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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第21話 混沌とした朝

 ぼんやりと月を見上げ、事の顛末を思い出していると案外時間はあっという間に過ぎ去っていたようでリオに促されるようにクリスティーナは馬車の荷台で眠りについた。


 そんな彼女の目を覚まさせたのは、昨晩気絶した後地面で転がされていたエリアスの悲鳴だ。


「うわあああっ!!」


 何事かと飛び起きたクリスティーナは荷台から顔を出す。

 馬車の傍には一晩中見張りをしてくれていたのだろうリオが腰を下ろした体勢で自身の傍らを冷たい目で見据えており、その先には両腕で自身の首を庇いながら跪くエリアスがいる。

 辺りはすっかり明るくなっており、夜更けに比べて視界もはっきりとしていた。


「……何事?」

「わかりません。急に叫び出したかと思ったらこんな感じです」

「お助けを……! 首だけは! 首だけは……! ……あれっ」


 どうやら寝ぼけていたらしい赤毛の騎士は二方向から注がれる鋭い視線に気付いて顔を上げる。


「……夢?」

「貴方の首は無事だけれど、私の衣服が台無しになったのは現実よ」

「因みに護衛という職務を全うせず半日程度眠っていらっしゃったという重犯もございます」

「ヒ、ヒィ……! 大変申し訳ありません! お許しを!!」


 情けなく額を地面に擦り付けて許しを請うエリアスを見下ろしながら深く息を吐くクリスティーナ。

 反省しているのかしていないのか。彼は謝罪を述べながらも自分の首をしっかり両手で守っている。

 彼のクリスティーナに対する怯えは公爵家全体に広まっていた悪名のせいか、はたまた事前にセシルから脅しまがいの言葉でも掛けられたのか。そのどちらかだろう。


 不必要に態度に出る怯え方は本人を不快にする材料でしかない上に、彼は出立間もない期間で見事に自身の役目を果たせずに主人を見失ったという失態を犯したわけだ。

しかしこれらの件について、クリスティーナは目を瞑ってやることにした。


 まず、誰かに怯えられるという経験が初めてではないこと、悪名の原因となったのは日頃の自身の行いにも問題があったせいであることをクリスティーナは理解していた。


 更に今回クリスティーナとリオがエリアスと逸れてしまったのはクリスティーナが周囲の地形を把握することを怠り、崖から足を滑らせて落下してしまった事が原因だからだ。


 落下した先は随分深い場所であった為、後を追って降りてくればよかったのだと言えるような状況でなかったことをクリスティーナはよく知っている。

 実際、クリスティーナが足を滑らせたときに彼女を庇うように抱き寄せてくれたリオの存在がなければクリスティーナは大怪我を負っていたかもしれない。


 因みにクリスティーナを庇ってもろに地面に身体を打ち付けられたリオは首の骨を折って即死していた。何とも恐ろしい地形である。


「……いいわ。今回は大目に見てあげる。貴方の言い訳を聞くよりも先にすべき話は多くあるもの」

「は、はい! お心遣い感謝します……!」


 嫌味一つ零そうが謝罪か感謝の言葉を返すのみ。相手をしているこちらも気疲れしそうである。

 クリスティーナは一つ息を吐いてから荷台の端に腰を下ろした。


「リオ」

「はい、今後の行動方針についてですね」


 リオは革袋の中から丸められた紙を取り出し、それをクリスティーナに見えるように地面に広げた。


 紙面に広がるのは東大陸全土の地図だ。

 彼が持っている革袋と地図はレディング公爵邸を後にする直前にセシルが寄越した選別であり、革袋には複雑な魔法が掛けられていて見掛けよりも多くの荷物を出し入れできる貴重な代物、東大陸の地図は彼が勧める目的地に赤丸が記されているものである。


「セシル様のお知り合いがいらっしゃるという場所がこちらになるのですが」


 リオは地図に記された赤丸の箇所を指さす。そこは随分広い森林地帯になっている箇所で、地図上で見る限り近くに大きな街もなさそうだ。

 また、この森林地帯は東大陸で特に名の知れた場所。クリスティーナでも知っているような地域だ。


「シムラクルム森林――東大陸最西端に属するポルトゥスという国の国土ですね。国土だけで言えばイニティウム皇国に準ずる国ですが、その殆どをシムラクルムの森が占めていると言われています」

「シムラクルム森林は強力な魔物が潜む外、複雑な地形のせいで派遣された調査隊が何度も行方知らずになっていると聞くわ」

「はい。その為この森林地帯の調査は殆ど進んでいないと言われていますが、幻覚作用の伴う花粉を飛ばすといった、他の地域では見られない特殊な植物が発見されていることは有名ですね」


 地図を眺めながら補足する従者。

 相変わらず仕事ができる男である。


 行方不明となった調査隊の殆どは魔物の襲撃ではなく生態系すら把握できない森の自然の驚異に晒されたのではという説が有力です」


 リオの傍で胡座を掻いていたエリアスは顎に手を置きながら独り言のように呟く。


「シムラクルムに限らず、森ってのは厄介な現象を孕んでることが多い印象だけどなぁ。それでもシムラクルムがそれだけ危険だって言われるのにはそれ相応の理由があるんだろ」

「リンドバーグ卿は皇国騎士団に在籍していた時、遠征にも参加されていたのですよね」

「同盟国とかイニティウムと友好的な国交を築いてるとこには何度か助っ人で行ったことあるな」


 その呼び方はやめてくれと複雑そうに眉根を寄せながらも彼は素直に頷く。


「オレが経験したことあるのはフォルトゥナのミロワールの森とか……あれも幻覚系だったかな」


 イニティウム皇国の騎士はその規模や一人ひとりの武力の高さから自国の治安維持以外の理由で遠征に出ることも珍しくないらしい。友好的な国の治安維持の為に駆り出され、地元の騎士や魔導師と結託して魔物の巣窟を叩くなどはよくあることだとクリスティーナも小耳に挟んだことがある。


 エリアスが指をさしたのはイニティウム皇国から見ていくつかの国を挟んだ西南に位置する国、フォルトゥナ。

 国土は東大陸の中でも小さい方だがここは魔法の研究が盛んであり、クリスティーナが在籍していたファーマメント魔法学院に並ぶ名門の魔法学院が存在する。

 ファーマメント魔法学院が貴族の為の名門校だとすれば、フォルトゥナのオーケアヌス魔法学院は平民の為の名門校といったところだろう。


 貴族の中でも名の知れた者達が集まるファーマメントに比べてオーケアヌスは学費も格段に抑えられる上に奨学生制度など魔法学を究めたい生徒へのサポートが手厚い為、オーケアヌスには平民といった金銭に恵まれない出自の生徒が殆どである。

 それでも名の知れた学院としてトップを争うのは教鞭を執る教師や勉学に熱心な生徒の質の良さによるものであるはずだ。


 フォルトゥナは毎年優秀な魔導師を輩出しており、国内の治安維持も主に国家魔導師が担っているらしい。更に魔法学院が存在することもあり、イニティウム皇国に並んで魔法研究に秀でた国だ。

 エリアスの話に耳を傾けつつリオは少し悩むような素振りを見せる。クリスティーナはそれに目敏く気付き、口を挟んだ。


「リオ、何か気になることがあるのなら言いなさい」

「あ、はい。純粋な戦力について考えていたのですが」

「貴方達では私を守るのに力不足だと?」

「正直な話、否定しきれないというのが現状かと。俺がいれば万が一にもクリスティーナ様に怪我をさせることはないと思いますが……」


 オレは!? とすかさず遮るエリアスの言葉を少し静かにしていてくださいと諫めるリオ。


「セシル様は七人の従者になり得る人物を探すことをお望みでしたよね。あの方の要望に全て答えるべきとは思っていませんが、これに関しては俺も一理あると考えています」


 静かに視線だけを向けてクリスティーナは話の続きを促した。

 その視線を受けたリオが小さく頷く。


「国を救う為とか七人集めるという話ではなく……。クリスティーナ様の身を確実に守る為に戦力を増やすという観点から考えてもとても有力な手だと思います」


 リオもエリアスも前衛メインの戦闘スタイルである以上、多勢の相手には限度があることに加えて、遠距離からの魔法攻撃への対応は苦手という弱点がある。

 一方でクリスティーナは二人に比べて魔法の扱いを得意とするが、そもそも彼女が護衛対象であることを考えると毎度主人自ら戦闘へ首を突っ込むような展開は避けなければならないとリオは考えていた。


「あまり考えたくはない話ですが、例えば俺がお傍に居ない時にお嬢様の身が危険に晒されてしまうことも考えられますから。そういったイレギュラーにも対応できる人材を増やしておくのは悪くはないと思うのですが……いかがでしょうか」

「そうね……早速逸れかけたことを考えると、そこの騎士が想定外の事に対応をしてくれるとは思えないわ」

「うぐぅっ」


 鋭い言葉を受けた騎士は申し開きの一つもできず呻き声を上げる。

 クリスティーナはそれに構わず会話を続けた。


「貴方の意見には概ね賛成だわ。但し、無理に人員を増やす必要はないと思っているの」


 魔族と対立する可能性がある以上、戦力が増えるのは喜ばしいことだ。語り継がれている初代聖女のように七人の従者となり得る人材を探すのも良いだろう。


 しかし急いては事を仕損じる。戦力の拡張にばかり着目すべきではないだろう。

 クリスティーナの言わんとしていることを理解したのだろう。リオが無言で頷いた。


「最低限信用のできる相手でなければ意味がありません。お嬢様の護衛に見合う方がいれば、というのは前提の上探してみるのはどうでしょう」

「問題ないわ。シムラクルムを目指すにしろ、当てのない旅をするにしろ信用できる人材を集められれば心強いことは間違いないもの。……それで、貴方に当てはあるのかしら」


 まさか仲間を探したいという提案をしておきながら無策ということはないだろう。

 クリスティーナに問いかけられて頷いたリオはエリアスへ視線を移した。


「少し考えていることはあります。ただ、その前に……リンドバーグ卿、魔法はどの程度使えますか?」

「ん?」

「魔物襲撃の際に使っていらっしゃったので、魔法での戦闘も可能ではあるのかと思いまして」

「あー、そういう事ね。なら多分期待には応えられないな」


 エリアスは肩を竦め、自身の腰に携えている愛剣を軽く叩く。

 味方の戦力を正確に確認しておくのは重要だ。クリスティーナも二人の会話に耳を傾けた。


「オレが扱う魔法ってのは基礎的なものに加えて剣術に応用が利かせられるものに限定されててさ。っていうのも、上位の魔法は鍛錬が必要になる上に消費魔力が多いだろ。元から剣術一筋且つ魔力が多くなかったオレには不向きなんだ」

「なるほど」

「属性は『火』と『土』。ただ土の方は剣術メインの戦い方に向いてるもんが少ないから殆ど使ってない。あと、戦闘中に魔法が使えるのは精々三回までだ。それ以上は剣筋が乱れる」


 魔力と体力は異なるものでありながらその本質に共通点がある。限界があること、限界を越えると生命に支障を来すことだ。

 魔力を限界まで消費すれば人は強い倦怠感を覚え、度が過ぎる場合は気絶や死亡する危険性も伴うという。エリアスにとって三回という魔法の使用制限は体の不調を招くレベルだということだろう。


(やっぱり魔法的な戦力を求めることは出来ないわね)


 魔導師は一度の戦闘で十回以上、魔法の使用を強いられることもある。少なくとも五発以上は魔法を使用できる魔力を持ち合わせていなければ実戦で活躍することは難しい。


「そうですか。やはりリンドバーグ卿には騎士が一番向いているということですね」

「まーな。そういうお前はどうなんだよ」

「俺ですか……」


 エリアスの問いに遠い目をするリオ。更に深くため息を吐くクリスティーナの様子を見たエリアスが二人の反応に動揺を見せた。


「……えっ、何この空気」

「――ウィンド・ブレイド」


 困惑するエリアスをよそにリオが近くの木に手を翳す。


 更にそれを右から左へ一刀するような素振りをした。……かと思えば、数秒遅れて木の幹に切れ込みが入り、上部がずるりと滑り落ちて地面に倒れ込む。

 轟音を引き起こしたその現象に周囲の小鳥は驚いて飛び去って行く。


 突然のことにエリアスも目を丸くしてその光景を見やることしかできない。


「俺の属性は見ての通り『風』です。精度はなかなか褒められるものらしいのですが如何せん問題があって……」

「……問題って?」


 未だ呆けたままのエリアスは視線を切り倒された木へ注いだまま聞き返す。

 リオは普段と変わらない笑顔を携えて答えた。


「……使う度に死にます」


 答えるや否や彼の口の端から滴る血。

 やがてそれは堪えきれないものになったらしく、彼は大きく咽込み血を吐き出したと思えばその場に倒れ込んだ。


「り、リオォォォッ!?」


 吐血し、倒れ込んだ従者と半泣きになりながらそれを抱き起す騎士。

 混沌とした朝にクリスティーナはこめかみを押さえたのだった。

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