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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第26話 情報共有

 宿へ戻ったクリスティーナは休息を取る前にリオとエリアスに声を掛けた。

 今後の行動方針の擦り合わせと自身の能力についての共有をメインに話し合いの場を設けるべきだと考えたのだ。

 一方でエリアスも何やら話したい事があったようだ。彼は話し合いに一段落ついたところで自分からも話したいことがある旨を告げた。


「しっかし、先に休んでおかなくても大丈夫ですか?」

「問題ないわ」


 円になる様に向かい合って床に座り込む一行。

 エリアスの気遣いにクリスティーナは首を横に振る。正直先から抱いている不安感のせいで休もうにも休める気がしないのだ。

 リオが心配するようにクリスティーナを見ていたが、それにも視線で応じながら話題を展開する。


「まず話しておきたいことはいくつかあるけれど、前提として全員が共通の認識を持っている必要があると思うの。……貴方がお兄様から伝えられている話がどの程度のものなのかを教えて欲しいのだけれど」


 話を振られたエリアスは何度か瞬きをしてみせた。

 情報量の差。リオの体質について彼が何も知らされていないだろうことを悟った時、クリスティーナの中で真っ先に浮かんだ懸念点だ。


 今の状態で本題に入れば彼が話について来られない状態もある。極端な例を挙げればクリスティーナが聖女であることを知らずに護衛につけられている場合、それを知っている前提で展開された話に順応するのは難しいことだ。

 故に前提としての情報の擦り合わせは真っ先に行うべき案件であった。


 セシルが何と言って彼をクリスティーナの護衛につかせたのか。どこまで知らされているのか、現状をどのように捉えているのか……。

 それらをクリスティーナが把握していないことには最低限どこからどこまでを前提情報として彼に説明すべきなのかの判断すらできないのだ。


「そうですね……。クリスティーナ様がオレのことを助けてくれた経緯はマジでざっくりですけど聞いてます。聖女ってことも」

「そう」


 一先ず大前提とされる話は聞かされているようでクリスティーナは安心する。

 しかしそれ以上エリアスが語ることはなかった。

 話の続きを促すつもりで視線を向けるクリスティーナときょとんとした顔で口を閉ざすエリアス。

 数秒の間が空いた。


「……他には?」

「クリスティーナ様についてはそれくらい……ですかね。オレ、目が覚めたのが二日後で聞かされたのはその日の夜だったので、出立まで時間もあんまりなかったし……」


 その話を聞いたクリスティーナは呆れからため息を吐いた。

 この呆れは本当に必要最低限しか話していないセシルに対してもだが、疑問がなかったわけではないだろうにその一切を口にせず後をついてきていたというエリアスに対してにも向けられたものであった。


「……私達は仮にも今後暫く時間を共有する同士なのだけれど。もう少し詳細を聞きたいだとかそういうのはなかったのかしら」

「個人的に気になることならいくらでもありますけど……オレの仕事って剣を振るって主人を守ることなので。聞かされてないことがあろうがなかろうがそこまで変わらないんですよね」


 随分とあっさりとした返答だ。


 確かにクリスティーナが聖女であり、彼女が旅に出る手筈になっていることだけ把握していれば深く事情を聞いていなくとも護衛の仕事は成り立つのかもしれないが。

 二人という人数で聖女を守れという正直言って無理難題を突然押し付けられた人間の立場としては二つ返事で頷けるものだろうか。


 せめて詳細を聞かせて欲しいだとか守れという命令の外具体的かつ的確な指示を仰ぐだとかそういう事があるのが普通ではなかろうか。


 クリスティーナの訝しむような視線に居心地の悪さを感じたのだろう。エリアスは困ったように頭を掻いた。


「オレは頭とかそんな良くないし。話せないことの中には頭良い人達がその人なりに考えた結果のものだってあるかもじゃないですか。なので基本話してくれるまで待ってよっかなって……そういう感じです」

「……そう」

「後はその……オレ、死んでる扱いみたいなので……そもそも選択肢が実質一つだったというか……」

「……は?」


 少々品性に欠ける声が漏れてしまった。

 声音が高圧的だったのだろう。エリアスが怯える声が聞こえた。


「目が覚めたらオレは死んでて……」

「わかるように話してくれるかしら」


 詳細を聞くとエリアスはワッとべそを掻きながら話し始める。


 要約すると目が覚めて早々にセシルがやってきて二日前の顛末を本当に簡潔に説明した後、公にはアリシアが聖女の能力に目覚めて治療に当たるもエリアス・リンドバーグという騎士が死んでしまった扱いになっているという旨の話をしたらしい。


「もうオレ、騎士団から除名されてるって言われるし! 無職を避ける方法がこれしかないって言われたんですぅ……!」

「……あの公爵代理、横暴が過ぎませんか」

「お兄様……」


 自分も同じく外堀を埋められた側の人間ではあるがあまりにもぞんざいな扱いを受けた赤髪の騎士へ対して同情を禁じ得ない。


 発言がとても目上の人間に抱く感想とは思えないが、今回ばかりはリオの言葉には全面的に同意だ。疲労とは別の要因から頭痛を感じ、こめかみを押さえながらため息を吐く。

 自身が能動的に動いたわけではないものの、身内の招いた出来事である以上、多少なりとも罪悪感を抱かされる。


「クリスティーナ様をきちんと守りきったら相応の措置と報酬は用意してくれるらしいので……はい、頑張ります……」


 虚ろな目で遠くを見る騎士に掛ける言葉も思いつかず口を閉ざしていると、気にせず話し合いを始めてくれと片手を持ち上げて促される。

 クリスティーナは一つ小さく頷いて促されるがまま話題を変える。


「貴方が構わないというのであればこちらも一々詳細に語るつもりもないわ」


 クリスティーナはエリアスが倒れてからの出来事を大まかに説明する。

 自分が皇太子の婚約者である姉への暗殺未遂で王都を追放されていること。表向きはボーマン伯爵領にて監視付きの生活を送っていることになっていることなど。

 

「一先ず、クリスティーナ・レディングがこのように国を離れて旅に出ているという事実は本来存在しないものだということを肝に銘じておいて頂戴」

「……はい」


 エリアスがこれらの説明に対し驚いたように目を丸くした様を見たところ、やはり本人が話していた通り殆ど何も知らされていないのだろう。しかし彼は自身が抱いただろう疑問を吐き出すことはなくただ一言、短く返事をしただけであった。


 これも先程本人が告げた通り。彼は本当に自身から主人に対して何かを言及するつもりはないらしい。

 本人が事の顛末を詳細に知りたがっているわけでないのなら説明の手間も省けるというもの。口下手なクリスティーナにとってもそちらの方がありがたかった。


 それに加え、現在の職務を引き受けた理由に対し変に主人へ諂うのではなく自身の立場の為であるという旨の彼の発言。これは見方によれば忠義がないものとして捉えられる一方で、一定の信頼を寄せるに値するものであるとクリスティーナは認識した。


 上辺だけの言葉よりも自身の利益の為だという言葉の方が何倍も信用できる。クリスティーナは彼をそのように評価した。


「聖女の能力を私が持っているという点についても勿論他言無用よ。……それから」


 一先ずクリスティーナが置かれている立場について、最低限の説明はした。

 他に共有しておくべきことがあるとすれば、と彼女はリオへ視線を移す。


 ここ一週間の内に魔物からも人からも襲撃を受けたということを考えれば、今後も武力を行使して対抗せざる得ない状況に陥ることは想像に難くない。

 その際、リオの不死身という特殊な体質について理解しているか否かによってエリアスの対応の仕方が変わる可能性についてクリスティーナは吟味していた。


(少なくとも精神的負担が軽減されるのは間違いないわ……)


 リオが死ぬ度に半泣きになる騎士の姿をクリスティーナは思い出していた。

 今後リオが倒れる度に驚かれ、後れを取られる訳にもいかない。早い内に打ち明けておくべきだろう。

 しかし同時に、彼女の胸の内には気が進まない理由も存在していた。


「いいえ、何でもないわ」


(……先に本人に話を通しておくのが筋というものね)


 言いかけたまま暫し口を閉ざした後にクリスティーナは結局首を横に振った。


 この場で話そうが本人は主人の決定を気にも留めないかもしれないが、主従という関係に甘えるのではなく人としての筋を通すべきだという信念が彼女の中にはあった。

 故に従僕の特殊な体質について説明するのは本人にその旨を伝えてからのほうが良いと考えたのだ。


「魔導師の襲撃は想定外だったけれど、おかげで目先の目標は定まったわ。魔法については私も詳しくないし、今後必要になりそうな知識は出来るだけ身に付けておきたいところね」

「一先ず魔力量の操作のノウハウは把握しておきたいですね。俺もお嬢様の足を引っ張る要素にはなりたくないですし、何とか出来るものなのであれば早めに対処はしておきたいところです」


 代わりの議題としてクリスティーナは新しい話題を展開する。

 フォルトゥナへやってくる以前の予定が狂ったことによって生じた変更点など、今後の行動方針についての改めての確認だ。


「それと、魔導師を探すということに関しても、学院の生徒からなら有力な情報を聞ける可能性は高いと思うの」

「そうですね。学生本人だと事情が複雑ですから引き入れるのが難しいかもしれませんが……他に伝手を持っているかもしれません」

「確かに。明日会うことだし、ついでに聞くタイミングならありそうだな」


 魔力操作の習得にどれだけの期間費やすことになるかはわからないが、当初想定していた期間以上にフォルトゥナへ滞在することはほぼ確定だろう。

 致し方ない滞在とはいえ、同じ時間を浪費するのであればなるべく効率的に物事を進めたい。


 それが自分の命に関わるかもしれないことであれば尚更である。

 故に魔導師探しも同時に行えるのであれば出来うる範囲で並行させたいというクリスティーナの主張を従者たちは全面的に肯定した。


 明日の大まかな予定は定まった。しかしクリスティーナにはまだ話しておきたいことがある。

 それをどう切り出したものか悩んでいると、エリアスが先に話題の転換を図った。


「とりあえずはそんなところですかね……? であればちょっと話しておきたいことがあるんですけど」


 クリスティーナは彼へ視線を向ける。自分の説明義務にばかり気が向いてしまっていたが、彼もまた話したい事があると事前に告げていたことを思い出したのだ。


「話しなさい」


 クリスティーナは先に彼の話へ耳を傾けることにする。

 主人に促され、エリアスは小さく頷いた後に続けた。


「その……魔族についてなんですけど」

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