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悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う  作者: 千秋 颯
第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』
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第18話 出立準備

 建国祭は最終日の夜更け、日付が変わる頃上がる花火によって終わりを迎える。

 時刻は午後十一時。皇国騎士に囲まれた馬車で帰宅を果たしたクリスティーナは家を出る為の荷物を纏めていた。


 家を留守にしている父の代わりにセシルが監視として派遣した皇国騎士達を出迎え、彼らがその場で事の顛末を大っぴらに語ったことから使用人の間でクリスティーナがアリシアの暗殺を企てたという噂があっという間に広がった。

 彼女に対する風当たりは当然強まったが、クリスティーナはそれらの一切に目を瞑った。反論を諦めた時からこうなることは勿論予測していたからだ。


 言いつけられた出立の時刻は午前一時。皇宮から監視を命じられた騎士とは正門で合流してから家を出る予定である。

 ボーマン伯爵領への移動に要する時間は決して少なくない。本を何冊か見繕いたいところだが書庫の本を選別する時間がないのが惜しい。


(どこかで寄り道が出来たらいいのだけれど、果たして許可は貰えるかしら)


 暢気に暇潰しの方法をクリスティーナが考えていると、自室の扉が軽く叩かれる。

 次いで聞こえるのは聞き慣れた従者の声だ。


「お嬢様、俺です」

「どうぞ」


 失礼しますと断りを入れてからリオが顔を覗かせる。


「ご支度の方は……よろしそうですね」

「ええ」


 纏められた荷物を持つリオの姿をクリスティーナがまじまじと見つめる。

 謁見の間を退室し、合流を果たした後に聞かせた事の顛末に対してリオは僅かに顔を顰め、虫の居所が悪そうにしていたのだが。今の彼は何故か清々しい程の笑顔だ。


 感情の機微がわかり辛く外面の良い微笑がトレードマークの彼がここまでわかりやすく感情を表に出すのも珍しい。

 そんなことを考えながら割かし近しい距離で顔を見続けていたからだろう。移動の為に主人の荷物を抱えた従者に気付かれてしまう。


「いかがしました?」

「いいえ……。本当についてくるのかと思って」


 クリスティーナ誤魔化すように話題を振る。

 すると彼は何だそんなことかと肩を竦めて笑った。


「当たり前でしょう。俺が忠誠を誓ったのはクリスティーナ様ですよ。この忠義は貴女様の役に立つ為のものです」


 昼間に主人と共にレディング公爵邸へ戻ったリオが真っ先に行ったのが主人と共に公爵邸を離れる為の説得だった。

 どうやら彼は公爵邸到着後、真っ先に公爵代理であるセシルへ直談判しに行ったそうだ。


 結果はあっさりと承諾されたとのこと。

 クリスティーナとしては自己の評判の悪さは身から出た錆であるし、後ろ指をさされようが田舎へ追いやられようが自分のことだと割り切れているが、それに振り回されることになるリオに対しては多少の罪悪感がある。


 故に旅路への同行を強要するつもりはない旨をリオには伝えたのだが、彼の返答は先と同じようなものだった。


 それが自身の望むことだと彼が言うのであればクリスティーナもそれ以上無理に突き放したりはしまい。結局のところ自身の言葉に責任を持って貰い、今までと同じ様にこき使ってやろうという考えに至ったのだった。

 この従者は仕事の出来る男である。傍に居てくれるというのであれば居てくれた方がクリスティーナにとって色々と都合が良い。


「それに……俺、ここに居ても仕事貰えなくなってしまったので」

「それはどういう……」

「さあさあ! 行きましょう、お嬢様」


 バツが悪そうに視線を落とすリオの呟きにすかさず言及をしてやろうと思ったが、それを誤魔化すようにリオが速足で部屋を出た。

 仕方がないので彼に急かされるがまま廊下に出るが、出立にはまだ早い。


「リオ、流石に早すぎるでしょう」

「セシル様からクリスティーナ様を呼んでくるよう仰せつかっておりますので」

「お兄様が?」

「はい」


 別れの挨拶にでも呼ばれるのだろうかと思ったクリスティーナは何だかそれが意外だと感じた。

 セシルは自分の兄であるが、年の近いアリシアやイアンよりも顔を合わせる機会は少ない。自分が物心ついた頃には嫡男として忙しくしていた為そこまで思い入れのある記憶もない。


 出会う度になれなれしく軽薄な態度を見せるが、そこに至るまでの何かを築いた記憶もない為自身との距離感の乖離に付き合い方を悩まされるという、アリシアとは違った部類の苦手なタイプである。


 そもそも彼は出会う度に口先では『愛しい妹』と何度も言うが、その実彼女の為に時間を割いてくれたことなど一度もなかった。幼い頃に一度だけ彼の気を引こうとした時があったがその時もやんわりと躱されてしまったという少々苦い思い出もある。


「お兄様は仕事にしか興味がないのかと思っていたわ」

「それはまた手厳しい評価ですね」


 静かに苦笑するリオに続きながらクリスティーナはため息を吐いた。


(こんなことになって初めて自ら動くだなんて)


 家を出るにあたって伝えておきたいことでもあったのか、形だけの別れでもというただの気まぐれか。

 彼と会うこともこの先暫くないだろうと考えたクリスティーナは大人しく兄の呼び出しに応じてやることにした。




***




「……どういう状況ですか、これは」


 リオがクリスティーナを連れてやってきたのは屋敷の裏庭。深夜は特に一通りが少ない場所である。

 そこに停められた馬車が一台、その前で二人を待っていたセシルと彼の側近の姿。


「やあやあ、愛しい我が妹よ」


 セシルは以前言葉を交わした時のクリスティーナの記憶と変わらず満面の笑みで出迎える。

 裏庭に馬を付けいつでも移動できる状態の馬車が用意されていることにも驚いたが、それ以上にクリスティーナの気を引いたのはセシルの右の頬が風船のように膨れ上がっていることだった。建国祭を祝う大通りに飾られていた派手なバルーンさながらの主張の強さである。


 整った顔というクリスティーナが唯一知る長所が失われても動じていない兄は頬を片手で擦りながらもう片方の手でクリスティーナにハグをしようとする。

 しかしクリスティーナがそれを躱し、更にリオがその間に割り込むことで妹のハグというセシルの企ては失敗に終わる。


「これはこれは、我が友リオ・ヘイデンじゃないか。いくら君とはいえ妹との感動の再会を邪魔立てするとは頂けないな」

「すみません、セシル様。クリスティーナ様に良からぬ虫が付きそうでしたので」

「リオ、やめなさい。……お兄様も。ご存じの通りお戯れにお付き合いする時間はないのです」


 笑顔で睨み合う男二人周辺の空気が凍り付くのを感じたクリスティーナは無視を決め込もうとそれを横目に見ていた。しかしセシルの傍に控える側近がどう諫めたものかと悩んでいた為に致し方なく仲裁に入る。

 クリスティーナが口を挟めばリオは静かに彼女の後ろへ控え、セシルも軽く両手を挙げながら一歩下がる。


「ふざけているつもりではなかったのだけれどね。可愛い妹が反抗期だというのであれば再会のハグは諦めよう」


 わざとらしく咳払いを一つ。

 そうしてセシルはへらへらした表情を取っ払った。

 代わりに浮かぶのは不敵さの滲む、怪しい笑みである。


「君が家を出る前に顔を見ておきたかったというのもあるのだけれどね。けれど本題は別だ。突然だけど君に選んで欲しいことがあってね」


 セシルは一本、指を立てる。


「一つ、このままボーマン伯爵領へ向かう。二つ……」


 更にもう一本。彼は追加で指を立てた。


「――皇国を離れて旅に出る」


 クリスティーナが怪訝そうに眉根を寄せるのを愉快そうに笑うセシル。

 兄の発言の意図を推し量る様に黙って見つめる妹に返事を促すように彼は続けた。


「さて、愛しい妹よ。君はどちらを選ぶ?」

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