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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第188話 寒がりな怪盗

「ほら、そろそろ帰るわよ」

「やだー!」


 辺りを見まわし続ける赤髪を二つのおさげに結った少女。傍にいた女性が再び彼女へ声を掛ける。だが少女は首を横に振り、頑なにその場を動こうとはしない。


「こんにちは。何か探し物?」

「こ、こんにちは」


 そこへ、二人へ近づいたヴィートが話し掛け、その後ろに控える形でブランシュもぎこちない挨拶を告げる。クリスティーナも二人に続く形で小さく会釈をした。

 ヴィートは女性に人当たりの良い笑顔を見せると少女の前へしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。


「うん。えっとね、人を探してるの。これをあげたくて」


 少女は突然声を掛けられたことに目を丸くするも、頷きを返すと自身が持っていたマフラーを掲げる。

 それは不格好な形をしており、長さも中途半端だ。しかしどこか人の手で作られた温もりを感じさせるその作品は少女の手作りなのだろう。


「わ、プレゼントかな? ステキだね」

「でしょ。あたしが作ったの」

「こら、キトリー。夕方まで探してダメだったら諦めるって約束したでしょう」


 得意げに胸を張る少女キトリーを女性が窘める。

 キトリーの笑顔はその言葉によって見る見るうちに曇っていく。


「だって……だって、まだ会えてないもん」

「きっと忙しいのよ。あの日会えたのだって奇跡の様な物なのよ。諦めましょ?」

「でもっ、でもぉ……っ」


 キトリーは涙を浮かべ、地団太を踏む。

 程なくして彼女はしゃくりあげながら泣き出してしまった。


「わぁ。泣いちゃった」

「ごめんなさい。お気遣いありがとうね」

「ううん。人探しなら手伝えるかもだけど、大丈夫?」


 涙を零すキトリーの頭をなでながら女性が困ったようにクリスティーナ達へと笑いかける。

 ヴィートが手助けを提案するも、彼女は苦笑したまま首を横に振った。


「いいのよ。元々会おうとして会えるとも思ってなかったもの。ただ、実際に探してからの方がこの子も諦めがつくと思って」

「ふぅん……? その言い方だと知り合いではないって事?」

「ええ」


 女性は目を細め、ホールの出入り口の方角を見つめる。


「少し前にあそこで開催されたオークションの見学に行ったことがあるのだけれど。その時にこの子とはぐれてしまって。大勢の人に巻き込まれて転んでしまったこの子を助けてくれた方がいたの」


 クリスティーナはある光景を思い出す。ホール内で転倒した幼い少女、そして彼女へ手を差し出した男の姿――。

 ふと思い至った事を確認するように、クリスティーナはキトリーを見つめる。彼女はクリスティーナ達がホールへ訪れた日、オリヴィエに助けられていた少女と同じ容姿をしていた。


「帽子を深く被っていたから顔はよく見えなかったのだけれど、その服装や髪色がその日商品を盗んでいった怪盗ととても良く似ていたものだから、この子はその怪盗が助けてくれたのだと思うようになって」


 ホール内に客として潜伏していたオリヴィエも、怪盗として舞台上に立った彼もその姿を消す瞬間まで髪色を金色に偽っていた。恐らくはその日の彼が偽装した特徴が『遊翼の怪盗』の本来の容姿であると想定した上で彼の姿を探していたのだろう。


「その方とかの怪盗さんが同一人物だったのかは私にもわからないけれど、キトリーがそうだと信じているの。けれど、未だ足取りの追えない怪盗には会おうとして会えるものでもないでしょう? もう一度彼に会いたいと願うのはあまりにも不毛だわ」

「あー、なるほどぉ」


 『遊翼の怪盗』は古代魔導具を回収する際の持ち主や警備の陽動役であるとディオンは言った。故にオリヴィエが『遊翼の怪盗』と為るのはその必要性に駆られた仕事の時のみであり、他でその姿を見せることはないだろう。

 無暗やたらに『遊翼の怪盗』としての姿を見せることは大きなリスクとなり得るし、下手に注目を集めることになる。

 故に『遊翼の怪盗』に会いたいという少女の願い一つの為にオリヴィエが動くことはない。キトリーの願いが叶うことはないだろう。


 だがそれではキトリーは納得できないらしい。未だ涙を止めない彼女の様子を見つめながら女性や一行がどうにか納得させられる選択はない物かと頭を悩ませた時。


「……なら、貴方の代わりに私達が届けるのはどう?」


 クリスティーナから出たのはそんな言葉だった。ヴィートが驚いた様に声のした方を見やって何か言い掛け、ブランシュは目を丸くする。それを他所にクリスティーナは提案を続けた。


「私、その怪盗さんとちょっとした知り合いなの」

「ええっ!? 怪盗さん、どこにいるの?」

「それはわからないわ。彼は秘密が多い人だから、いつも急に現れるの。でもまた会う約束をしているから、貴女がお礼を言いたがっていた事も伝えられると思う」

「……本当?」

「ええ」


 キトリーは俯き、暫し悩む様に黙り込む。

 自分で礼を告げ、贈り物を与えたいというのが本心だろう。だがそれがどうしても叶わないと知った彼女はどうすれば少しでも良い結果を生むことが出来るかを自分なりに考えているようであった。


 やがて、キトリーは意を決したように顔をあげると持っていたマフラーをおずおずとクリスティーナへ差し出した。


「じゃあ……お願い、お姉ちゃん」

「ええ」


 キトリーは結論を出したものの、贈り物を手放すことに名残惜しさを感じているらしく不安げな表情をしている。だが駄々を捏ねる事は止めたらしく、マフラーを手放すころには随分と落ち着きを取り戻していた。


「あのね、あたしキトリーって言うの。キトリー・エモニエ」


 目元を濡らした涙を袖で拭いながらキトリーが言う。

 それに頷きを返し、クリスティーナは慣れない作り笑いを浮かべる。


「伝えておくわね」

「……うん、お願い。怪盗さん、きっと寒がりだから。忘れないで渡してね」

「寒がり?」

「うん」


 突然降った話題に意表を突かれ、クリスティーナは目を丸くする。

 キトリーの言葉を思わず聞き返せば、彼女は首を縦に振った。


「怪盗さんね、転んだあたしの手を引いてくれた時、震えてたの。きっと寒かったんだと思うわ」


 クリスティーナはホールでキトリーに手を差し伸べた時のオリヴィエの姿を思い返す。しかし彼の堂々とした振る舞いは思い出してみた所で到底震えていたようには思えない物である。

 恐らくは実際に触れていたキトリーだからこそ気付いた事なのだろう。


「だから、風邪を引かないように温かくしてねって伝えて欲しいの」

「……ええ、わかったわ」

「ありがとう」


 意外な話題に気を取られて一瞬呆けてしまうが、クリスティーナはすぐに我に返って頷きを返す。

 そして相手が承諾した事を己の目でしっかりと確認したキトリーはクリスティーナに頭を下げると、女性の服の袖を小さく引いた。


「帰ろ、ママ」

「……ええ」

「また来てもいい?」

「……そうね、会えるかはわからないけど」

「うん」


 落ち込んだ様子を見せながらも落としどころを見つけた少女は速足で道を歩いていく。それを見送り、追いかけようと一歩足を踏み出した女性はそこでふと三人へ振り返った。


「ありがとうございます」

「いいえ。……これ、返したほうがいいかしら」

「いえ、もしよければそのまま受け取ってあげていただけると嬉しいです」


 キトリーや女性へ向けたクリスティーナの言葉。その意図を汲んだ女性は朗らかに笑い、頭を下げた。


「……ありがとうございます。あの子が納得いく様に話を合わせてくれたんですよね」

「ええ。だから本人へ渡す事も勿論出来ないわ。……それでも良いの?」

「私が持っているのが見つかってしまえば余計に落ち込んでしまうでしょうから」

「そう」


 『遊翼の怪盗』と面識があるというのはその場凌ぎの噓であり、実際は何の関係もない。

 ……という体でクリスティーナが進めていた話を女性は上手く察してくれた。


「わかったわ。これは預からせてもらうわね」

「ありがとうございます。……お二人も、気を遣って下さって」

「い、いいえ……!」

「おれはなーんもしてないけどね! 一件落着したならよかったよ」


 女性はヴィートとブランシュにも頭を下げると、キトリーを見失わない内にと足早にその場を立ち去った。

 三人は視線の先、再び涙を流しそうになっているキトリーとそれを優しく慰める女性の姿を静かに見送ったのだった。

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