表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
199/921

第191話 闘争と共闘

 距離を詰められた剣士はヘマの繰り出す鉄拳を避けるべく身を翻す。

 突き出された拳は空を切り、そこへ出来た隙を狙う様に剣士がヘマの脇腹へと剣を走らせた。


「殺す気か? 加減を知らない奴め」


 だがヘマは一切の動揺を滲ませない。ただ淡々とした口調で彼女が小言を零した次の瞬間。

 ヘマは瞬時に身を屈めた。這いつくばる様な姿勢を取ったその頭上を剣が通過する。次に隙が生まれたのは剣士だった。


 空いた懐。そこへ素早く放たれた蹴りが潜り込む。

 手を地面に付けたまま下半身大きく回転させたヘマの足は剣士の脇を叩きつける。

 強く食い込んだ彼女の足は骨を軋ませながら剣士の体を弾き飛ばした。その力は一般女性は疎か、体を鍛え抜いた男冒険者をも凌ぐ物である。


 剣士は道の脇へと転がり、建物の壁に激突する。だが圧倒的優位な立ち位置であろうと、呻き声を上げながら蹲った相手に追撃の機会を与えぬ様、その動きを封じるべく彼女は動き出す。


 地面を凹ませる程の負荷を両脚へ加えた彼女は獲物を狩る獣の様に身を屈めたまま走り出す。

 そして剣士との距離を急速に詰めるヘマの後方ではエリアスが魔導師二人への牽制を続けていた。


 ヘマへ向けて氷魔法や土魔法を行使すればそれは全て彼の剣によって塞がれる。

 降り注ぐ氷も地面から突き出す土塊もその全てが砕かれ、瞬く間に破片と化す。


 宙を舞う破片の中彼は地面を蹴り上げ、魔導師へ向かって駆けだす。相手の接近に気付いた魔導師は杖を掲げ、無詠唱の魔法を行使する。

 接近を拒絶する為の一手と見たエリアスは自身へ迫る脅威を警戒し剣を前に構えた。


 だが、刹那に彼が感じたのは小さな違和感だ。

 魔法を行使するその瞬間、魔導師達の視線はエリアスではないどこかへと向けられる。

 迫る敵を前に目を離す行い。それはエリアスへの攻撃や妨害を目的としていない事実に他ならない。


 では彼らの狙いは何か。真っ先に浮かぶのは剣士へと向かうヘマの背中だ。

 瞬時に回転させた頭が瞬きをする程の間に状況を分析していく。


(――いや、違う)


 だが理性が結論を出すより先、彼の本能が脳裏を過る憶測を否定した。

 感じ取ったのは己の背後へ向かう脅威。


 無詠唱魔法が発現するに於いて、その前兆は殆ど感じ取ることが出来ない。だが彼は直感という本能で危険の向かう方角を嗅ぎ分け、踵を返そうと試みる。


 本来感じ取る物などないはずの『前兆』。理論的な説明を不可能とした直感は例え脳裏を過ったとしても即座に信じる事は難しい程に不確かで不安定な物だ。

 だが彼は元より感覚的に剣を磨き続けた天才型。培い、磨き続けた戦士としての感覚を疑う事はない。冷静さを欠いてはならない戦場で、彼が考える事を放棄することはない。だが同時に、己の直感こそが最大の武器であることを無意識的に理解しているのだ。


 考えた末、結論が出なかった時に即座に思考を切り替える能力を彼は備え持っていた。


 方向転換を図った彼は地面に足を付き、摩擦を起こす。

 靴底が引きずられる音を伴いながら前進する勢いを力づくで止めた彼はすぐさま振り返り、再び地面を蹴りつける。


 彼が向かう先はクリスティーナ達のいる場所だ。

 エリアスは三人へと距離を詰めながら剣を振りかざした。


 瞬間、彼が背を向けた魔導師達の杖先から氷の矢が複数放たれる。

 凄まじい速度を以て一点へ向かって宙を走り、それはエリアスの脇をすり抜け――。


 刹那、全てが砕け散った。

 脅威は目標へ辿り着く前に素早く且つ的確に動く刃によって斬りつけられる。

 先程と全く同じ光景。違う事と言えばエリアスが魔導師らを一切見てはいなかったという事だけ。


 後ろから近づく魔法の存在、速度、その数全てを、視線を向ける事無く把握する。

 彼は魔導師らの企みが全てわかっているとでも言うように一度も振り返らず三人の元へと駆けつけた。

 それと同時に更なる追撃が四人へと迫る。


 魔導師から放たれる氷の矢、眩い稲光、鎌風。そして四人の頭上を覆う氷の槍。

 エリアスは身を翻し、その全てと向き合う様に身構える。

 そこへ落ち着き払った声が背中越しに掛かる。


「前へ集中しなさい。他は私一人で充分よ」

「はい」


 指示を出したのはクリスティーナだ。エリアスは前へ集中したまま静かに言葉を返した。

 正面と上空同時に攻寄る攻撃から複数人を庇うのは熟練の剣士であろうとも骨が折れる。それはエリアスとて同じであった。


 更にここへ至るまでの旅路で見て来た主人の魔法の技量を彼は目の当たりにしている。魔法適性こそ限られてはいるが、窮地に落ちた時の判断力や行使する魔法の精度が優れている事をエリアス走っている。

 であるならば無理に全てを切り伏せる事を試みるよりも一転に集中をした方が動きの精度も上がる。


 そう結論付け、主人の判断に従う事を決めた騎士の聞き分けの良い返事を聞き届けてからクリスティーナは素早く上空へ両手を伸ばす。


「アイス・シールド」


 詠唱の直後、四人の頭上へ展開されるのは半透明の氷の膜。それが形成されると同時、氷の天井へと槍の雨が降り注いだ。

 氷同士のぶつかり合う音がその場に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ