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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第27話 情報共有2

 エリアスの言葉に場の緊張感が増す。

 クリスティーナとリオは彼の話の邪魔をすることがないよう口を閉ざし、代わりに彼へ視線を集中させた。


「魔族の襲撃についてはセシル様から聞いてますよね。あれはレディング家を狙ったものである可能性が高いです。最終的な目論見がレディング家全体を害することであったのか聖女を害することであったのかまではわからないですけど」


 出立前、建国祭最中に起きた魔族襲撃の証言。それを騎士から聞いた旨はセシルが話していた。

 そしてその日の晩運ばれた騎士の中で生存したのはエリアスのみだ。故に魔族の襲撃をセシルへ知らせたのが彼であることは自ずとわかることだった。


 クリスティーナ達は不必要に口を挟むことはせず、エリアスに話しの続きを促す。


 彼は寄せられる視線に応えるよう頷くと、前置きをした上で当時の出来事を詳細に語りだした。




「……なるほど。騎士団内の裏切りと魔族からの襲撃……魔族が現れたタイミング的にも口封じを兼ねていた可能性を拭いきれませんね」


 魔族の容姿、攻撃パターン、死亡した騎士の言動、魔族の発言……。事細かに説明を受けたところでリオが呟いた。

 エリアスはそれを肯定する。


「ああ。それと相手の実力や言動を見る感じ、オレにだけわざと手を抜いていたようにも思える」


 クリスティーナは瀕死のエリアスが庭へ寝かされていた時のことを思い返す。

 深く、広範囲に走る切り傷と多量の出血による血の気のなくなった顔。


 あれだけの傷が手を抜いた攻撃によるものだとは到底思えない。しかし魔法一つで容易に熟練の騎士の頭を切り落とせる敵が相手だったと考えれば、確かに体が繋がっていただけでマシだったのかもしれない。


 ……クリスティーナがあの土壇場で聖女の力を使えていなければ間違いなく命を落としていただろうが。


「手抜き、ですか」


 リオが苦笑する。

 何か気になることがあるのかとクリスティーナが視線を送れば、従者は大したことではないと軽く両手を挙げた。


「いえ、リンドバーグ卿程の実力者を相手に手抜きとは、魔族というのは恐ろしい相手だなと改めて思ったまでです」

「正直オレもあそこまでぼこぼこにされたのは師匠の稽古以来だ」


 どうやらリオはエリアスの腕前についてクリスティーナよりも随分詳しいらしい。恐らくは使用人間の情報網から得たものだろう。

 エリアスは変に謙遜する訳でもなく、しかし手酷くやられた時のことを思い出して顔を顰めた。


「赤目という特徴もですし、六属性に分類できないような魔法を用いていたところを考えると……魔族の可能性が高いのではないかと」

「他者に行動を強制させる魔法……」


 エリアスに説明された相手の魔法は二種。一つは風の刃を目にも止まらぬ速さで放つ風魔法。そしてもう一つは彼の同僚を自害させたという魔法。


「……闇魔法ですね」


 ぽつりとリオが言う。


 闇魔法――魔族のみが扱えるとされる、どの属性の枠組みからも外された禁忌の魔法だ。

 生命の精神に作用するような危険な種であることで知られる闇魔法はそもそも判明している型自体が少ないが、中でも特段有名なものが生命を思いのまま操る類の魔法なのだ。


 魔族達はこれを駆使して無数の魔物を意のままに操り人族の兵力と対抗したり、人へ使用することで内部から国を崩壊させることに成功したという。

 それの使用が確認されている時点で、エリアスが対峙した敵は十中八九魔族であると言えるだろう。


「とにかく、警戒しといた方がいいのは確かです。オレが見たのはそれと風魔法だけでしたけど、あいつが魔族なら魔法適性っていう概念はないはずなので、他の属性魔法も使えるはずです」


 魔法適性という概念がない、というのはつまりその弊害を視野に入れる必要がないということ。魔族という個体であるだけで全ての属性の魔法を使用できたらしいという話は有名だ。


「あいつが何の為にレディング公爵家騎士団を襲撃したのか考えてたんですけど、あんまピンと来なくて。オレがその場で死なないことに何の意味があるのかとか……」

「……聖女の特定、もしくは脅し、とか」


 頭を悩ませるエリアスに答えるかのようなタイミングで発言するリオ。クリスティーナとエリアスは彼を見た。

 独り言の感覚で呟いたのだろう。二つの視線を感じた当の本人は肩を竦めた。


「あくまで推測です。ただ仮に、レディング公爵家に正体を隠した聖女がいるということを把握していたのであれば瀕死の騎士を一人送り返して観察するだけで聖女の存在の特定に繋がりかねませんし、危機感を覚えさせれば公爵家は聖女を守る為に何かしらのアクションに出るしかないでしょう」


「……例え聖女の居場所に確証がなかったとしても、圧力を受けた公爵家が聖女を守る為に不自然な動きを見せれば少なくとも表沙汰にしたくはない何かを隠していることはバレてしまいそうね」


 主人の言葉に従者は頷くが、一方でどこか腑に落ちないように未だ考え続ける仕草を続けていた。


「リオ?」

「ああ、すみません。ただこの推測で行くといくつか不可解な点が残るのが気掛かりで……今考えても仕方のないことではあるのですが」


 今後、行動方針を練る際にも警戒心を高める為にも共通の認識を持っておくことは大切だ。

 それが迫る危機に関する話であれば尚更である。


 リオもエリアスも概ねクリスティーナと同じ考えなのだろう。故にエリアスは話の続きを促すように視線をリオへ移し、リオもまた発言を継続した。


「まず保有魔力についてですが、魔法に通ずる魔族であれば魔力量を視認できてもおかしくないですよね」

「そうね」

「であればこのような回りくどい方法を取らずとも魔力量で聖女を特定できたのではないかと」


 なるほど、とクリスティーナは小さく頷く。


 魔力量で聖女を特定することが出来なかった理由、もしくは先程彼が推測した『聖女の特定や脅し』の外に意図する何かがあった可能性を考えているのだろう。

 彼が言った通り今すぐ結論が出るような議題ではないが、頭の片隅に置いておいておくだけで今後に活きる可能性はありそうだ。


「それと、仮に聖女を特定する為に騎士を攻撃したのだとして。聖女が必ず聖魔法を使うとも限らないでしょう。特にクリスティーナ様はご自身の能力について知らされていませんでしたから、リンドバーグ卿を助けるに至った経緯も特殊なものだったと言えます」


「確かに不確定な要素が大きいわね……襲撃なんて、リスクも小さくはないでしょうし」


 リオの言葉に再びクリスティーナは肯定を示す。聖女であるという自覚もなかったクリスティーナがあの場で聖魔法を使ったのは直感と単なる偶然に過ぎないのだ。

 そもそも使用人と鉢合わせることがなければ騒ぎに気付いたとしてもわざわざ庭へ出向かなかったかもしれない。

 それを考えれば、クリスティーナが聖女の力を使わない可能性の方が高かったのかもしれない。


「一応心に留めておきましょう。少なくとも公爵家に仇なす存在がいるのは事実のようですから、リンドバーグ卿の仰る様に敵対する者がいると見て動いた方が良さそうです」

「魔族のことも頭に入れておきましょう。警戒するに越したことはないわ」


 情報を擦り合わせ、今後迫る可能性のある危機に対し共通の認識を抱く。

 話し合いの内容を纏め、締めくくったリオの言葉にクリスティーナが補足を入れ、それらにエリアスが静かに頷く。


(……切り出すには丁度良いかもしれないわね)


 何となく視界に入った赤髪を目に留めながらクリスティーナは心の中で呟いた。彼女が気に掛けていたのはエリアスが話す前、切り出すタイミングを悩んでいた話題についてだ。

 時系列を遡った話題を展開していたことから、話を大幅に脱線させる心配もない。


「少し話が逸れるけれど、聖魔法を使った時のことを話しておきたいの」


 つまりはエリアスを治療した時のことだ。二人の視線を集めた上で今度はクリスティーナが会話の主導権を握った。


 声が聞こえ、導かれるように歩みを進めていたこと、突如溢れた感情に呑まれるように衝動的に動いていたこと。

 それらを伝える最中、エリアスは驚いたように目を丸くし、リオは当時を振り返りつつどこか腑に落ちた表情を浮かべていた。


「……その、つかぬ事を聞くけれど。貴方は自身の価値とやらに執着したり、それを証明したいという言葉に身に覚えは……」


 クリスティーナの言葉はそこで途切れる。視線の先、エリアスの表情が全てを物語っていたからだ。


 自身の髪色と同じくらいに頬を紅潮させた彼はそれを誤魔化すように片手で口元を隠して眉根を寄せ、目を逸らしている。

 実に分かりやすい反応だ。


「や、あのー……その……ですね。何と言ったらいいのやら……」


 羞恥に耐えながら何とか返事をしようとする彼の言葉は酷くどもっている。

 無理もない、とクリスティーナは思った。彼女の予想が正しければ恐らくあの『声』は――。


「そういう事を思ったことは、あります……はい」

「ということはやはりあの時感じたのは貴方の想いなのかしら」


 やはり、と納得をする。

あの『声』は彼の思考もしくは記憶に深く関わっている者なのだろう。


 一つの結論に至ったクリスティーナは不必要に彼の傷に触れてしまうことがないよう気を遣ってやることにした。

 自身が望んだことではなかったといえ、エリアスにとっては自身の野心が駄々洩れになっているような感覚だろう。


「そう……ですね、多分」

「そう。……安心して。貴方の言葉が聞こえたのはあの場限りだから」


 現在進行形で自分の考えが筒抜けになっているのではと居心地悪そうにするエリアスへ補足してやる。

 あからさまにほっとする彼を横目に、クリスティーナは本題へ移った。


「私が感じ取った声や感情が聖女の能力の副産物のようなものだと仮定しての話だけれど。先程魔導師と別れた時、同じような感覚を覚えたの」

「レミ様がハンカチを拾ってくださった時ですね」


 異変に気付いていたからだろう。リオがタイミングを的確に言い当てる。

 クリスティーナはそれに対して頷きで肯定する。


「あの時はリンドバーグ卿の時よりもお体が優れないようでしたが……」

「……そう。そのことで一応話しておこうと思って」


 『副産物』が何を引き金として発生しているのか現時点では判別が出来ない。自分自身でも理解できていることは少ない。

 しかしレミに触れた時のように突然気分を悪くするような現象に居合わせた際二人を驚かせてしまわないよう事前に打ち明けておくべきだとクリスティーナは考えたのだ。


「一度目は体調に異変も感じなかったのだけれど、あの時は何というか……不快感を覚えてしまって」


 上手く言えず口籠ってしまう。

 レミに触れたことによって聞こえた『声』なのであればきっと彼に深く関わる何かなのだろう。


 本人の許可なくそれを得てしまったこと、それを他者へ言いふらしても良いものかという悩みが彼女に躊躇いを齎すがすぐにクリスティーナはその考えを拭い去った。


 今は己の身を守る為の手段を考えるのに手いっぱいだ。他者へまで気遣いをする余裕はないし、他者を気遣ったことによって自身の身が危ぶまれれば本末転倒である。


「悲愴な声、無力感や憎悪、沢山の負の感情を含んだ声と……それとは全く違う、女性の声」

「二人、ですか」

「ええ。もう一つの方も……幼い子供の声のようだった。少なくとも現在の彼のものではなかったわ」

「リンドバーグ卿の時とは異なる部分が目立ちますね。必ずしも時系列が現在と同一とは限らないのかもしれません」

「わからないことが多すぎるな……」


 情報の少なさに従僕と騎士は唸る。

 内心彼の発言に同意しつつ、魔族のことどころか自身に関するについてすらよくわからないことにクリスティーナはもどかしさを覚えた。

 両手を強く握りしめ、落ち着くように深く息を吐く。


「女性の声が聞こえてから唐突に不快感を覚えて、気が付いたら彼の手を振り解いていたの。驚かせてごめんなさい」

「いいえ。今が何ともないのであれば気にしませんよ」


 クリスティーナは自身を気遣う言葉に、今は問題ないと首を横に振る。

 それを受けた従者は微笑みながら頷いた後、真剣な面持ちへ表情を移す。


「人の心を読み取るという力は聖女の能力の一部で間違いないでしょう。であればその時感じた嫌悪等も気のせいだと片付けるのは安直だと思います」

「気に掛けておきますね」

「お願いするわ」


 話しておかなければと馬車の中で考えていた話題は全て出尽くした。

 同時に気が緩んだからなのか、クリスティーナは欠伸が出そうになったのを何とか噛み殺す。


 エリアスは一切気が付かなかったようだが、リオはそうはいかなかったようだ。真剣な面持ちを崩すまいという努力に対してくすくすと笑いを返された。


「……そろそろ休むわ」


 不服そうな声が出る。

 主人の怒りを買ったことには気付いているだろうに、不敬な従者は未だにこにこと微笑んでいる。


「ええ、お疲れのようですからゆっくりお休みください」

「おやすみなさい」


 費用の削減と護衛の務めの効率化を考え、借りた宿の部屋は一室。


 代わりにロフト付きのものを選び、クリスティーナはそちらで眠り、男性陣は下で交代をしながら休むことになっていた。


 梯子を上り、用意されている布団へクリスティーナは潜り込む。

 自宅のベッドとは天と地との差がある安物の布団だが、ここ最近野営を強いられてきた彼女にとってはありがたい代物だった。

 たった一週間だというのに随分馴染んだものだと我ながら関心をしつつ瞼を閉じる。


 リオとエリアスは二人きりになっても会話する気配がない。気を遣い、物音を立てずにいてくれているのだろう。

 しかし時折聞こえる衣擦れなどからすぐ近くで見張りとしての役割を果たしている気配は感じることが出来た。


 客室は勿論屋根と壁に囲まれ、魔獣の襲撃を心配する必要もない。

 久しぶりの屋内だから気が緩んでいるのだろうか。

 布団に横になれば今までの疲労がどっと襲い掛かり、穏やかな眠りへとクリスティーナを誘った。

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