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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

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第29話 過度な世話焼き

 クリスティーナが呆れと疲労から込み上げるため息を盛大に吐き出したのはノアと合流してから約一時間後のことだ。

 訓練は人の目を気にしない開けた場所が良いというノアの言葉に従って街に面した森林へ向かう途中だったのだが……。


「一時間経っても森にすら入れないってどういうことかしら」

「十中八九ノア様に問題があるのは間違いないですね」


 一行はとある家の前で荷物を降ろすノアの姿を遠目に眺めていた。

 彼は家の前で老婆と世間話に身を投じているようで、時折快活さを感じる笑い声がクリスティーナ達の元へも届く。


 現在地から森まで距離があるわけではない。むしろ徒歩であっても十分あれば問題なく足を踏み入れることが出来る程の位置関係なのだ。

 しかし道行く先々でノアが住民から声を掛けられたり、手助けを頼まれたり、自分から首を突っ込んだり……と寄り道が多すぎるせいで一向に目的地へ辿り着くことが出来ないでいた。


 現在の状況も、老婆と顔見知りだったらしいノアが弱った足腰を心配して自ら荷物持ちに名乗りを上げ、家の前まで彼女を送り届けた……といった一連の流れによって構成されたものだ。


「お人好しもここまで過ぎると異常だわ」

「まあまあ……悪い奴より全然いいじゃないですか」


 職業柄、長時間の待機に一番慣れているだろう騎士が苦笑しつつもフォローを入れる。

 彼の言う通りノアの一連の言動を見る限り害悪さは一切感じられず、寧ろ人助けが性分だと言わんばかりの善良さが全面に溢れているかのような印象だ。


 老婆との話を終えたらしいノアは彼女へ手を振って家へ入るのを見届けてから踵を返す。

 駆け足でクリスティーナ達の元まで戻ってきた彼は若干の焦りを顔に浮かべながら両手を合わせて頭を下げた。


「待たせてばっかりだよね、ほんっとにごめん!」

「……自覚はあったのね」

「怒ってます?」

「足が疲れたわ」

「ゴメンナサイ……」


 クリスティーナは元々、のんびりと時間を過ごすことが嫌いなわけではない。故に怒っているわけではないのだが、『立ちながら待つ』ということに於いては経験不足であった。


 何せ皇国の中でも上から数えた方が早い身分だったのだ。基本的に待つ行為というものは座った体勢で行われるものだと彼女は認識をしていた。


 つまるところ、彼女は怒りを示しているわけではなくただの感想を正直に告げただけだったわけだが、待たせてしまっているという罪悪もあってか申し訳なさそうにノアは頭を下げた。


「……別にいいわ。どこかで少し休めれば嬉しいけれど」

「ああ、それならいいところがあるよ。魔法の練習にも休憩にも丁度いいかも」


 ノアが合流したことにより一行はもう一度森へ向かって足を進め始める。

 彼は随分とお喋りな様で、移動中もあれやこれや他愛もない世間話を述べていた。

 クリスティーナの口数の少なさにも怖気づく様子はなく、不思議とぎこちない空気が流れることもない。


 夜の治安の悪さは否めないが昼間は平穏そのものの街並み、傍から聞こえるくだらない会話。あまりにも日常的な一場面に気が緩みそうになる。


「あ、そういえば昼食は食べた?」

「そういえば……」

「朝食は頂きましたが、昼食はまだでしたね」

「お、よかった。俺もなんだよね」


 クリスティーナの言葉にリオが口添えした。


「よかったら奢るよ。振り回しちゃったお詫びもしたいし。おすすめのとこあるから」


 路銀はセシルからたんまりもらっている為、食費には困っていない。

 しかし本人が詫びも兼ねたいというのであれば大人しく甘えておくべきだろうかとクリスティーナは考えた。


「お願いするわ」

「りょーかいしましたっ」


 わざとらしい敬語とやる気のなさそうな敬礼をして魔導師は微笑む。垂れ気味の目尻は彼の物腰の柔らかさを強調し、纏う空気の甘さを増加させる。

 長い睫毛に伏せられた藍色の瞳は気を許せば吸い込まれそうな程深く美しい。


 クリスティーナの美的感性は従者の整った顔面によって養われている為、至近距離から整った顔に覗き込まれた程度で動揺することはないが、なるほど。


 これは同年代の貴族令嬢達が挙って悲鳴を上げそうな美形だとクリスティーナは真顔で冷静に分析した。

 この顔に彼の人当たりの良さや滲み出る善良さに当てられれば確かに勘違いをしてしまうような少女は多そうである。


 彼のことを人たらしと形容したレミの言葉を思い返し、クリスティーナは再度納得した。


 少しふざけた様子の彼の言動に対する返しに困った挙句彼の顔面を冷静に観察していたクリスティーナは、相手を真顔で見つめる反応しかできなかったわけだが、それに気を悪くしたりする様子もなくノアは機嫌よさげに近くのパン屋へ近づいていく。


 しかしその直後にクリスティーナ達が見たのは、店の前でパン屋の主人らしき人物に声を掛けられたかと思えばちゃっかりと手伝いを任されているノアの姿であった。

 パンを買う為だけに一体どれだけの時間を費やすつもりなのだろうか。


「なんというか……愉快な方ですね」

「先に休んでおくわ」


 遠回しな皮肉を口にする従者は呆れている様だ。

 その心中に概ね同意しつつ、この様子ではこの先も様々な道草を食うことになりそうだと諦めたクリスティーナは道に配置されていたベンチへ足を運んだのだった。

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