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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

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第184話 ちっぽけな夢

 返答に迷い、口を閉ざすクリスティーナとエリアスの表情を見たヘマはバツが悪そうに視線を落とした。


「困らせてしまったな」

「……いいえ。元はといえば私の軽率な発言から始まった事でしょう」

「それこそ気に病む必要はない。ちょっとした愚痴をアタシがアンタ達に聞いて欲しかったんだ」


 首を横に振り、彼女はクリスティーナとエリアスを順に見やる。

 そして満足そうに微笑みを見せた。


「勿論これはアタシの主観が混ざった、偏った考えだ。だが……アンタ達ならそれを理解した上でもこんな言葉に耳を傾けてくれるんじゃあと思ったんだ。そしてそれは想像通りだった」


 深々と息が吐かれる。

 ヘマが浮かべる微笑は自身の身の上を語る前よりもどこか清々しい物であった。


「お陰で少しすっきりした。ありがとう」

「……いいえ」

「本当に聞く事しかしてないんだけどなぁ……。オレには難し過ぎてさ」


 クリスティーナはゆっくりと首を横に振る。エリアスはというと、礼を述べられた事が腑に落ちない様で、頭を掻きながら視線を逸らしてしまった。

 自身の話で空気が重くなり、二人が居心地の悪さを感じてしまったことを気にしてか、ヘマは笑みを浮かべたまま眉を下げる。


「……まあ、この国が好きになれないという事は変わりようのない事実だが。ディオンさんに連れられてからは案外悪くない生活を送っているし、今の環境は悪くないと思っているんだ」


 枷もなく、折に閉じ込められている訳でもない。散らかっている空間ではあるが屋根のある暖かな住まいが用意され、新たな仲間に囲まれた環境は孤独を感じる暇を与えない。

 組織の一員として集められた者達は皆訳ありで、その殆どは大罪人だが、大半は仲間に心を開いており、不思議と再び悪事に手を染めるような姿は誰も見せないのだ。


 故郷と同胞を奪った者達への憎しみや恨みが消えることはないが、ヘマは今の職場と仲間たちの存在を存外気に入っていた。


「それに、アタシが仕事で結果を出し、無暗に他者を害す存在ではないという信用を積むことが出来れば、もう一度故郷を見ることもできるだろうとディオンさんは言ってくれた。自分の監視があれば遠出をしても許される様になるだろうと……必ずそうしてやると」


 ヘマは空を仰ぐ。

 どこまでも広がる大きな青は自由の象徴。故郷へも繋がっているであろうその青を見上げながら彼女は眩しそうに目を細めた。


「きっとアタシに完全な自由が戻ることはない。それでもいつか再び故郷を見たい。故郷の地を踏みしめ、故郷の空気を体中で感じたい」


 切なさと諦めの混じった微笑。だが同時に彼女の瞳には期待と強い意志が宿っている。

 矛盾しているような感情を備えながら、彼女は自身の夢を語った。


「散り散りになった同胞が故郷へ戻って来た時、アタシが無事であること、戻ることはできないが案外悪くはない生活を送っているから気にしないでくれと。そして最後に家族の想いを(したた)めた書置きをおいて行くんだ」


 それは彼女が一番に望む事ではない。本音を述べるならば故郷で過去と同じ暮らしを望むことだろう。

 だがそれが許されないと悟った上で、彼女は絶望することはない。ならばせめてと悔いなく新天地で過ごしていく為に見つけた自身の気持ちの落とし所。


「二度とそこで暮らすことが叶わないのならばせめて、自分の納得のいく形で故郷に別れを告げたい……それが今、アタシがこの国に尽くす理由だ」


 仄かな切なさを含んだ小さな夢。彼女はそれが叶う日に思いを馳せながらクリスティーナ達へ振り返った。

 その顔は明るい物であったが、一方でクリスティーナの心は一向に晴れない。


 夢として語るにはあまりに些細な事でありながら、そう語ることしか許されない程の困難が彼女の前に立ち塞がっている。

 理不尽に奪われた自由。家へ帰るという当たり前の事を壮大な夢のように語るヘマの姿はクリスティーナにどこか痛々しさを感じさせた。


「――培った経験や味わった苦楽を完全に理解できるのは本人だけだ」


 そんなのはあんまりではないか。それでいいのかとクリスティーナの頭をいくつもの言葉が過る。

 だがそれらが形となるよりも先、低く冷たい声が彼女の鼓膜を揺らしたのだ。


 声の方を見やれば、オリヴィエが静かにクリスティーナを見ている。

 彼は更に続けた。


「他者の立場を自身と重ねて心情を推し量り、何を思うのも自由だが、それで分かった気になんてなってやるな。――覚えておけ」


 太陽に見守られた街の中は程よく賑わっている。

 だがその中でもオリヴィエの声はやけにクリスティーナの耳に残り続けていた。


「同情なんて言う浅はかな感情は本人だけには向けてくれるな。自身の価値観を易々と他者へ押し付けるな。それは時に大きな侮辱に成り得るぞ」


 クリスティーナの鼓動が一度大きく鳴ったかと思えば急激に速度を増していく。

 鋭く冷たい瞳はクリスティーナの内に秘める考えを見抜いているかのようであった。


 訪れる一時の沈黙。だがいつまでも続くと思われたその重苦しい空気は、離れた場所から投げられた明るい声によって打ち消される。


「おーい、みんなー! お待たせ!」


 声を掛けながら駆け足でクリスティーナ達の元へ近づくのはヴィートだ。

 どうやら聞き込みが終わったらしく、彼の後方、店の出入り口付近ではゆっくりとした足取りで戻ってくるリオとブランシュの姿もあった。


 彼らの存在に気付いたオリヴィエは視線をクリスティーナから外す。

 合流を果たした一行が移動を再開させるまでの間、彼がそれ以上話すこともなければ、クリスティーナと目を合わせることもなかった。

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