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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

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第178話 一時の別れ

 オリヴィエを見送った後、ディオンが深々と息を吐く。


「ったく、あいつは……」


 ディオンは髪を乱暴に掻き上げてから残った四人を見やる。

 そしてその場の雰囲気を切り替える様に二度手を打った。


「さて、お嬢ちゃん達の方に他に質問がなければこの場は一旦お開きにしようかと思うが、どうかい?」


 クリスティーナはリオとエリアス、ジルベールの顔を見やる。

 彼らは誰もが首を縦に振り、これ以上聞きたいことはないという意志を伝える。

 それを確認してからクリスティーナ自身も大丈夫だと告げる為、ディオンへと向き直った。


 だがそうして口を開きかけたその時。クリスティーナはふと過った疑問に、出掛かった言葉を止めた。

 同時に彼女の中に生まれた推測。それは背筋を急激に冷やしていくような、嫌な予感であった。


「……一つ、聞きたいのだけれど」

「何だい」


 クリスティーナは唾を飲み込む。

 そして深く息を吐き、気持ちを落ち着かせてから言葉の続きを述べる。


「貴方、『生物から成る古代魔導具』について説明する時、胸糞が悪いと言ったでしょう。その、生物を基に造られた物というのは……」


 クリスティーナは生まれた疑問や憶測、そしてそれに絡まる自身の感情らが複雑に絡まり合い、己の考えを上手く言葉にすることが出来ない。


 『生物から成る』、『知性を持つ』、『生物と同じ働きを持つ』これらの説明から、オリオール邸に存在する古代魔導具が凡そ倫理を無視して造られた――恐らくは超越した技術を以て生命を軽視した製造方法から生まれた物であるという想像は出来る。


 そしてその古代魔導具は他者の『精神』を利用し、動揺させ、陥れるという工程を自力で導き出せるほどの知性を持っている。つまり必然的に古代魔導具の大本となっているのはそれ以上の知性を持ち合わせていた生物という事になる。


 この世界の生物の殆どは生存本能に従い、衝動的に餌を求める。威嚇等他の生物の動きを抑制する事はあるが、それも恐れという殆どの生物の生存本能に帰属するだろう比較的単純な感情の利用に過ぎない。


 『妄執』等という複雑な感情を理解している生物がいるものだろうか。

 人類の精神や感情の仕組みを理解し、それを利用した攻撃手段に意図的に組み込むことの出来る生物が一体どれだけいるというのだろう。


 そんな疑問から導かれた推測を口にすることをクリスティーナは躊躇った。


 だがその顔色からクリスティーナが言い淀んでいる事に察しが付いたのだろう。

 ディオンは苦々しく笑った。


「気付かないのならそのままが良いだろうと敢えて伏せていたんだが。……全く、頭の回るお嬢ちゃんだ」


 困った様に浮かべられた笑みこそが答えと言ってもいいだろう。クリスティーナはその表情で全てを悟ってしまう。

 他の三人も遅れて何かを悟った様に押し黙る中、ディオンだけが静かに話を続けた。


「簡単な話だ。人の傷付け方を一番理解しているのは人だろ? 人を傷付ける為の兵器を作る。その兵器に頭脳を組み込みたい。そう思うならば真っ先に浮かぶ一番都合の良い方法は――」

「――人間。そういう事なのね……」


 眩暈がした。

 他国同士の衝突などは耳にすれど、昔の言い伝えに比べれば随分平穏な世の中。その更に治世の安定した大国で生きて来たクリスティーナには到底考えられない様な非人道的行為だ。


「ま、開発者が人なのか魔王軍なのかは定かではないが、今回の魔導具は対人用兵器って事だ。宝石の姿をしてたって事だが、人を植物化する魔法があったくらいだ。人間の体や脳を別の物へ変換する方法位いくらでも……っと、すまねぇな。大丈夫かい」

「ええ……」


 衝撃的な現実を突きつけられ、顔を青くするクリスティーナに気付いたのだろう。彼女を気遣う声が掛けられる。

 それに何とか頷きながらも、それ以上何かを話すことが出来ずにいると、ディオンがバツの悪そうな顔になる。


「とにかく、もう明け方も良いとこだ。お前さん達も戻って休むと良い」


 宥めるような声に促される様にして、クリスティーナ達は解散を促される。

 それに素直に従い、ディオンの見送りを受けながら一行は拠点を後にすることとなった。



***



 心身共に募る疲労。今日一日だけであまりにも多くの事を見聞きしたクリスティーナの足取りは重かった。

 宿が目前となるまで一行は言葉を交える事無く歩いていたが、やがて建物が近づくとジルベールが足を止める。


「今日もありがとうございました。……皆様は明日の調査にご同行されるのですよね」

「……ええ」


 彼は頭を下げて礼を述べた後、心配する様に三人を見やる。


 拠点を立ち去る際、クリスティーナ達は見送りのディオンと今後について話し合っていた。

 ディオンとしては十分に貢献してくれた事、元から臨時の人手として依頼していた事などから情報を秘匿してくれるのであればオリオール邸の古代魔導具関連についてこれ以上の介入はしなくても構わないとの事だった。


 それに加え、古代魔導具の処理へ本格的に乗り出そうとしている今、首を突っ込めば今日以上の危険が訪れる可能性も告げられたのだが、結局クリスティーナ達は協力関係の継続を申し出たのだった。


 危険を承知の上で協力関係を続けた理由。


 一つは古代魔導具について耳にし、その影響がどれだけの物となるかわからない以上、クリスティーナ達もまた他人事ではいられないという事実があったから。

 本館と敷地の端に位置する倉庫の距離は決して短くない。古代魔導具の魔法の効果範囲がそれ以上だと仮定するのであれば現時点で効果範囲はオリオール邸の外まで含まれている可能性が高い。

 もし古代魔導具が今以上に活発にエネルギーを求める様になれば外部の者をも巻き込む可能性があり、もしそうなった場合、街全体が混乱状態となることは目に見えている。


 いつ街中が巻き込まれるかわからない今の状況はニュイに滞在しているクリスティーナ達も無関係ではない事を指しているのだ。


 また、二つ目にクリスティーナはディオン達の捜査に於いてまだ自身の能力に利用価値があると考えていた。

 いつ何が起こるかわからない不安定な状況の解決。その助力となれる可能性が自分にあるのならリスクを背負ってでも動くべきだという結論にクリスティーナは至ったのだった。


 動こうが動かなかろうが最早何が起きるかわからない。

 ならば少しでも状況が好転する様自分自身でも足掻くべきである。


 そんな考えから返される頷きに、ジルベールは眉を下げて笑う。


「そうですか」


 彼は一つ息を吐くと、自身の胸に手を当てる。


「私は職務の都合でご同行できません。ですがその代わりにシャルロット様からお話を伺おうと思っています」

「話?」

「はい。お体を崩された直前に何があったのか、詳しい話をお伺いすれば何かわかるかもしれませんから」


 古代魔導具の植物化の魔法。その発動条件が接触関連であるならばシャルロットも魔導具に近づいたことがあるはずだ。

 その際に起きた事を詳細に問えば古代魔導具に関する更に詳しい情報を得ることが出来るかもしれない。


「……そう」

「くれぐれもお気をつけて。ジョゼフ様がどう動くかわからない以上、近くにいるジルベール様は危険な立場ですから」

「ご忠告ありがとうございます。皆様もどうかお気をつけて」


 ジルベールは深々と頭を下げる。

 それはただの別れの挨拶というにはとても畏まった一礼だ。


 クリスティーナ達の今までの全ての行いに謝辞を示す様に、彼は暫く頭を下げてからゆっくりと顔を上げる。

 そして淡く微笑むと、彼は一歩後ろへと下がった。


「それではご武運を。互いに情報を得た時にまたお会いしましょう」


 頷きを返す三人。それを視界に捉えてから彼は三人に背を向け、その場から離れた。

 やがて深い夜の闇がその背中を呑み込み、彼は夜の街並みから姿を消した。

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