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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第193話 一斉反撃

「えっ、あの……!」

「固まっていても纏めて狙われるだけよ。散らないと」


 突然腕を引かれたブランシュが驚きに声を漏らす。

 クリスティーナは尤もらしい理由を並べながら出来る限り不自然さを与えぬ様オリヴィエから距離を取った。


 ブランシュに振り返る暇を与えぬ様大きな歩幅とそれなりの速度で距離を取ったクリスティーナは、オリヴィエのいる位置からより離れた道端まで移動を図る。

 その最中、オリヴィエの様子を盗み見れば彼と視線が交わる。


 オリヴィエは小さく頷くと懐から小さな球体の何かを複数取り出す。

 そしてそれを自身の足元へと放り投げた。


 地面にぶつかった球体が控えめな破裂音を伴いながら霧散すると同時、そこから煙が発生する。

 彼の足元から姿を見せたそれは瞬く間に大きく広がり、すぐさまオリヴィエの姿を呑み込んだ。


「――っ、逃げるぞ!」

「待て!」


 エリアスやヴィートが相手をしていた魔導師らが声を飛ばす。

 そしていくつもの魔導師の声に混じり、落ち着いた声がクリスティーナの耳へと届いた。


「先に戻る。後は頼んだ」

「ええ」


 疑問や彼へ問いたい事はいくつかある。だがそれは今でなくとも問題ないだろう。

 故にクリスティーナは不必要に言葉を紡ぐことはせず、短い返事を返すだけに留めた。


 一方のブランシュは破裂音でオリヴィエの立つ方角を振り返るも、広がる煙によって視界を遮られていた。

 風向きによってクリスティーナ達へと近づいた煙幕が目に入り込み、本人の意思とは関係なくその瞼を閉じることを強いられる。


 そしてやっとの思いでブランシュが目を開けた時――。

 薄まった煙の中、立っていたはずのオリヴィエの姿は跡形もなく消えていた。


 ホール以外の周辺の建物はどれもさして背が高いわけではない。

 オリヴィエは広がる煙を利用しながら、魔法で建物の向こう岸へと飛び越えたのだろう。


「えっ、消え……」


(襲撃の狙いは彼にある? とすればやはり取締局を厄介に思う者の企みかしら。……でもそれなら同じく組織に組みする者や協力者である私達も同じ様に狙うはず)


 目を丸くするブランシュの傍らでクリスティーナは目を細める。

 魔導師達の狙いがオリヴィエにある事が明白である反面、同行者への攻撃は牽制や反撃程度の物でしかない。

 もし相手が取締局の存在そのものを忌避する連中であるならば敢えて離れているオリヴィエから狙う必要はないだろう。


 相手の考えていることがわからず、その不可解さにクリスティーナが顔を顰めた時。


 重い呻き声と何者かが倒れる音が道に響いた。

 そちらへ視線を向けたクリスティーナが見たのは先程壁へ追い込まれた剣士が地面へ倒れ伏す姿。そのすぐ傍には拳を握ったまま涼しい顔をしているヘマが立っている。

 どうやら鳩尾に食らわせた彼女の一撃が相手の意識をも奪い去ったようであった。


 更に、他方ではそれぞれ敵と対峙していたエリアスとヴィートが口角を上げ、同時に地面を蹴った。

 煙や消えた標的に気を取られていた魔導師らには大きな隙が生まれていた。

 それにいち早く気付いた彼らはこれが正気と一気に相手との距離を詰める。


 ヴィートの前職は暗殺者。彼は自らの動きによって発生する音を最小限に留める事を得意としていた。

 それに加えて人並外れた俊敏性を持つ彼の脚力。それらが重なれば彼から目を離した者が再びその姿を補足する事は困難を極める。


 故に剣士と二人の魔導師は彼が凄まじい速度で自分達の横をすり抜けたことに気付けなかった。

 乾いた唇を舐め、目を光らせる狩人。


 相手の懐へ潜り込む、近接での攻撃を得意とするヴィートと圧倒的リーチを誇る魔法を扱う魔導師ではヴィートの方が聊か分が悪い。

 なれば先に潰しておく方が先決だろう。


 そう結論付けたヴィートがどちらの魔導師から仕留めようかと一瞬考えを巡らせたその時。二人の内の一人がヴィートの気配に気付いて素早く振り返った。


「お、さっすが。――じゃあきみからね」


 振り返った魔導師が杖を振るう。生成された雷がヴィート目掛けて放たれるが、それは地面へ衝突するとともに霧散した。

 残像を残して移動を図ったヴィートの速度に魔導師の動きは追い付かない。


 焦りを滲ませながら再び彼が杖を振るったその時。彼の項を素早く仕留める手があった。

 瞬間、手刀を受けた魔導師は成す術もなく地面へと倒れ伏す。


「な……っ」


 瞬きする程度の間に味方を仕留められた二人目の魔導師が鋭く息を呑む。

 だが大きく取り乱す事はせず、彼は冷静に杖を振るった。


 相手が隠密や手数に長けていると判断した魔導師はまずその動きを止めるべく自身とヴィートの間に氷の壁を生成する。

 小柄且つ細身である少年に壁を破る程の筋力はない。魔導師のその判断は間違っていなかった。

 成長途中であり、特別筋肉を鍛えている訳でもないヴィートは筋力の面では少々心許なさがある。故に進行方向に障壁を生成されれば足を止めるか遠回りする事を必然的に求められることになる。


 ――それはあくまで目の前に壁がある場合に限るが。


「うんうん、未熟とは言え国が認めただけの事はあるねぇ」


 緊張を感じさせない、無邪気な少年の声。それは魔導師の背後から届いた。


「なっ――」


 総毛立つ感覚、全身の血の気が引いて行く感覚。それらを抱えながらも魔法の行使を試みた魔導師が次に見たのは眼前に迫る地面の姿だった。

 一人目同様、手刀を受けた魔導師は地面へ横たわるや否や意識を手放す。


「さぁて、あと一人」


 無詠唱魔法によって生成された障壁。それが形成されるまでの時間はほんの僅かであった。

 だが、ヴィートはその『ほんの僅か』なタイムラグを超える速度で魔導師との距離を詰めたのだ。

 結果、壁が作られたのはヴィートが移動を開始した直後であった。魔法の発動速度が相手の移動速度に負けた魔導師はヴィートの背後に障壁を作ってしまう形を招いたのだ。


 壁が出来る速度を超えて相手の懐へ潜り込んだ彼は難なく相手の意識を奪い去った後、倒れた相手を見下ろしながら首を鳴らす。

 そして残った剣士へと視線を移したかと思えばその口角を歪な程釣り上げて笑ったのだ。


「遊んでくれるよね? おにーさん」

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