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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第23話 規格外

 フォルトゥナ一の高さを誇る時計塔が正午の鐘を鳴らす。

 時計台を囲うように並んだ建造物、更にそれを囲うように住宅が立ち並ぶようにしてフォルトゥナの首都は形成されている。

 その街中をローブに身を包んだ七人の集団が横断していた。


「んー、今日も異常なし! この見回りってほんとに意味あります? アレット先生」


 黒を基調としたローブを纏う面々の中で唯一白いローブを身に付けた青年が大きく伸びをする。

 アレットと呼ばれたのは集団の中でも一番短躯の者。その見た目は精々十程度の年齢にしか見えないあどけない少女の様だが、ローブにつけられた紋章が示す魔導師としての階級は七名の中で一番高い。

 彼女は陽気に話を振る青年の様子に呆れたようにため息を吐いた。


「意味はある。ただしお前が望むような展開はないと前々から言っているだろう」

「……見回りに志願したのはノアだろ。それに何もない方が良いに決まってるんだから不満気にするな」


 紫紺の髪の青年がアレットを支持するように白ローブの青年を窘める。


「ちょーっと言ってみただけじゃんか! 何もそんな論破しにこなくてもいいじゃん……あんまり言うと拗ねるよ!」

「年上としての威厳はないのか……」


 二人が身に付けている紋章は見習い――魔法学院の生徒という身分を示すものだ。

 彼らが言い合いを始めそうな流れになったところでアレットは一度手を打つ。


「喧嘩なら戻ってからに――」


 アレットの仲裁の言葉はしかし、途中で遮られた。

 同時にその場にいた七人全員がある方角へ視線を移す。各々、顔は強張り緊張した空気がその場に漂う。


「……あれ、ちょーっとやばくないですか?」

「ちょっと、で済まされればよかったがな」


 魔法に関する知識と才を極める魔導師の中には、その過程において生命が保有する魔力量を直感的に認識できる領域に達する者がいる。

 そして偶然にもこの場にいた七人全員がその認知能力――魔力探知を可能とする存在であった。

 故に、その異常にいち早く勘づく。


 あまりにも強大な魔力を持った何かの存在。魔力量を目視できる者であれば誰であっても看過できないだろう膨大な魔力。規格外の一言で片付けるのすら憚られるほどの何か。

 それは首都部へ向かって一定の速度で移動している。このままでは十分後には街へ辿り着くだろう。


 魔導師達の本能が警鐘を鳴らす。誰もが緊張した面持ちで杖を構え直し、上官であるアレットの指示を待つ。

 アレットは目頭を押さえて小さく唸ると杖を振りかざし、その方角を指示して告げる。


「強大な魔力反応を確認。対処を急ぐ。……ノア・ド・ヴィルパン見習い魔導師とレミ・パラディール見習い魔導師は脅威を感じ取ったらすぐに撤退しろ。相手がどのような存在であっても若い芽を摘ませるつもりはない」

「……っはは、了解」

「了解しました」


(……とんでもないことになったなぁ)


 ひしひしと感じる相手の強大さに白ローブの青年は身震いしながら深く被ったフードの下で苦笑した。



***



 クリスティーナ達は早朝に宿を出てフォルトゥナ首都部へ向かっていた。

 目的は魔導師探しと物資調達である。


 旅を始めてから森での生活にも慣れ始めていたが、街の中の移動は襲撃の心配もない分落ち着けるのが魅力的だとクリスティーナは感じていた。

 麗らかな日差しを受ける街道を普段よりも緩やかな速度で馬車が進んでいく。馬車の揺れも心地よさを感じる程度のものだ。


 それに加えて今日が暖かく過ごしやすい気候だということがクリスティーナを眠りへ誘おうとしていた。

 小さく欠伸をすると、その様子を見ていたリオの笑う気配を向かいから感じる。


「少しお休みになられますか?」

「……いいわ。どの道そろそろ着くのでしょう? 宿でゆっくりするわ」

「そうですか」


 睡魔を誤魔化すようにクリスティーナは軽い魔法で花を模した氷を足元にいくつか咲かせてみせる。

 その精密さや見栄えの良さ、魔法に詠唱を使わない様にリオが感嘆の息を漏らして拍手をした。


「流石、魔法の扱いに長けていらっしゃいますね」

「……このくらいで褒められても嬉しくはないわ」

「お嬢様は自身に設けている目標が高すぎるのですよ。魔法学院でも十分に評価される才をお持ちでした」

「けれど、お姉様は全ての属性が使えるもの」


 自虐ではない。周りに自分より優れている人物が多かったという客観的な目線からの話だ。それに、無詠唱魔法は術者が優れている証と称されるが、クリスティーナが詠唱を必要としない魔法は簡易的且つ実用的ではない些細なもののみである。

 自身の才が役に立つような代物でない以上不必要に褒め称えられるのは居心地が悪かった。


 困らせたいわけではなかったのだが、クリスティーナの一言はリオを困らせるには十分だったらしい。彼は眉を下げて苦笑すると黙ってしまった。


 彼が世辞を述べているとは思っていない。ただ、自分より優れている人間を共に見てきた存在だからこそ彼の賞賛を心から喜ぶことが出来ない。他の家族のように突出しているわけではないことに後ろめたさを感じてしまう。


(……何故私なのかしら)


 秀でている者は身近に何人もいたのに、聖女などという面倒極まりない役回りだけが自分について回る。

 理不尽だと愚痴を零したくなってしまう。


 自分の置かれている状況でも心の内で呪ってやろうかと聖女にふさわしくないような邪なことを考え始めていた頃。突如馬車が停車した。

 荷台から見える景色から予測するに、首都部へ到着したわけではなさそうだ。

 更に何事かと身構えるリオとクリスティーナの耳にエリアスが何者かと言い争うような声が届く。


「ちょっと、急に何ですか……!」

「無遠慮にすまない。私はオーケアヌス魔法学院直属一級魔導師のアレットと言う。荷台の確認をさせていただいてもいいだろうか」

「学院の魔導師……!? って、いやいや待って。せめてオタクんとこの連れの殺気しまってから交渉に来てくれませんか? 流石にその状態ではい分かりましたって頷くのは無理がありますよ」


 エリアスと女性の会話に耳を傾けながらクリスティーナとリオは目線を交わらす。

 魔法学院に喧嘩を売った覚えは勿論ない。目を付けられるような覚えもない訳だが相手の様子を窺うところ、どうやら学院側にとってはそうでもないようだ。


「そうか、これは失礼した。しかしこちらも引けない状況でな……否と言われても強行せざる得ないんだ。やれ」

「クリスティーナ様、失礼します」


 敵意を感じ取ったリオがクリスティーナを抱き上げて荷台を飛び降りる。同時にエリアスの者ではない悲鳴が複数御者台の方から上がった。

 視界が開け、自身の置かれた状況が先よりも明確になる。


 馬車の前方で取り囲むように立つローブを身に纏った集団。エリアスは彼らに剣先を向けて既に戦闘を開始しているようで、襲撃を始めた集団の内三名が地面に倒れ伏していた。


「マシな魔力をしていると思ったらこっちも化け物か……! 本当にどうなっているんだ」

「――リオ! そっちに二人いる!!」


 先程エリアスと会話していた声が文句を零す。

 それを半ば遮るようにして発せられたエリアスの忠告にクリスティーナは自身へ迫る危機を悟る。


「……マジ? あの人こっち見てなかったじゃん」


 回り込んでいたのだろう。気が付けば二つの影がクリスティーナとリオを左右から挟み込んでいた。

 内一人――白いローブを身に付けた人物がエリアスの声に苦笑いをしながら杖を構え、臨戦態勢を取った。

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