第173話 生物から為る魔導具
六人が集う一空間の外、パーテーションの先では組織の一員であろう数名の笑う声が響いている。
だがクリスティーナ達を包み続けるのはそれとは対極的な重苦しい空気だ。
「オリオール邸の古代魔導具が保管されていた隠し部屋や植物化した人間が放置されてた倉庫はその一面が植物で覆われており、お前さん達が侵入した後に襲い掛かって来た。けれど扉を閉めればその襲撃は即座に落ち着いた。……お前さん達の報告はこうだったな」
「ええ」
「部屋中を埋め尽くす植物……十中八九、古代魔導具が絡んでいるんだろうが。その植物が無差別に動くだけならまだ、高度な魔導具という言葉だけで片付けられたかもしれない。……だが、お前達の報告内容はそれだけではない。そうだろう?」
「無差別的に、というにはあまりにも動きが的確だったように思えるわ。それに……」
クリスティーナは隠し部屋や倉庫で目の当たりにした植物の動きを思い返す。牙をむいた植物達はどれもが侵入者のみを狙った動きを見せ、時折意図的に相手の隙を衝く様も見せた。
そして三人へ猛攻を繰り広げる反面、その周囲を傷付ける事は殆どなかった。無差別的な動きと言うのならば、部屋の壁や扉へ闇雲に植物が打ち付けられていてもおかしくはないはずだが、隠し部屋と倉庫の双方でそういった暴れ方は見られなかったのだ。
侵入者を的確に狙う動き、扉を閉じられて標的の追尾が不可となった時点で即座に止んだ攻撃。それだけでも意図的な動きと裏付けるには十分だが、それ以上に思い当たる節がクリスティーナにはあった。
「……頻繁に古代魔導具と接触しているであろうジョゼフ・ド・オリオールが植物化が進行している様子もなければ外傷を負っている様子もない。攻撃する相手を所有者以外と定めているのだとすれば……それこそ、作為的な動きだわ」
どうやらクリスティーナはディオンが言わんとしていた事を言い当てたらしい。
そこに関する説明は不要と考えたディオンは満足気に頷いた。
「東大陸が開発している最先端の術式や西の大陸で進んでいるという『カガク』とやらの技術、そして膨大な労力や時間があれば類似品は出来るかもしれないが……奴が骨董品の収拾家である事を考えればやはり屋敷に眠っているのは古代魔導具だと考えられる」
『カガク』という言葉はクリスティーナも小耳に挟んだことがある。
魔力を不要とする奇術とも言われれば新たな魔法の形とも言われた、謎の多い力。その情報はただの噂話や作り話として聞き流すことが出来る程曖昧であり、どこまでが真実であるのかは明らかではない、眉唾物である。
かく言うクリスティーナもカガクという存在は架空の物、もしくは誰かが魔法を誇張した物であると捉えていた。
この言葉を耳にする機会が別であったのならば知識欲の強いクリスティーナが食いついたかもしれない。だが生憎、大きな問題を前にした今の状況では彼女の興味を惹く材料にはなり得なかった。
「人の手を必要とせずとも作為的な働きを可能とする魔導具。古代の奴らが手掛けたそういったタイプの魔導具は本当に稀だが……今まで確認されたどれもが生物を利用した物であったそうだ。今回も恐らくはその類だろう」
「けれど、古代人は現代人よりも魔法に優れていたという説もあるのよね? 私達が把握していないだけで、最先端の魔術とやらを既に古代人が発見して扱っていたという説はないのかしら」
生物を利用した古代魔導具という存在はまだクリスティーナにはあまりピンと来ない。だがディオンの話に耳を傾けている中、彼女の中にふと一つの疑問が湧く。同時に過るのは迷宮『エシェル』でノアから聞き齧った情報であった。
ディオンはこの場で一番古代魔導具に精通している男だろう。だが彼一人の推測に頼り過ぎればその考えに抜けがあった時、今後の計画が全て狂ってしまう可能性もある。
ディオンの技量を疑うわけではないが、この場の全員が古代魔導具の詳細について慎重に吟味した方が万全を尽くせるのではとクリスティーナは考えた。
故にもしかしたら事実と差異があるかもしれないと思いつつも彼女は生まれた疑問を口にした。
「嬢ちゃんの説自体は否定できないし、個人的に面白れぇ見解だとは思う。だが、それは少なくとも今回の魔導具に於いては該当しないだろうな」
見方によっては専門家であるディオンの見解を疑うようにも聞こえるであろう発言。だがそれを受けても彼は気を悪くした様子は見せなかった。
「シャルロット嬢と失踪した使用人の間にある、植物化の進行速度の違いだ。そこで確信した」
彼はクリスティーナの見解を受けた首を横に振り、その回答の根拠を述べる。
「無生物から成る魔導具――まあ要するに、一般的な魔導具だ。こいつを使用するには定期的なエネルギーの充填が必要となる。使用者の魔力を吸収したり、魔晶石を嵌めこんだりな。だが生きた物から作られた魔導具は違う」
クリスティーナ達の知る魔導具はどれも何らかの形で魔力を補充しなければならない物ばかりだ。
高濃度の魔力を保有する魔晶石を織り交ぜた物や魔晶石を取り変える事で長い期間の使用を可能とする物、魔晶石を必要としない代わりに使用者の魔力を消費する物等。それが世間に定着した魔導具の在り方。世の常識だ。
その何れにも該当することのない魔導具が存在する事など、今ディオンから聞かされるまでクリスティーナ達は考えたことがなかった。
「オレ達人間を含めた多種多様の生命ってのはその殆どが減った魔力を自力で生成する能力を持つ。その保有量に個体差はあれど、時間を置けば使った分の魔力は体力と同じ様に元に戻る……そうだろ? そしてその働きを利用した魔導具が極稀ではあるが実際に存在している」
クリスティーナ達は初めて耳にする知識を取り零すことがない様、ディオンの言葉に集中する。
例外的な働きを持つ古代魔導具。その存在は本当に稀なものなのだろう。クリスティーナ達四人よりも詳しい知識を持っているはずのオリヴィエですらこの件は初耳の様で、彼はディオンの言葉に目を見張っていた。
「生命の魔力生成能力を利用すれば外部から魔力を得られない状況下でも自力で魔力を生成し、消費する流れを作ることが出来る。更に相応の知能を持った生物を基盤にすればその意識を掌握し、開発者共が望んだ『作為的な動作』をも可能にする」
誰もが沈黙を貫く空間で、低く響く声だけがはっきりと聞こえる。
「――それが生命の魔力生成能力を利用した魔導具だ」
「魔法生成能力を利用した魔導具……」
ディオンの言葉をクリスティーナは反芻する。
その言葉が孕んだ何とも言えない奇妙で嫌な予感は彼女の鼓動を速まらせ、滲んだ汗は彼女の頬を伝って落ちていった。