第24話 魔導師の襲撃
白ローブの男はクリスティーナとリオへ距離を詰め、長い棒状の武器を振り翳す。
細い帯状の布を全体に巻き付けたそれは見た目がやや特殊ではあるものの、杖で間違いないだろう。魔導師が魔法の精密度を上げる為に使用する道具だ。
「――アクア・スフィア」
「アイス・フリーズ」
「っ、氷使いか……! レミ!」
「わかっている。ライトニング・ショット」
杖の先で生成された水の球がリオの眼前へ放たれる。しかしそれは即座にクリスティーナの魔法によって凍り付き、地面へ落ちて砕け散った。
すかさず詠唱するのは白ローブの逆に立つ魔導師。彼から放たれた紫の火花は二人へ向かって真っすぐ放たれるがリオはそれをすんでのところで回避した。
しかし更に追撃を目論む白ローブが回避に徹したリオの僅かな隙を見出だして距離を詰める。
魔法が来るものだと身構えたリオは一拍遅れてから異変に気付き、咄嗟に片手でクリスティーナを持ち直し、もう片方の腕で自身の横顔を庇った。
響く音は鈍い打撃音。白ローブの魔導師が杖でリオを殴りつけた音だ。
「っ、魔導師は滅多に近づいてこないものだと思っていたのですが……」
「ははっ、そりゃ一つ勉強になったね。魔導師の杖ってのは実は打撃武器なんだ、よ……おっ!?」
「ノア!」
白ローブの言葉が途中で遮られたのはリオが殴られた杖を握り返し、引き寄せたかと思えば相手の足を引っ掛けて転倒した為だ。
ふわりと浮き上がるローブの下、金髪と深い藍に染まる双眸が一瞬顕わになったかと思えば彼はうつ伏せになる様に地面へ転がった。
「お嬢様、失礼します」
「ぐぁっ!」
抱き上げられたまま感じた浮遊感。予測していなかった落下の感覚に驚いたクリスティーナはリオの首へしがみつくが数秒後に訪れた衝撃と共に自身の体がしっかりと支えられている感覚も戻ってくる。
一体何が起こったのかと改めて状況を確認すれば、どうやらリオがクリスティーナを抱きかかえたまま転倒した白ローブの青年の上に座り込んでいるらしいことが分かった。
更にリオは自身の袖口から滑り出したナイフを踏みつぶした相手の首筋に当てがって息を吐く。
「うわぁ、何……? 暗殺業の人か何かなの……?」
「騒がしい人ですね、少しお静かに願います。……そちらの人も。余計な動きを見せたらこの方は殺します」
「……わかった」
白ローブと連携を取っていたレミと呼ばれた魔導師は大人しく両手をあげてこれ以上敵意がないことを示す。
更にエリアスの方も一人の少女を連れて近づいてくる。
「やー、助かった。リオがその人捕まえたの見たら中断してくれてさ」
「アレット先生ー、ごめんね捕まっちゃった」
「お前という奴は本当に問題ばかり作るな……」
他の魔導師達はエリアスによって気絶させられている様だ。
クリスティーナは一連の流れを実際に見ていたわけではないが、複数の魔導師を同時に相手にしても後れを取らない騎士の手腕はやはり相当なものなのだろう。
アレットと呼ばれた少女は小言を言いつつもエリアスの背中からリオとクリスティーナの様子を窺う。
先生と呼ばれていることからアレットは教師、それぞれをノアとレミと呼び合っていた青年達は生徒だろうか。青年二人はさておき、アレットの方は落ち着いた声音から想像していた幾倍も若く見える……というか、若すぎる容姿だ。
場不相応でありながらもアレットの見た目に驚いていると、彼女と視線が合った。
無礼である考えを抱いていた自覚があるからか少々後ろめたさを感じるクリスティーナであったのに対し、一方でアレットは浮かべていた仏頂面から一転、両目を見開いて驚愕の表情を見せる。
「赤目ではない……?」
「……はい?」
「え?」
「あ、そういえば」
アレットの言葉に思わず聞き返すクリスティーナと驚くレミ、更に何故か一人納得しているノアの声が重なる。
ノアの声を合図にその場の空気が凍り付いたかのように静寂に包まれ、全員の視線が踏み潰されている彼へ注がれる。
うつ伏せながらに何かを感じ取ったのだろうか。彼は誰かに咎められる前に情けなく言い訳らしきセリフを並べ始めた。
「だってあの魔力量は化け物だよ!? 俺あんなん初めて見たもんビビるじゃん!! わざわざ相手の顔見てこの人の目は赤だなーとか赤じゃないなーとか考えるの無理だよ!!」
「……見捨てませんかこの人」
「やだ!! 上の人マジで殺しそうな目してたから!! 置いてかないで!!」
「……早まるなレミ。まずは手違いを謝罪すべきだろう」
「目が赤だとかそうでないとか、手違いだとか……説明はしていただけるのかしら」
魔導師達の間だけで展開されていく話を遮り、クリスティーナは話題の舵を切る。
対話の余地なく突然襲撃を受けた上に手違いだったとなれば、事の詳細と謝罪を求めるのは当たり前のことだろう。
説明を求められたアレットは一度頷いた後に深々と頭を下げる。
「私はオーケアヌス魔法学院という所で教鞭を執っている、アレットと言う。そちらは私の生徒に当たるノアとレミ」
アレットの言葉にクリスティーナは頷きを返し、続きを促す。
彼女はそれに応えるように事情を語り始めた。
「オーケアヌス魔法学院に属する研究員もしくは教員は治安維持の為定期的にこの街の巡回を行っている。先程その見回りを行っていた時、強大な魔力の気配を我々は察知した」
「それを脅威だと感じて接触を図ったのね」
「ああ。確認させて欲しいと交渉したところ断られてしまった為見せられない何かを隠しているのかと思ってしまったのだ」
「ちゃんと理由は説明したんですけどね……」
やれやれとエリアスが肩を竦める。
アレットは頭を下げたまま声のトーンを落とした。
「すまない。魔族の出現に警戒しろという情報が出回ったのはほんの数日前のことだったこともあり……。これほどの魔力を所持しているのは魔族しかいないという先入観に駆られて思慮が浅くなっていた」
魔族という言葉にクリスティーナは眉を寄せる。
魔族への警戒はセシルも顕わにしていた。フォルトゥナがイニティウム近辺の国であることを考えればイニティウムで魔族が確認されたという情報が回ってきていても不思議ではない。
「……あ、ちょっと気になったんですけど」
気落ちするアレットと考え込むクリスティーナの間に生まれた沈黙を破ったのはエリアスだ。
彼はおずおずと片手を挙げる。
「魔族って、皆目が赤いもんなんすか?」
「……ああ。魔族の瞳は皆赤かったそうだ。これはいくつもの歴史書にも記されているし、現在生存が確認されている魔族も赤目であることから間違いはないだろう」
「あー、なら赤目イコール魔族って認識で警戒されるのも無理ないかもなぁ。確かに赤目を見たのって、オレもリオが初めてだったし。凄い珍しいんじゃないか」
クリスティーナ自身も赤い瞳を持つ人間はリオしか知らない。
昔から彼は人の目を引きやすかったが、それは整った容姿に加えて瞳が赤かったからである。
「俺の目の色が珍しい自覚はありましたが、魔族云々は初耳ですね。容姿にいちいち文句を付けられてもこちらとしては困るのですが……」
「魔族が皆赤目だからと言って人族に赤目がいないと考えるのは確かに浅はかだな。早急に学院に情報を共有しよう」
深々とため息を吐くリオに再度頭を下げるアレット。
新たな国へ辿り着いて早々巻き込まれた騒ぎにクリスティーナの疲労は溜まっていたが、勘違い騒動がこれで鳴りを潜めるというのであればくどくどと文句を言うのは控えようと考えていた。
リオの瞳の色が非常に珍しいのも事実。それこそ長年に渡って赤目は人ならざる者の象徴として常識に染みついてしまう程にだ。
時期が時期だけに魔族と勘違いしてしまうというのも仕方がないことだという話も耳を傾けてみれば納得がいった。
理不尽極まりない出来事ではあったが騒ぎを大きくするよりも静かに立ち去りたいクリスティーナは不必要に彼女らを責め立てることはしないことにした。
ここで謝罪を受け入れ解散。その後は宿を探して買い物は明日に回してしまおうとこの後の予定を気にかけ始めた時、地面から声が聞こえた。ノアだ。
「いやでも、このお嬢さんは魔族じゃないかもしれないけどお兄さんの方が魔族じゃない証明にはならなくない?」
「本当によく喋る口ですね……」
「あ、待って、ナイフ動いてます!!」
話が上手く纏まりかけたところで掘り下げられた話題にリオが若干の苛立ちを見せる。
笑顔ではあるが目が笑っていない。やや鋭い目つきであるだけに圧が強い。
握られていたナイフが距離を更に縮めたことによって怯えた声が地面から聞こえる。
「……そもそも彼は魔法が全くと言って使えないの。魔族というのは魔法に長けているのでしょう」
「え、冗談でしょ。それだけの魔力を持ってるのに?」
クリスティーナの補足に驚いたのはノアだけではなかったようだ。アレットやレミまで揃って目を剥いている。
生憎、クリスティーナには魔力量を読み取るという感覚はわからない。故にリオの魔力が実際どの程度のものなのかを見ることは出来ないが、一度魔法を使うと死んでしまうという彼の体質上保有できる魔力は無にも等しいものだと思っていたのだ。
違うのか、と問うように従者を見やれば本人も思い当たる節が全くないというように首を横に振った。
「楽をして使えるものなら先の戦闘で使っていますけどね……。実際にお見せすれば納得していただけますか」
「えっ!? おいリオ――」
異を唱えようとしたのはエリアス。一方で彼の次の行動を予測したクリスティーナは無言で立ち上がってリオから距離をとった。
「ウィンド・ブレイド」
倒木の凄まじい音、鳥が逃げ去っていく音、地面に何かが倒れ込む音――。
(早く休みたいわ……)
エリアスと魔導師達の悲鳴やら慌てる声やらを聞きながらクリスティーナは遠くを見た。