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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』
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第20話 出立

「まあ、実際問題流石にクリスだけで旅に出させるわけにはいかないよ。いくら魔法が使えるとはいえ」


 後頭部を押さえてクリスティーナの足元にしゃがみ込むリオを見下ろしながらセシルが言った。


「その点リオ程心強い味方もそういない……それはクリスもよくわかっているだろう」

「はい」


 リオは不死身という特殊な体質を持つ外、戦闘面においても申し分ない能力を誇る。

 その実力を実際に見たことがあるクリスティーナは彼ほど信頼を置ける実力の持ち主はいないと確信している。それ程に心強い味方だ。


「僕も彼にクリスとの同行を断られたら困るからね。だから僕の面目を保つ為の形だけの解雇って感じかなぁ。リオが何かしらの成果を持ち帰ってくれればこれとも上手い具合にチャラにしてあげよう」

「……この短時間でお兄様の株が大暴落しています」

「意地悪な話をしているのは認めるけど、先に良くないことをしたのはその子だからね?」


 帰宅後もこの従者を傍に付けておく為には兄の望む成果とやらを持ち帰らなければならないようだ。

 どこまでも抜かりがない。自分の思い通りに事を運ぶ為、使える物を何でも使っているような印象だ。


「君は自分自身の身を守る為に、そして僕はこの国の窮地を救う力を得る為に。双方の利害は一致しているだろう?」


 身を隠すという点においても、危機が及んだ時の対抗策として強力な戦力を得るという点においても、旅に出るというのはクリスティーナにとって必要な選択であるだろう。

 そしてそれはセシルの目的ともかち合っている。


 強いて言うのであれば全てがこの気に食わない兄の思い通りに進んでいるということだが、感情面の問題でリスクを高める選択を取る程クリスティーナは愚かではなかった。


「……と。まあ、公爵代理としての話はこのくらいにしておこうか」


 二度の拍子の後、セシルの纏う空気に緩みが生まれる。

 相変わらず笑みを浮かべてはいるが、下げられた眉によってどこか優しく切なげな雰囲気を覚える。そんな顔。


「クリスはまだ十六だからね。ずるい生き方というものを知らないだろう」

「十六は社交界では立派な年頃です、お兄様」

「そうか。それもそうだね」

「でも確かにお兄様程底意地が悪くはない自信があります。今日出来ました」

「あんまり言うとお兄様泣くからね」


 セシルは泣くふりをしながら続けて何か口を開こうとする。

 しかしその言葉を聞くよりも先にクリスティーナ達の背後から砂利を踏む音が響いた。


「来たね」


 セシルが短く呟く。


 腰に剣を携えた騎士はやや足早に歩みを進める。

 淡い月光が照らす赤髪は今やクリスティーナの中の全てが変わったきっかけの象徴。

 見覚えのある赤髪の騎士はクリスティーナの前まで足を進めると姿勢を正し、敬礼した。


 野心に燃える真っ直ぐな瞳、引き結ばれた口が思わせる印象は数日前に見た情けなさも弱々しさも感じられない。決意と使命に満ちた騎士の顔だ。


「エリアス・リンドバーグです。本日よりクリスティーナ様の護衛を賜りました」


 数日前まで生死を彷徨っていたとは思えない程凛とした姿。

 引き込まれる程の強い意志を宿す灰色の瞳に意識を奪われた時、いつの間にかクリスティーナの隣に立っていたセシルが補足を入れる。


「旅路で何が起こるかわからないからね。リオ一人でどうにもならない時が来るかもしれない。だからもう一人手練れを用意したのさ」


 そういうことはせめて事前に説明して欲しいと思うクリスティーナであったが、セシルの無駄に得意げな様子を見たところサプライズという意図があったのだろう。

 相変わらず真意の読めない兄に呆れはするが、護衛の追加は正直ありがたい話だ。


「……クリスティーナ・レディングです。どうぞよろしく」


 数日前と似たようなやり取りを交わし、会釈する。


「本当はもう少し人数を増やしたいところなのだけれど……如何せん君の正体は最重要機密だ。どこで情報が漏れるかわからない以上容易に開示できなくてね。数の代わりに腕利きの人材を用意した」


 エリアスの実力の上限をクリスティーナは知らないが、少なくとも一人対複数戦闘においても結果を齎すほどの実力者であることは魔物の襲撃時点で把握済みだ。


「ありがとうございます、お兄様」

「流石にこのくらいはしないと。兄の面目が既に面影を見せていないからね……」

「そうですね」

「支度をしますね、クリスティーナ様」


 自虐に対し冷たくあしらうクリスティーナと、一切無視をして荷物を馬車へ積み込むリオ。

 全く相手をして貰えないセシルは標的をエリアスへ変えたようだ。


「リンドバーグ卿! どう思う? 妹も友も僕に対してすごく冷たいんだ……」

「え!? あ、あー……そうなんスね…………」


 話しかけられたエリアスはびくりと肩を震わせたかと思えば両目を斜め四十五度程度逸らすという逆に器用な視線の動かし方を披露した。

 おまけに冷や汗まで掻いている彼は先程までの気迫は何だったのかという程情けない顔をしている。


 どこからどう見てもセシルに対して怯えている。恐らくはクリスティーナやリオと同じようなセシルの被害者だろう。


(一体何をしたの、お兄様……)


 先程の気迫はどこへやら。

 子犬のように縮こまる彼の様子に、クリスティーナは兄へ対する猜疑心を深めていた。




「さて、そろそろ日付が変わりそうだ。まだ街は賑わっているだろうからね、それに乗じて移動してしまえばいい」


 馬車の扱いの経験があるというエリアスが馬の様子を見ている間にクリスティーナはセシルと別れを済ませる。

 時刻は日付の変わる十分ほど前だ。

 クリスティーナ頷いて馬車の荷台に向かう。


「色々言いはしたけれど、何だかんだ言って君はまだ未熟だ」

「……別れ際に説教ですか?」


 荷台へ乗り込む姿を見送るために馬車へ近づいたセシル。

 クリスティーナが怪訝そうな顔で聞き返すとそうじゃないと苦笑を返された。


「これは助言だよ。いいかい、何も与えられた選択肢だけが全てではない。どれだけ何かを強いられようとも最後に決めるのは自分自身でしかないからね」

「私に選択を強いたのは一体どなただったのでしょう」

「この様子はもう一生根に持たれる気がするね……」


 用意されたのは商人用の安物の馬車。日頃使っている煌びやかな装飾の目立つ物とは違い、乗り込むのは荷台だ。

 先にリオが乗り込み、手を差し出してクリスティーナの乗車を手助けする。

 主人が乗り込んで腰を下ろしたところで、リオがエリアスに合図を送った。


 セシルは数歩下がって旅立ちを見送る。


「折角だから、堅苦しいことばかり考えるのではなく気楽に世界を見てくるといい。そうして自分の思う正しさを見つけなさい」


 誰のせいでプレッシャーに塗れた旅路に就いたのかとまた皮肉でも言いたくなるが、残念なことにその言葉が耳に届いたのは馬車が緩やかに動き出した後だ。

 流石にこれ以上臍を曲げた態度で別れるのはやめておこうと思い直したクリスティーナは黙って遠ざかるセシルの姿を眺めていた。


 遠くから聞こえる祭りの喧騒に耳を傾けながらクリスティーナは暫く後方の景色を眺める。

 馬車は祭りの喧騒から離れるように人気のない道を駆け抜けていく。


 怒涛の七日間を思い起こして呆けていた意識を現実へ引き戻したのは突如明るくなった夜空と鼓膜を揺さぶる破裂音。

 街で上がった花火に驚いて瞬き繰りを返す彼女の隣では、リオもまた空を見上げている。


 空を見上げたままこれからの事をあれこれ考えようとしてはみたものの、花火の大きな音が思考を遮るかのように響く為に結局クリスティーナはそれ以上考えることをやめた。


 どのみち時間は有り余る程あるのだ。

 明日からのことはまた落ち着いて考えればいい。


 その日、建国を祝う空気の中。

 遠くで弾ける花火と、少し欠けた月に見送られて一つの馬車が都心を去った。

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