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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第28話 気さくな魔導師

「……これは一体どういう状況なの?」


 ノアが宿へやってきたのは昼過ぎであった。

 宿屋の女将から客人の来訪を告げられて宿屋の前に出ると前日と同じ白ローブに身を纏った青年が立っていた。

 ……何故か子供を三人引き連れて。


「いやぁ、途中で絡まれちゃって」

「ノア、オレ達と遊べー!」

「ボールで遊ぼうぜ!」

「えー、鬼ごっこがいい!」


 三人の子供はやいやいと自分の主張ばかりを口々に述べる。

 同時に話しているせいで何を言っているのかはあまり聞きとることが出来ないが、どうやらノアを遊びに誘っている様だというのはわかった。


「待って待って、俺の身体裂けちゃうから……」


 二人がそれぞれ片腕を引っ張り合い、もう一人が彼の首に手を回して後ろからぶら下がっている。

 三方向からぐいぐいと引っ張られるノアの顔には既に疲労の色が浮かんでいた。


「ぐぇっ」


 背中からぶら下がっていた子供の腕に首を圧迫されたらしい魔導師は情けない呻き声を上げる。

 それに気付いたエリアスは彼らの後ろに回り込んでぶら下がっていた子供を抱き上げた。


「こーら、首は駄目だぞ」

「だーってノアが遊んでくれないんだもん!」

「遊んでくれなくても絞めちゃだーめ」


 子供を地面へ降ろしてやったエリアスは優しく嗜める。

 窒息から解放されたノアは数度咳き込んで呼吸を整えた後子供達の頭を撫でた。


「今は先約があるから無理だけど、明日の朝なら遊べると思うよ」

「ほんとかよー!」

「ほんとほんと。だから今日はごめんね」

「仕方ないなー、約束だからな!」


 約束を取り付けた子供達は漸く満足したのかノアから離れると手を振ってその場から走り去った。

 ノアもまたそれに応えるように手を振り返して彼らを見送る。

 そして小さな背中が見えなくなるとバツが悪そうな顔で笑った。


「ごめんね、お騒がせしました」

「別に構わないわ」

「君もありがとう。ええと」


 謝罪に続いてエリアスへ礼を述べようとしたノアは言葉を途中で止めて首を傾げる。

 昨日、クリスティーナ達は彼らに名乗らなかった。故に彼は呼び名に困ってしまったのだろう。


 エリアスは何かを確認するようにちらりとクリスティーナとリオを一瞥する。二人が視線に応えるように頷いたのを確認してから彼は名乗りを上げた。


「エリアス。堅苦しいのは好きじゃないから気楽に接してくれるとありがたいかな」

「エリアスくん、エリアスくんね……」


 家名を伏せたのは事前に話し合っておいた結果だ。

 表向き執行猶予中の令嬢と死亡扱いになっている騎士の正体が広まるのを避ける為のリオからの提案である。


 偽名などは咄嗟に名を呼んだ際にボロが出る可能性がある為名前のみを名乗る、もしくは精々愛称で誤魔化す程度が望ましいのではという結論に至った訳だ。


 他にも必要に応じて身分を偽るなどの手段を用意しておく必要があるが、こちらも想定される問いかけに対する回答は粗方擦り合わせ済みである。


 しかし名を名乗っただけなのにも拘わらず、ノアは何故だか悩むようなそぶりを見せる。

 名前のみを名乗るということは何もおかしなことではないはずだが、何か訝しがられる要因でもあったのだろうかとクリスティーナは相手の様子を窺う。


 だがクリスティーナの一抹の不安など気にした様子もなく、ノアは明るい笑顔を浮かべた。


「うん、わかった。じゃあエリーで」

「へ?」


 指をぱちんと鳴らしてノアはエリアスを指さした。

 真っ先に聞き返したのは指をさされた本人である。


「こうして関わる機会を得られたのも何かの縁だし、折角なら仲良くなりたいなーって思って。そういう時ってあだ名が手っ取り早いでしょ」


 なるほど、と一人納得するクリスティーナ。

 ただし納得したのはノアの考えに対してではなく、彼の言動から推測できた人間性に対してである。


 どうやら彼はクリスティーナ達に対して疑念を抱いたりしているわけではないらしい。ただ純粋に人との距離感が近いタイプなのだろう。


「君達のことは何て呼べばいいかな?」

「……クリスでいいわ」

「リオと言います」


 クリスティーナには本名を名乗ったところで省略される未来が見えた。またフォルトゥナはイニティウムからそこまで離れていない上に交流がある国の為、念には念を、本名が必要となる場面が現れるまでは愛称で押し通しておこうという魂胆だ。


「うんうん、クリスとリオだね。短い間になるかもしれないけれどよろしくね」

「こちらこそ」


 体の良い返事をリオが返す間、ノアはまたもやそわそわとしながら考え込むがやがてお手上げだと肩を竦めた。


「これはレミの時もだったんだけどね、二文字や三文字だとニックネームに悩むんだよね……」

「必要ないわ」

「そうですね」

「ええ……」


 どこか残念そうな顔をするノアを見ながら、彼の距離を縮める為以外の意図が含まれているのではないかと疑念を抱いてしまう。

 どうやら彼の距離感がおかしいこと以上に、本人があだ名付けを面白がっている節はありそうだ。


 クリスティーナからバッサリと断りを入れられてしまったノアは更に肩を落とした。

 しかしすぐに顔を上げると暗い表情を明るいものへと一転させた。


「さて、と。じゃあ早速訓練に入ろうか」


 彼はどうやら気持ちの切り替えも早いらしい。

 忙しなさを覚える程ころころと転換する話題と表情に若干の疲労を感じつつ、クリスティーナはそう思った。

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