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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
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第180話 調査開始

 翌日の昼時。

 少し遅めの起床を果たしたクリスティーナ達は昨晩別れ際にディオンへ伝えられていた合流場所へと向かった。


 向かった先はニュイへ初めて足を踏み入れた時、オリヴィエと別れた十字路であった。

 一行が向かった先にはオリヴィエとヴィートの姿があった。


 ヴィートは出会った時と同じような格好である一方で、オリヴィエは髪と瞳の色など、見た目を随分と変えている。

 赤茶の髪に深緑色の瞳。普段よりもやや明るい肌色は彼のそばかすを上手く隠していた。魔導具と化粧品で変化させたのであろう彼の容姿は一瞬、互いに面識のあるクリスティーナ達の目すらも惑わし、僅かな驚きを齎した。


 更に眼鏡を外している彼は普段に比べて幾分か気難しさが抜け、一層あどけなさを感じさせる風貌をしていた。


「お、やっほー……うわ、あからさまに嫌な顔しないでよー!」


 ヴィートが人懐っこい笑みで手を振るも、リオとエリアスの眉根が寄る。

 怪しむような視線を向けられたヴィートは拗ねる様に口を尖らせた。


「お前、何かしたのか」

「初めましてでうっかり殺気を」

「ああ……」


 恐らくは常習犯なのだろう。すぐに納得したオリヴィエはそれ以上の言及をしない。

 元より人付き合いが良い方ではないクリスティーナやオリヴィエに加え、ヴィートの存在がどうにも落ち着かないらしいリオとエリアスも口を閉ざしているせいでその場の空気はどこか居心地の悪い物となる。


 クリスティーナは周囲を見回すが昨晩の少女の姿はまだない。オリヴィエやヴィートが動かないのは彼女を待っているからなのだろう。

 そう考えながら視線を巡らせていたクリスティーナは、こちらを見ているヴィートの視線にふと気付く。


「……何?」

「え? あー、うん。キレイだなって」


 直接的な褒め言葉にクリスティーナは不意を衝かれ、目を瞬く。

 そこへ二人の間へとリオが割って入り、ヴィートを睨みつける。


「えっ!? おれまた何かこの人を怒らせる様なことした?」

「そいつが過保護なだけだ。お前が一目惚れでもしたとでも思ってるんだろう」

「お嬢様の見目が麗しいことは俺が一番知ってますから」

「お前は子供相手に張り合うのをやめろ」


 怒らせるつもりはなかったと弁明しながらヴィートがオリヴィエへ問いかける。

 オリヴィエは困っているヴィートと年下に鋭い視線を注ぎ続けるリオの様子に肩を竦めつつ、双方へ言葉を掛けた。


 オリヴィエからの説明で漸くリオの行動の意図がわかったらしいヴィートは納得したように手を叩く。


「あ、好きな子だったのかぁ。ごめん!」

「お慕いしているのは事実ですが、安直な言葉で言い表せる類の物ではないという点だけ誤解なき様お願いしますね」

「ん?」

「好きは好きだが、恋とかそういう感情ではないって事だ、多分」


 リオの断りに首を傾げたヴィートが再びオリヴィエを見やる。

 彼は渋々リオの発言を噛み砕いた言い方でヴィートに伝える。容姿から推察できるヴィートの年齢は十三、四くらいだが、繰り広げられるやり取りは更に幼く見えるような物である。


「とにかく、口説いてたつもりはなくってさ、ただ、その子の目が綺麗だなぁって思ったからそう呟いただけだよ。一目惚れとかそういうのではないから!」

「……そうですか」


 ヴィートが必死に弁明をすれば漸くリオの気が済んだらしく、彼はクリスティーナの隣へと下がった。


「うん。なんて言えばいいのかなー。純粋で、きらきらしてて、強い思いを感じるような? 今目が合って、おれの事を真っ直ぐ見てくれたでしょ。だから余計にきらきらしてるのが良く分かってさ」

「……まあ、お嬢様が美しいことは事実ですからね」

「え? ちょっろ……」


 クリスティーナの見目を心から褒めるヴィートの声に耳を傾けている内に、気付けばリオの警戒心が随分と緩んでいた。

 満足そうに微笑むリオの横顔を盗み見たエリアスが思わず小さく呟く。


「恋慕じゃないとわかった途端の変わり身が早すぎないか」

「薄々思ってたけどお前、クリス様が絡むと急に頭悪くなるよな……」

「聞こえてますからね」


 更にオリヴィエまで加わり、やや軽蔑的な視線が二つリオへ向けられる。

 そこへ一切二人に見向きもしていなかったリオが微笑を浮かべたまま鋭く言い返す。

 その言葉の圧に驚いたエリアスとオリヴィエは素早く背筋を伸ばし、口を閉ざした。


 しかし五人の間に生まれた不思議な空気もすぐに切り替わる。

 リオ、エリアス、ヴィートが同時に同じ方角を見やり、クリスティーナとオリヴィエがやや遅れてそちらを向く。


 クリスティーナ達が向いた方角。やや離れた場所から五人の元へと歩みを進める姿が二つあった。

 ヘマと件の少女だ。


「お、やっと来た!」


 ヴィートが手を振り、それに応えるように少女が頭を下げる。

 そして五人の元へ二人が合流すると、少女はワンピースの裾を持ち上げて再び頭を下げた。


「遅くなってしまい申し訳ありません。この度は調査への同行をお許しくださり、ありがとうございます。私はブランシュ・ジラルデと言います」

「許した覚えはないけどな」


 丁寧な自己紹介に対しあまりにも辛辣な答えを返したのはオリヴィエだ。

 彼の冷たい態度にブランシュが頭を下げたまま小さく肩を震わせる。


 早速空気が凍り付き、今日はこの調子がずっと続くのかとクリスティーナが先を思いやった時。


「あー、まぁたいらない事ばっか言う。だから嫌われるんだよなぁ。ブランさん、こいつは気にしなくていいよ。いつものことだから」


 ヴィートの間延びする様な口調がその空気を緩めた。

 彼はオリヴィエを指さしてけらけらと笑うとブランシュへと握手を求める。


 突然の愛称呼びに戸惑いながらも彼女がそれに応じれば彼は手を握ったまま大きく上下に腕を振るう。


「やめてやれ。困ってるだろ」

「あ、ごめん!」


 それを止めたのはヘマだ。彼女はヴィートの手首を掴んでその動きを制止させた。

 されるがまま、がくがくと肩を揺らして困惑するブランシュを助ける為だろう。

 ヘマからの忠告を受けたヴィートは素直に謝ると再びブランシュへと笑い掛けた。


「とにかく、仲良くしてくれると嬉しいなぁ。ね?」

「……っ! あ、ありがとうございます……」


 緊張し、強張っていたブランシュの表情はヴィートの明るい声掛けによって緩み始めていた。

 ぎこちなさを残しつつも小さく微笑んだ彼女の様子を見たヴィートは満足そうに頷くと己の名前をブランシュへと告げる。


 それに続くように他の者も短い自己紹介をするが、オリヴィエだけは素っ気ない態度を貫いていた為、最後にヘマが仕方なしに彼の偽名をブランシュへと教えてやる。


 互いに名乗った所で漸く調査へ繰り出すこととなった一行は、伸びる魔の手の存在を包み隠した街の中、何も知らないふりをしながら歩き出したのだった。

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