第181話 不毛な調査
クリスティーナ達は手分けをして店や通行人に話を聞いて行く。
とは言え民間人の中に古代魔導具について知る者は殆どいない上に、それを触れ回れば取締局と敵対し得る組織の耳に届くリスクが大きい。
古代魔導具の存在は調査とは言えども大々的に出来ない話題だ。
クリスティーナ達が聞いて回れることと言えば最近の街の様子や噂について、そしてエドワールを始めとする失踪者についてだ。
だが、それも目に見えた進展があるとは到底思えない物である。
そもそも街中の人々に話しを聞いて回るだけで暗躍している者の尻尾が掴めるのであれば事がここまで深刻化しているはずはないのだ。
この調査の不毛さに気付いていない訳ではないだろうオリヴィエ、ヴィート、ヘマはしかし、その事について自ら言及する事はなかった。
そして調査に繰り出して数時間が経った頃。
七人は一度合流を果たし、共に街を歩いて行く。
その最中、ヴィートの提案で目についた骨董品店の聞き込みが始まり、ヴィートとブランシュ、リオの三名が店へと入っていく。残りの四名はそれを見せの外で見送り、三人が戻るのを待つこととなった。
三人が扉の先へ姿を消したのを確認してからクリスティーナはオリヴィエとヘマを見やる。
「……この『調査』とやらの目的は何なのかしら」
不毛だとわかり切っている調査を続けるだけの時間的余裕は取締局側に存在しないはずだ。
であるならば調査という名目で街を歩くこの状況には彼らなりの意味があるはずである。
そう思い至ったクリスティーナが、ブランシュが近くにいない今が好機と考え投げた問い。
クリスティーナの問いは二人の中で予測されていた物であったらしい。
互いに顔を見合わせた後、オリヴィエは無言でヘマを顎で指し示し、それに肩を竦めて答えながらヘマが口を開いた。
「アンタの考えている通り、この調査は情報収集を主な目的とはしていない。本気で情報を得たいのならこんな日の当たる場所ではなく影の潜む場所を当たるべきだ」
「僕達がこうしてる間にも別のメンバーによる本格的な捜査が同時並行で行われている。……勿論こんな風に人目には触れない場所でな」
自分達が携わっている調査が意味を成さないという事実をオリヴィエとヘマは認める。
ならば今こうして自分達が街を歩いていることに意味はあるのかとクリスティーナが目を細めれば、彼女の疑問が声になるよりも前にヘマがその解を告げる。
「聞き込みはついでだ。ブランシュ・ラトクリフが『父親の捜査に助力した』と納得できる理由付けであり、且つ危険が及びにくい物をディオンさんがでっち上げただけに過ぎない」
「つまり、この行いはあの子の接待という事ね」
「端的に言えばそうだな。だが他にも理由はある」
クリスティーナの皮肉な物言いにもあっさりと頷きを返したヘマは扉を見やり、三人が戻って来る気配がない事を確認する。
そして視線をそのままに話を続けた。
「彼女に疑念を持っているという話はディオンさんからされただろ。要は彼女の動向を利用している者がいる場合にそいつの正体を特定できるかもしれない」
「例えばあいつを尾行しながら僕達の動きを監視している奴がいた場合、それに気付くことが出来れば好きに泳がせて様子を窺うことも、返り討ちにすることも出来るだろう。僕以外の二人は周囲の人間の動きに対し特に敏感な奴としてボスが選んだんだ」
「……そう」
調査を手伝うとは言ったものの、それ自体がほぼ偽装であり、敵対勢力を炙り出す為の作戦であるとディオンが考えていたのであれば、専門外のクリスティーナがいる事は逆に迷惑であったかもしれない。
過った考えに複雑な思いを抱きながらクリスティーナは頷く。
その時、ヘマが肩を竦めた。
「……ま、結果としてまんまと思い通りに事が運んだって訳だ」
「それって……」
ヘマの言葉の意味を察したクリスティーナは確認する様にエリアスを見やる。
すると彼は困ったように息を吐く。
「いますね。少し前から。ヘマさんとヴィートが気付いていそうだったのに特に動きが見えなかったので触れるべきか悩んでいたんですけど」
尾行する何者かの気配。それを示唆されたクリスティーナは眉根を寄せる。
「アンタ達のもう一人の連れも気付いているんじゃないか」
「でしょうね。その上で離れたのだから、追手が大した脅威ではないと捉えたのね」
クリスティーナはリオの護衛としての能力を誰よりも信頼している。
他の者が気付いている事に気付かず主人の元を離れることなどないだろうという確信。それによって彼女は彼の行いを推察し、断言した。
彼が大丈夫だと判断したのであれば、仮に今、クリスティーナ達を付けている者が襲い掛かって来たとしてもエリアス達が対処できるはずだ。
「随分と信頼しているんだな」
「私に仕えるのなら当たり前の事よ」
信頼という言葉がむず痒く感じ、クリスティーナはヘマの言葉を素直に肯定する事ができない。
それに対する後ろめたさからか、やや気まずい思いを抱いたクリスティーナは話題を逸らすことで居心地の悪さを脱却しようと目論む。
「……この国の国家魔導師というのは、年齢を問わないのね」
「え?」
「違うの? 彼の年はどう見積もっても十五は下るでしょう」
『彼』とクリスティーナが示したのは店の先にいるヴィートだ。
ヘラの容姿は二十代の半ば程度。国家魔導師を名乗っていても違和感はない。だがヴィートは違う。
見た目もその振る舞いも幼い彼が魔法の研鑽を積んでいるというのにはやや違和感を覚えた。
ただの世間話程度に軽い疑問を呟いただけ。しかしクリスティーナのその言葉にヘマは困ったような顔をした。
それを脇で見ていたオリヴィエは小さく肩を竦めるとクリスティーナの問いを根本から否定する様に首を横に振る。
「お前の問いはそもそもの前提が間違っている」
「前提?」
クリスティーナは彼に言葉の真意を問う。
オリヴィエはヘマを見やり、彼女が頷いた事を確認してから再度口を開いた。
「そもそも、こいつらは国家魔導師ではないって事だ」




