表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
182/921

第174話 密接な関係

 ――生命の魔力生成能力を利用した魔導具。

 その言葉から感じる嫌な予感と募る不安感。それを彼女が口にするよりも前にディオンの話が続けられる。


「使用者を傍に置かずとも相応の知性と意思を持っているこいつは厄介な代物だ。……だが、こいつにも欠点は存在する」


 ディオンはそういうと自身の胸元を親指で指し示す。


「生きている物である以上魔力生成だけではなく生命の維持の為に必要なエネルギーが発生する。魔力を消費しなくとも熱なんかで立つことすらままならない時に普段通り魔法を扱うことなんて出来ないだろ? 不眠や飢餓なんかの深刻な影響は特に身体の機能を著しく低下させる」


 魔法を扱える者であれば経験したことがある者も少なくはないであろう魔法の不調。体調不良等で体力を酷く消耗している時、例え魔力に余裕があったとしても魔法がろくに発動しないというのは『そういうもの』として人々が漠然と認識している現象であった。


 心当たりのある数名が頷くのを視界に捉え、ディオンもまた頷きを返す。


「食事や睡眠などが疎かになり、生命維持に必要なエネルギーが著しく枯渇している時、生命は本来持っている魔力生成能力の数パーセント程しか発揮できない事もある。それは生物から成る魔導具にも通ずる訳だ」

「自力で魔力を生成出来る機能を求めた魔導具を作ったものの、結局出来上がった物は他のエネルギーの充填を必要とする物であった、ということですね」

「そういうことだ。ま、魔力を充填するよか幾分はコストパフォーマンスが高いんだが、それも結局大した差にはならなかった訳だな」


 丁寧な説明をリオが要約する。

 それに再度首を縦に振ったディオンは他の者達の顔色も窺った上で更に話を展開した。


「また、それに関連した生物から成る魔導具の問題点として、生命維持に必要なエネルギー――ここでは仮に生命エネルギーと呼んでおこう。それと魔力が密接な関係にあるという事が挙げられる」


 生命に関わるエネルギーを消耗している時、魔力に余裕があったとしても魔法が思うように発動できないという認識はこの場の全員にある。

 だが、ディオンの言う『密接な関係』とはそれ以上の意味を指しているらしかった。


「例えば、魔力の使い過ぎで起こる魔力枯渇。これは最悪死に至る物として魔導師の間では危険視されている訳だが、それも生命エネルギーとの密接な関係が絡んでいる」


 一度に多くの魔力を消費したり、体内の残り魔力が僅かとなった時、生命は眩暈や息切れ、動悸、倦怠感等、体力の消耗時と似た症状を覚える。

 その際魔法の精密さも著しく低下するが、それでも魔力を使い続けた場合、もしくは一度に消費する魔力があまりにも過剰であった場合、人は保有魔力が皆無の状態――『魔力枯渇』状態へと陥る。


「生物には体内に保有することのできる魔力の最大量、魔力保有量って物が個々に存在する訳だが。実は保有魔力ちょっきりまで魔力を使い果たして体内の魔力がゼロになったとしても、即座に命を落としたり、魔法が使えなくなる訳ではないんだ。……危険な状態には変わりないがな」


 専門的な体の仕組みや踏み込んだ魔法の知識をクリスティーナ達は持ち合わせていない。

 それはジルベールも同じ様で、四人はディオンの話に目を丸くする。


 更に意外なことに、魔法学院でクリスティーナよりも研鑽を積んでいたはずのオリヴィエまでもが不思議そうな顔をしていた。

 だがそれに対しては「いや、学生ならお前は知ってろよ」というディオンの呆れ混じりの声が挟まった。


 オリヴィエは魔法学院で真面目に勉学に励む学生ではなかったらしい。

 シャルロットの記憶の鱗片を見た時、彼女から見たオリヴィエに関する印象がいくつか共有された為大まかに察してはいた部分だが、クリスティーナはこの場で改めてオリヴィエという青年の人柄が垣間見えたと感じた。


「保有魔力を越えて魔力消費を必要とする魔法の行使をする時、もしくは魔力がゼロの状態で魔法を行使する時。体は魔力を無理矢理捻り出す為に他のエネルギーを魔力へ変換する働きをする」


 悪びれもなく睨み返してくる視線に呆れるようにディオンは肩を竦める。

 だが彼の不真面目さをここで言及したところで余計な時間を取るだけ。身に着けて来なかった物に対してとやかく言っても無駄な言い争いを生むだけだ。彼は物言いたげな顔をしたものの、オリヴィエへ言いかけた小言を喉の奥へと押し込んだ。


「因みに魔力が足りず、魔法が発現しないという現象は、他のエネルギーでも補えない程の魔力消費を行おうとした時に起きる物だな。どれだけ捻りだそうとしても足りないんだから出せる訳がねぇって事だ」


 身体や魔法の仕組みについて詳しく語るディオンはどこかこの手の説明に慣れている様であった。

 下手な教師よりも丁寧且つわかりやすい説明には、普段頭を使うことが得意ではないと話すエリアスも何とか話に付いていくことが出来ていた。


「ただし、他エネルギーで補填出来てしまう場合は別だ。魔力がゼロになった状態でも魔法を捻り出せちまう。その結果起きるのが身体への負荷による機能低下や昏倒、寿命の短縮、挙句の果てに待つのは生命活動の維持すら不可能となる程の生命エネルギーの消費による死亡って訳だ。無理な魔法の行使は言葉通り自身の命を削る」


 魔力枯渇による身体への負荷は様々な症状となって現れる。それはリオが一度使うのが限界である魔法を行使して起きる吐血であったり、ベルフェゴールとの一度目の邂逅で無茶をしたノアの様な鼻からの出血であったりと様々だ。


「そしてこれは逆も言える」

「生命エネルギーが枯渇した際は魔力を変換して補う働きが生物にはある、と」

「ああ」


 ジルベールは神妙な面持ちのまま顎に手を当てる。

 返された頷きを視界に捉えながら、彼は難しい顔付きのまま無言でディオンに話しの続きを促した。


「腹が減ったけど飯が食えねぇ。飯が食えねぇと生きる為の体力が持たねぇ。そういう状態が限界まで達した時は臨時のエネルギーとして魔力を生命エネルギーに補完することで生き長らえようとする。……ま、あくまで応急措置的な物だ。魔力を使い尽くした上で生命エネルギーが尽きた場合にゃ死ぬ訳だが」


 魔力の枯渇が生死を分ける肝になることもある。

 魔力枯渇が命に関わる事であることは知識として知っていたクリスティーナであったが、国屈指の魔法の専門家から繰り返し告げられる事実は魔導師にとってそれだけ重要な事であるのだと暗に示していた。


 ディオンはクリスティーナ達五人を順に見やる。

 特にオリヴィエとジルベールには思うところがあるらしく、より一層鋭い視線が彼らへ向けられたが、オリヴィエはその視線に気付いていないかのように片耳に小指を突っ込んで余所を向く。一方のジルベールはその場凌ぎのぎこちない笑みを浮かべていた。


 彼らの反応に対しディオンは不服そうに首を振った後、話の軌道を修正する為に咳払いを落とす。


「生命エネルギーが足りなければ魔力を減らすしかない。でも魔力が不足してれば消費魔力の少ない魔法しか使えない……。で、それはクリス様達が見つけた古代魔導具にも言えるって訳かぁ」

「ああ。それが生命エネルギーと魔力の関係が密接故の問題点だ」


 エリアスの呟きをディオンは肯定する。

 その後、彼が一つ息を吐けば、自然とその空間には静寂が訪れた。


 どうやら話に一つの区切りがついたらしく、彼は一度大きく伸びをして間を作る。

 そして再び姿勢を戻すと、眉間に皺を寄せ、緊張した面持ちで口を開いた。


「そしてこっからが本題だ。シャルロット嬢と失踪した使用人の間に生まれた植物化の進行速度の不自然な差……。それこそが今回の古代魔導具が生物から成る魔導具である裏付けになる」


 クリスティーナ達が抱いていた疑問の一つ。それの答えに目星が付いていると彼は言った。

 彼の纏う雰囲気につられるようにしてクリスティーナ、リオ、ジルベールは一層の緊張感を以てディオンの言葉へ耳を傾けた。


「本来持続的に他者へ影響を与える魔法というのは多少の個人差があれど、魔法を受けた後の時間が長ければ長い程、その影響を多分に受ける。だが今回はそうではない」


 そこまではわかっているだろうと問う様に向けられる視線に三人は頷く。エリアスとオリヴィエもディオンの指摘からその不自然さに気付きを得たらしくやや遅れて目を丸くした。


「また、古代魔導具はその機能を失うことなく長い年月を過ごした道具。正しく使われず眠り続けていたのだとすれば、ジョゼフの手に渡った時点でその生命エネルギーは非常に脆弱であったと考えられる」


 ここまで来ればその場の誰もがシャルロットと失踪者達の間に生まれた植物化の不自然な時差の理由に見当がついていた。

 各々が自力で答えに辿り着いた事をその表情から察しながらディオンは結論を纏める。


「以上の事から、それはシャルロット嬢が古代魔導具の魔法を受けた時、件の古代魔導具の生命エネルギーは非常に脆弱な物であったと推測できる。故に本来行使できるはずの魔法がまともに機能せず、辛うじて影響を与える程度の規模の魔法が作用したんだろう」


 ディオンは魔法の原理をわかりやすく説明した上で一貫して矛盾のない推理を披露した。

 その事を内心称賛しつつ、クリスティーナは頷く。


「シャルロットの植物化が遅いのは魔導具の力が衰えていた初期に魔法を受けたからこその物……。であるならば、失踪した使用人達が彼女に比べて早くに植物となってしまったのは……」

「それだけ古代魔導具のエネルギーが充填され、本来の性能を取り戻しつつある為だろう」


 オリオール邸で生まれた大きな疑問は一つ晴れた。

 だがそうすると次に明らかになるのは今の状況がどれ程深刻な物であるかという事だ。


「生命エネルギーの枯渇、延いては保有魔力の枯渇は魔法の威力や影響を与える範囲等、その脅威性を大きく下げる要因となり得る。だが現在、件の魔導具が本質を取り戻しつつあるって言うのなら……その影響はどこまで行き届くか分かったもんじゃねぇ。早急に手を打つべきだ」


 誰にも疑わらず何週間も屋敷に人を監禁することは難しい。それも繰り返しの犯行となると尚更だ。

 今までぼろが出ず、同じ手段を取れていたという事はそれだけ事が円滑に運んでいたという証拠。


 植物化の進行速度の上昇は相当な物だと考えるのが妥当だ。

 そして順当に考えれば当然、進行速度以外の古代魔導具の性能も大きく向上しているという事になる。

 更に放っておけばその脅威は膨らんで行く一方だ。


 その深刻性を悟っていたからこそ、ディオンは終始難しい顔をしていたのだろう。


「……生物から為る魔導具とやらの特徴については大まかに理解したわ。それで、何かしらの手を打つに当たって今回の古代魔導具の詳細な特徴や明確な対策方法などに目星はついているのかしら? 植物化を回避する手段がなければ手を打つも何もあったものではないでしょう」


 被害が拡大する前に早急に動く必要はある。だが具体的な対策がなければ『動く』事すらできない。

 そんなクリスティーナの指摘に、ディオンは首を縦に振る。


「ああ。具体的な話をする為にまず、ここまでの情報を整理しよう」


 最早個人を救うという問題には留まらない。

 まだ明けない夜の最中、六人は膨れ上がる目先の脅威に対抗する策を講じる事となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ