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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
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第二章プロローグ やさしい悪夢

 閑散とした道を裸足で走っている。

 薄い布切れを纏っただけの体が冷えた外気に悲鳴を上げる。しかしそれに構う余裕はなかった。


 転がる石ころで足を切ろうとも、つんのめって地面に両手をつこうとも、必死に走っていた。


 やがて追いついた大人達にしがみ付く。


 助けてくれと、必死に懇願した。

 涙に頬を濡らして、枯れる程声を上げて、地面に額を擦り付けて。惨めに救いを請う。


 けれど震える両手はあっけなく振り解かれた。

 更に相手の拒絶はそれだけに留まることなく。


 大人達はこちらを罵倒し始めた。地面に這いつくばる自分を見下して、嫌悪と嘲笑を以って心無い言葉で怒鳴り散らす。

 彼らはこちらの言葉には一切耳を傾けず、その癖自分の言葉には耳を傾けろと言わんばかりに声を張り上げる。


 大きな足が付き出される。

 泥を掛ける。腹を蹴る。顔を踏みつける。


 下品な嗤いに耐えて、痛みに耐えて、何とか顔を上げる。

 誰かに助けを請おうとして、息を吸い込んで。


 ――そして気付いた。


 暴行の現場を遠巻きに見つめ、通り過ぎる人々の存在に。

 自分は関係ないのだという顔で足を進めながらも、その光景に関心を見出した瞳。

 好奇を纏いながらも冷たく軽蔑的な視線。


 誰も足を止めない。

 まるで道端で細々と開かれる手品のショーをすれ違い様に見ているかのような態度で、最後には目を逸らして去っていく。


 服と呼べる代物を身に付け、凡そ自分には一生縁がないだろう装飾品とやらで着飾った人々。

 生きる為に大した苦労も必要としない有象無象。


 彼らは弱者が辿る運命などに興味を示さない。

 いくら助けを求めても差し伸べられる手はない。


 やがて気が済んだらしい大人達はその場を立ち去った。

 怪我で動かなくなった体を横たわらせ、少年は涙を流す。


 己の無力さに、惨めさに、悔しさに。


「……可哀想」


 ふと、指一本すら動かない少年へ影が差す。

 彼の視界に映ったのは一人の少女。しかしその姿はぼやけていて上手く視認することが出来ない。


「誰の目にも留まらない、可哀想な子」


 柔らかい掌が額を優しく撫でる。

 人の温かさを感じるのは久しぶりだとどこか遠くで思った。


「大丈夫、わたしがあなたを癒してあげる」


 優しく穏やかな声が宥めるように囁く。

 その声と額を撫でる手の動きの優しさに、ろくに眠れていなかった少年の瞼は落ちていく。


「だから、わたしに身を委ねて」


 優しくて、温かくて、いつまでも浸っていたい様な空気。


 ――もう、疲れた。


 何もしなくていいと休むことを許してくれる存在があるのなら、その声に従ってもいいのではないだろうか。

 ただ無償で与えられる心地良さに溺れていく。


 少年は考えることを辞めた。




 弾かれるように体を起こす。

 辺りを見回せば消灯された自室の光景がぼんやりと視界に入る。窓の外はまだ暗い。


 凡その時刻を把握して、青年はため息を吐いた。


(……またか)


 定期的に見る悪夢に彼は頭を悩ませていた。

 滲む汗と乱れる呼吸を落ち着かせながら、目頭を押さえる。


 胸の内に残るのは切なさと温かさ。

 しかし見ていた夢の内容は朧気にしか覚えていない。


 暴行を加えられて、倒れて、その後は?

 自分の記憶に残る夢の光景はどれも嫌悪を覚えるようなものであるのにも関わらず、何故だか満たされた気持ちが残っている。


 しかしその温かな感情の正体は不明だ。

 その温もりに浸ってしまいたいと思う一方で、青年は僅かな不安を覚えていた。


 再び吐き出されたため息は真夜中の闇に溶けて消えた。

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