現時点で理解できていないことはない為、クリスティーナは無言で頷くに留めた。

 リオも同じ様に頷きだけを返し、話の妨げとなることがない様口を噤んでいる。


 二人の反応にノアもまた頷きを返しながら、再び地面へ視線を落とした。


「話を戻すね。俺達が認識しているのはこの個々の魔力保有量ってこと。正確に言えば個人の体内を循環している魔力の動き……なんだけど。ごめん、ちょっとややこしいよね」


 三人の反応を感じ取ったからだろうか。様子を窺うように視線を上げたノアは途中で苦笑する。

 クリスティーナ達の反応は概ね同じようなもので、彼の説明にあまりピンと来ていないというのが正直な感想であった。


「正確に言えばということは、実際は魔力保有量そのものを認識しているわけではない、ということですよね……?」

「厳密に言うとね」


 顎に手を当てて小首を傾げるリオの問いに肯定の声が返ってくる。

 しかし質問したリオ自身も未だノアの説明を完全に理解できたわけではないようで未だ考える仕草を見せている。


「体に蓄積されている魔力の量そのものを感じ取る技術は今の魔法学を以てしても解明されていないんだ。変わりの手段として用いられるのが魔力の流れ方から全体に蓄積される魔力の凡その量を推測する……というものなんだけれど、まあ正直何が違うんだっていう話だよね」


 どこから出したのだろうか。ノアは自身のローブの内側から二種類の透明なホースを取り出してみせた。

 三人に見えるようにと二つのホースは地面へ置かれる。


「ホースに例えて考えてみよう。ここから流れる水の量が魔力の量だとする」


 一つは三十センチ程で短く切られたもの、もう一つは切り口同士が接着剤によって円環状に固定されたもの。

 ノアはその内のきちんとホースの役割を果たしそうな前者を拾って目線の高さ程度まで持ち上げた。


 数秒の後、何の前触れもなく水がホースを辿って左の切り口から流れ落ちる。透明なホースは内側の水の動きもはっきりと見せつけてくれた。

 右側の切り口付近から突如溢れる水が、左へ流れていく。中を流れる水の量は心許なく、ちろちろと切り口を伝って落ちる水の勢いも弱々しい。


「ホースを通る水が少なければ流れ方が緩やかになるだろう。一方で……」


 ノアの言葉の最中。今度は前触れなく水の量が増し、ホースの中で大量の水が押し合うように出口を求め始めた。

 左の切り口から飛び出す水は飛沫を飛ばしながら先程よりも遠くまで地面を濡らす。


「水の量を増やせば勢いは増す」


 ノアは一メートル程先で水溜まりを作る水の流れを眺める。

 やがてノアはそれから視線を外す。同時に水の動きはぴたりと止まり、発生していた水を出しきったホースは空となった。


「俺達はこのホースを通る水の量や速度なんかを認識している。総合的な水の量ではないんだ」


 ホースの真ん中あたりが人差し指で示される。


「イメージとしてはホース全体の長さではなく一点にのみ注目しているって感じかな。この一点を通過する魔力の速度や量を把握する」


 水の流れという身近なものに例えられているからか、大雑把にではあるものの何とか理屈を理解することは出来そうだ。


 クリスティーナはノアの説明に耳を傾けながら水を流さなくなったホースを暫く眺めていたが、ふともう一つ用意されていた円環状のホースへ視線を落とす。


 これらのホースは謂わば授業の為に用意された『教材』である。こちらも何か意図されて用意されたものだろう。


 今までの話の流れから何の為に用意されたものであるのかは何となく想像できていたが、そんなクリスティーナの思考を汲み取ったかのようにノアは頷きながら二つ目の『教材』を持ち上げる。


「これは保有魔力の循環を想像しやすくする為に用意した単純化モデルだ。魔力が消費されない間はこんな風に魔力が回り続けていると考えて欲しい」


 彼は塞がっていた両手の一つを空ける為に一つ目のホースを地面に置く。

 そして空いた片手で一度指を鳴らしてみせる。

 同時に円環を成すホースの重みが増し、その内側から水が発生した。小さな気泡の混ざるそれは更に、クリスティーナ達から見て時計回りにぐるぐると循環をする。


「どの地点から観測したとしても循環している魔力の動きや量は常に一定だ。だから例え全体の魔力量が直接的に把握できなくてもある地点の魔力の流れ方さえ分かれば全体の魔力保有量も大体予測できるって寸法ってわけだ」


 相変わらず穏やか且つ聞きやすい口調で説明を続ける彼は、三人の生徒が付いて来られているか様子を窺うことも忘れない。


 リオとエリアス、それぞれの反応が理解できているものであることを確認した彼は次いでクリスティーナの顔を見て小首を傾げる。

 それは彼女の表情が話の内容を理解できていないもののように見えたというよりも、物言いたげな顔が自分へ向けられていたことをすかさず感じ取ったからのようだ。


 一方でクリスティーナもとある考え事が先行し、不躾な視線を送ってしまっていた自覚があった。故に首を横に振りながら小さく謝罪をしたのだが、本人は謝罪される謂れに思い当たるものがなかったらしく目を丸くして笑われてしまった。


「魔力の循環している威力を微弱な空気の震えとして触覚と視覚で感じ取っている感じかな。こればっかりは実際に見につけられるまでイメージしにくいと思うけど……」


 大丈夫そうかな、と言葉で改めて確認をとった後に説明が再開される。


「君達の様に超遠距離から感じる魔力っているのは本当に例外だけど、例えるならそうだな……。本来微弱な空気の振動のように感じるはずのものが超遠距離から地鳴りと激しい揺れを伴ってやってきた、みたいな」

「…………それが本当なら確かに大騒ぎね」


 ノアの例えにクリスティーナは苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 一歩進む度に揺れる地面や大きな地鳴り。想像したその図は大怪獣の猛進……言葉通り大災害さながらの事象だ。


 その発生源が自分達だというのだから、ことの深刻さに拍車がかかる。

 当事者その二であるリオも同じ様な顔をしていた。


「いや、割と本気の話だからね!? 俺なんて気付いた時マジで汗びっしょりでさぁ」


 今までのんびりとしていた教師の口調がやや強くなったところから鑑みるにも、話を大仰にしている訳ではなさそうだ。


 エリアスまで主人と同僚に対してやや引き気味な視線を送り始めている始末だ。

 やはり早急に問題解決へ移った方がよさそうである。


 話の軌道修正を図る為か、昂った自身の気持ちを落ち着ける為か、ノアが咳払いを一つしてから話を戻す。


「とにかく君達の場合、このホースの太さ、流れる速さや量が非常に凄まじいものだって考えてくれればいい」


 ホースの中を循環し続けるが再び指し示される。


「で、それをどう誤魔化すかって話なんだけど」


 彼が再度生徒三人の顔色を窺った後。中を流れていた水の流れが突如止まった。

 その『教材』はただ水を溜めた円環状のホースと化す。


「循環する魔力の動きを止めてしまうんだ。こんな風にね」

「それって危なかったりはしないのか?」

「もちろん。循環していようが循環していなかろうが魔力の量自体は変わらない。体への負担は皆無と言っていい」


 真剣な面持ちでホースを観察し続けるエリアスの問いにノアは頷きを返した。


「さっき循環についてと魔力探知の仕組みについては話しただろう? 本来なら魔力は必要な時に必要な分だけ外に排出され、やがてそれを補うエネルギーが外部から注入されるけれど、結局は時間を掛けて一定量に戻る。ただしここでは簡略化の為にホース内の水の量も動きも常に一定だと仮定し、例外的な動きはないものとする」


 再びホースの中の水は何の前触れもなく動き始める。

 説明を挟みつつも魔法を行使する。何とも器用な立ち回りだ。


「つまり永遠と同じ量の水がホースの中をぐるぐると回っている……常に循環状態な訳だ」


 水の流れに沿うように、ホースの上をなぞる人差し指。

 『教材』は三人の視線を暫く縫い留めた後に停止して地面へ戻された。


「つまり魔力の動きを止めてしまうというのは言うなれば、このホースの代わりに同じ量の水を保有できるバケツを使おうっていう考え方だということだ」


 手持無沙汰になったからだろうか。

ノアは枝を持ち直したかと思えば先程描かれた人型に顔を付け足し始める。

 これまたやや味のある、緊張感の欠片もない笑顔だ。


「ただ、水を排出する際、ホースを使っていれば直接出口まで繋がってくれていれば楽だろう?」


 話に区切りがついたのかと思ったがどうやらそうではないようだ。

 枝を弄びながらも彼は変わらず説明を続ける。


「バケツだと水を掬って運ぶ手間……労力だね。魔力の循環を停めるということはそれが余分にかかってしまう。魔法を使う際、本来必要とされている魔力よりも多く消費しなければならないっていうデメリットは存在するかな」

「なるほど」


 一体どの程度変化が現れるのだろうと考えながら、クリスティーナは相槌を打つ。


「けれどそれも気持ち多くなる程度のものだし、そもそもの魔力量が規格外なら本当に杞憂程度のデメリットだよ。少なくとも君は気にしなくても良さそうだ」


 『君』が自分のことを示していることに気付いて顔を上げると藍色の瞳と目が合った。

 先程まで落書きに勤しんでいたというのに、すぐさま相手の思考を汲み取って気を配る。彼の他者へ対する気遣いは的確だ。


 クリスティーナが感心したのも束の間。


「因みに魔力が循環するという仕組みを生命が生まれながらに確保しているのは、魔力消費の際の労力を割くことに重きを置いた造りをしているからだと学術的に論じられているんだけど」


 彼は笑顔を張り付けたまま急に早口で捲し立て始める。


「これってすごく面白いことだと思うんだよね。魔力の循環が自然化されたのは生命の進化に伴ったものなのか、それとも原初の生命すでに持ち合わせていたものなのかという部分は今でも議論されていて派閥が分かれているんだけど、後者だった場合無数に枝分かれして進化してきた生命全ての遺伝子がその仕組みが生きる為に有用な能力であると判断して残ってきたわけだろう? ちなみに前者だとするともっと興味深いけどね。当初存在しなかった技術を体の造りも進化の過程も全然違う生命の全てが必要だと判断したことになる。この場合太古の時代と現在の環境の変化が要因だと考えられるけどその要因となり得た環境の変化とは一体何だったのかとか。考えるとわくわくしない? ちなみに俺は生命が最初から持ち合わせているという説寄りの考えなんだけど正直どっちでも面白いかなって思ってて……」

「ノア様」


 ざっと一息。凡そ常人の肺活量と活舌を凌駕したかのような多大な早口言葉はリオが遮るまで続いた。

 エリアスは彼の語る速度と話題の難解さに途中で振り落とされたようで口を開けたまま遠くを見やり、リオはやや引き気味に冷たい視線を向けている。


「おっと、失礼」


 冷え切ってしまった空気に遅れながら気付いた魔法オタクはこほんと咳払いを一つ落とした。


「それで、君達にはホースの代わりにバケツを使えるようになる訓練をして貰わないといけないんだ」


 座学は今度こそ終わりを告げる様で、地面に描かれた図が足で雑に掻き消されていく。

 ノアは人差し指を立てる。


「まずは自分の魔力の流れ……魔力回路って言うんだけどね。それを確実に理解してもらう」


 更に中指が加わる。

 ノアは視線を地面からクリスティーナとノアへ移して微笑んだ。


「大体こんな風に流れてるんだなぁって理解が出来るようになった後、実際に自分の魔力の循環を止める訓練。慣れるまでは疲れやすいけど慣れれば意識しなくとも自然と熟せるようになるよ」


 それじゃあ実践に移ろうか、と彼は比較的小さく透明な石をいくつか取り出した。

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